01 追放
「この醜い小娘の吸血鬼風情めが! よくも魔王である妾をコケにしてくれたな! じゃから貴様は人間界へと追放じゃ!」
「汚いわね! 顔につばがかかったじゃない!」
顔を振ってつばを落とそうとしたけど無理だった。
だから私は相手を睨み付ける。
目の前には巨大なドラゴンが一匹いた。
そいつは、今度は息を吹きかけてくる。
私はしばらく呼吸を止めた。
息の生暖かさを感じなくなってから、言葉を続けた。
「あと臭いから喋らないで。分かったら、さっさとこれほどいてくれないかしら」
私の身体には、ロープのような骨が巻き付けられていた。
いくらもがいてもほどけないのだ。
私がロープを気にした直後だった。
「きゃあ!」
私は炎に包まれた。
ドラゴンが口から炎を出したのだ。
「貴様! 自分の立場が分かっとらんようじゃのう」
炎がおさまると、私の身体は黒焦げになっていた。
皮膚は崩れ、骨が見えた。
「――くっ」
しかし、損傷した肉体は徐々に再生していく。
そして元に戻る。
灰となって消えてしまっていた衣服も元通りになってくれた。
ただ相変わらず骨型ロープも、私を拘束したままだった。
「ほほう。お主の再生能力、中々のものじゃな」
「吸血鬼はどれだけ傷付いても癒すことができるのよ。まああなたには無理でしょうね」
「ならばコレはどうじゃ!」
ドラゴンの巨大な口が迫った。
と思ったら、次の瞬間になると私は暗闇にいた。
「――痛い!」
お腹に激痛が走る。
そしてお腹から下が無くなっていることに気付いた。
さらに生暖かくやわらかい物に横たわっていた。
そしてとても臭い。
「なに私を食べてるのよ! 早く出しなさい!」
訴えもむなしく、今度は巨大な牙に襲われる。
ギザギザに尖った何本もある牙によって、私の肉体は破壊されていく。
このまま口から喉へ、そして胃で消化されるのかと思った。
しかし。
「オエエェェェ! 不味い!」
吐き出された。
右目に映ったのは、千切れた腕や指、耳や内臓。
全部私の物だろう。
左目に映し出されたのは、横たわる下半身。
両目の位置が違うということは、顔もグチャグチャに原型をとどめていないからだろう。
しかし不味いとか、勝手に食べといて酷い言い草ね。
私は魔界に住む女吸血鬼オシブ・ザ・パーシモン。
棺桶から出て、寝起きの日課であるトマトジュースを飲んでいた。
すると突然ここにワープされたのだ。
転移魔法というやつか、こざかしい。
起きたばかりだというのに、ドラゴンに散々な目にあわされた。
しかし吸血鬼にとってこの程度の傷は問題ない。
吸血鬼には高い再生能力があるからだ。
案の定、私は元に戻ってくれた。
その瞬間、再びロープに巻き付けられたのは腹立たしいが。
「バカモン! この醜女が! 下痢になったらどうするつもりじゃ!」
「知らないわよそんなの! いいからさっさと解放してくれないかしら!」
「ならぬ。貴様は大罪を犯した。じゃから人間界に追放じゃ」
「はあ? 意味わかんねーし。 だいたいアンタと会うのは今日が初めてよ」
「たわけ! 魔王である妾を知らんと申すか!」
「あいにく棺桶で寝てたのよ。ほら私って吸血鬼じゃない。することない時は棺桶でゆっくり眠るのよ」
「礼儀知らずの小娘めが! 妾が魔界に君臨してすでに五百年にもなるのじゃぞ」
「うそ、そんなに寝てたの? せいぜい百年くらいかと思ってたわ。どうりでお腹が空いていたのね」
「それじゃ! 貴様はそこで罪を犯した。分かっておろうな?」
知らない、と答えればまた何をされるのかわからない。
再生できるとはいえ、痛いのは嫌だ。
そしてあんなクソババアドラゴンに殺られるのはもっと嫌だ。
でも私、いったい何をやらかしたかしら?
もしかして食事のこと?
吸血鬼は、他の生き物の血を吸うことで生きていける。
もちろん私も生きるために捕食している。
私が襲った相手が、ドラゴンの関係者だったのなら話も分かる。
だけど、起きてからまだ誰かの血など吸っていないのだ。
吸血鬼が起床してまずやることは、歯磨きして準備体操して、あとは。
「……まさかトマトジュースを飲んだのがいけない、とか言い出すんじゃないでしょうね?」
トマトジュースは吸血鬼の非常食。
生きた獲物の新鮮な血液が最高のご馳走だが、毎回狩りが上手くいくとは限らない。
だからその時の備えだ。
でもいくらなんでも、そんなバカげた理由で私をいたぶったりはしないだろう。
「そう、それじゃよ!」
バカが目の前にいた。
「貴様のトマトジュースを飲んでおった姿があまりにも滑稽でな」
「うるさいわね!」
「特に寝癖が酷かった。その柿色の髪の毛が逆立っておってな。ブサイクな娘が寝癖で一気飲み、爆笑したわい」
さっきからブスブスうるさいわね!
魔王の奴、ちょっと美人だからって、いい気になってんじゃないわよ!
「今は直しているんだから、どうでもいいでしょ!」
「良いわけあるか! おかげで妾の大切なオヤツであるアイスクリームをこぼしてしもうたのじゃぞ! 大爆笑のあまり、誤って落としてしもうたのじゃ! 超高級なアイスクリームが台無しになってしもうたのじゃぞ! これは万死に値するではないかっ!」
「アンタのミスでしょうが! このバカトカゲ!」
「小娘ー!」
ドラゴンの口から、今度は吹雪が出てきた。
私の身体は氷漬けにされ、やがて崩れてしまった。
……意識が戻ると、身体も元に戻っていた。
拘束されたままだったけど。
「ふん。妾の攻撃を何度も受けておきながら、しぶといヤツよのう。妾の部下にしてやりたいところじゃわい」
「嫌よ。誰がアンタの下につくものですか」
「クックック。もちろん冗談じゃ。貴様などいらぬわ」
私は思わず顔を背けた。
理不尽なことが何度も続いたからだ。
部屋の様子でも見て、苛立ちを落ち着かせようと思った。
壁や床、そして天井は禍々しい雰囲気を醸し出している。
魔王城というやつか、ここは。
「さて。それではさっそく人間界へ行ってもらうとしようかの」
「嫌に決まっているでしょ、あんな所! ――って何よこの魔法陣!?」
「クックック。転移魔法じゃよ。こんなもの貴様には使えまい! 魔王の恐ろしさを味わうがいい」
「ちょっと人間界って何!? そんな所、行きたくないわよ!」
「クックック。怖いか? そうじゃろう、そうじゃろう。なにせあそこは太陽があるからのう」
「太陽? うそ? あんな恐ろしい物なんて見たくない! 嫌だ、やめて!」
「ダメじゃ! アイスクリームの償いをしてもらうぞ!」
魔法陣が禍々しい光をはなった。
私の身体も徐々に光りだした。
「吸血鬼は不便じゃのう。太陽の光を浴びると焼け死んでしまうのじゃから」
「アンタ、絶対ゆるさないわよ!」
「クックック。確かに貴様はしぶとい。おそらく太陽で焼け死んでも復活するじゃろう」
「だから嫌だって言ってるでしょう! 私はずっと魔界にいたいの!」
「ダメじゃ、人間界に追放じゃ。あそこは太陽以外にも厄介な物が多いぞ」
何よそれ。
太陽以外って全然想像がつかないわ。
などと考えていると、目の前が真っ白になった。
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