11 Sランク冒険者
「ええ! お、オシブさんって『S』なんですか?」
天井に打ち付けられていたユーリアが、ゆっくりと落ちてきた。
「間違いありません! 絶対『S』です! だって、水晶が計測できないほどの強さを兼ね備えているんですよ!」
メイドは、ズレていたメガネを整えた。
「信じられない。キミがあのSランク冒険者だったなんて」
うつ伏せになっていたアンリが、両手で上体を起こした。
私はほこりをはたきながら言った。
「そのSって何? Fより弱いの?」
水晶を壊し、部屋の中を嵐にでもあったかのように散らかしたのだ。
つまり力を制御できない下級な者、赤ん坊以下の出来損ないが『S』なのだろう。
「情けなくて恥ずかしいわね。この惨劇の代償は私の命かしら?」
「貴女こそ、この街の救世主です!」
メイドが嬉しそうな表情で、私の両手を握った。
「振り回さないで。痛いから」
「まさかSランクが現れるなんて、とっても嬉しいです!」
「こら! 抱き着かないで! ――ちょっとよだれで服が汚れたじゃない!」
メイドは離れてくれた。
「これは失礼。このギルドからSランクが誕生するのは、初めてなものでつい」
「で、Sって何?」
「はい、『S』は『A』よりも上のランクです」
「ふーん」
「すごいんですよ報酬が! 何とAランク冒険者の百倍なんです!」
ユーリアとアンリも続いた。
「やりましたねオシブさん。これで大金持ちですよ」
「キミはすごいよ。ボクはたぶん門番をクビになるから、キミの元で働きたいな――って冗談だよ! 忘れてくれ!」
メイドが、私の両肩を『ぽん』と叩いた。
「大丈夫ですよ、報酬をケチったりはしませんから。いやーこれで、この付近に出没する魔物をたくさん退治できますよ! 助かります! これで街は救われます!」
メイドは、私の肩を叩きまくった。
痛いしウザいから、軽くメイドを押した。
「つまり十人だったAが、Sだと千人もいただけるのね」
私は大きなため息をした。
そして髪をかきあげて、腰に手を当てる。
「正直そんなにいらないわよ」
「「「え?」」」
三人の女は驚いた声が出した。
私は構わず続ける。
「っていうか、どうして私が魔物退治なんかしなきゃいけないの? そんなめんどくさいことさせられるくらいなら、冒険者なんてやらないわよ」
「「「え? ええ? えええ!?」」」
私は扉の前に行った。
振り向いて彼女たちに言った。
「この街は住みづらいわ。もう二度と来ないから――さよなら」
「待ってください! 報酬はもっと出しますから!」
メイドに肩を掴まれた。
ユーリアとアンリも駆け付けた。
「そうですよ! あんな大きな魔物を一瞬で倒しちゃうんです。オシブさんはやっぱり聖女様ですよ」
「ボクからもお願いだ。ずっとここにいる必要はないんだ。せ、せめてこの辺りに住み着いた魔物を始末してくれるだけでいいんだよ。な、なんならボクの財産もあげるからさ」
「いらないわ」
ユーリアが目の前で羽ばたかせた。
「たくさんのお金があれば、将来が安心じゃないですか」
「おあいにくさま。貯蓄はしたりしないの。必要になったら手に入れればいいだけよ」
「そんなの不安定すぎます!」
「未来なんてその時になって考えればいいわ」
「ふ、不安になったりしないんですか?」
「今が楽しければそれでいい」
私は振り向いた。
髪を払い、両手を腰に当て、あごを上げて言った。
「私は魔界の吸血鬼で魔族オシブ・ザ・パーシモン。魔族っていう奴は、たとえ破滅するとわかっていても、今自分がやりたいことを優先する。今この瞬間という二度と味わえない快楽を大事にする」
髪の毛を右人差し指で巻いた。
そして牙が見えるように、口を大きく開けた。
「私は自由を愛し、自由に生きて、自由に死ぬの! 冒険者なんていう束縛に支配されるつもりはないわ!」
私が吸血鬼だってわかった以上、メイドとアンリは恐れるはず。
私を街から追い出したいと思ってくれるはず。
街の周辺に住み着いたという魔物は、私が原因だと考えるはず。
だから私を殺しにくるはず。
救世主だの聖女だのと、気持ち悪い表現をしないで。
あなたたちから向けられる憎悪や怒りこそが、私への賛美。
さっきのヘビとは比べ物にならない捕食者がここにいるのだ。
街にいる住民全員でかかってくるがいい。
さあ楽しい血祭りを始めましょ。
ところが。
「吸血鬼が私たちの味方になってくれるなんて、大変心強いです!」
メイドから再び両手を握られた。
三人とも笑顔だ。
「魔族って悪い奴ばかりだと思ったけど、違うんだね。キミみたいな優しい女性もいるんだ」
「そうなんですよ。オシブさんはあえて憎まれ役を買って出るんです」
「へえ、そうなんですか。Sランク冒険者ってプライドが高くて横暴だって聞いていたんですよ。でも貴女はとっても謙虚ですね」
「……ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ……」
意外な反応に、私はたじろいでしまった。
どうなっているんだ、なぜ恐れない?
なぜ逃げ出さない?
まさか冗談を言っていると勘違いしているのか?
だったら本気だって証明してやらねばなるまいな。
ユーリアの内臓を引きずり出してやろうか?
それともメイドかアンリの頭を掴んで背骨ごとぶっこ抜いてやろうか?
そうすれば彼女たちは、私が味方ではないと理解してくれるだろう。
もっともユーリアはいくら脅しても効果はなかったけど。
ひょっとすると他の二人も同様なのかもしれない。
厄介な連中にからまれたわねぇ。
あの三人も魔王の言っていた『厄介な』に含まれれるのかしら?
「興ざめだわ。ホント迷惑。わかった、わかったわよ。冒険者になってやるわよ」
「本当ですか!?」
またメイドに腕を上下に振られた。
彼女の手を振りほどいて、私は部屋を出た。
酒場では相変わらず大勢の者が騒いでいた。
さっきの揺れは何だとか、ヘビを倒したかった、とかそんな内容だ。
私に気付くと、連中は声をかけてきたけど、無視した。
すると奥からやって来たメイドが大声を出した。
「聞いてください! このお姉さんの冒険者ランクを計測した結果、なんと『S』だったんですよ!」
「ままままマジか!」
「超絶美少女でSランクとかどんだけだよ!」
「おい! 俺のパーティーに入らねぇか?」
「ふっざけんな! あの子はオレが目をつけてたんだぞ!」
「汚い男は引っ込んでなさい! やっぱり女同士で仲良くやるものよね?」
「ケッ。テメェ見てぇなブスが、あんなカワイイ女の子と同じパーティーとか地獄絵図だぜ」
「ここはやはりイケメンの私の出番ですね」
「顔だけのザコはとっとと消えな!」
私はメイドを睨み付けた。
「……余計なことを言ってくれたわね」
「まあまあ、そう怒らないで」
すると突然、物を壊す音が鳴り響いた。
酒場の奥にあったテーブルが真っ二つになったのだ。
その近くでイスに座っていた男が私を睨む。
獣人――オオカミの姿をした彼は怒鳴った。
「ああ!? お前みたいなガキが『S』だと? ふざけるな!」
彼は立ち上がって、私の方へ歩いて来た。
フフフ、面白いことになってきたわね。




