9.儀式はこれからでしたね。ジェイルさんの分かりやすい解説付き
「・・・以上が、事の顛末です。
ジェイルが一言一句違わず、リーダーに報告しろとのことだったので、部隊長の命を受け、報告致しました」
ジャックが片膝を地面につけ、頭を下げてそう言った。
ジャックが頭を下げていた男は、その報告を受けた後、しばらくジャックを見下ろしていた。
その目は、酷く冷たかった。
ジャックの頬を、一筋の冷や汗が流れる。
「・・・フッ。
ククク。
ワハハハハハハハハッ!」
男は、堪えきれなくなったかのように、突然笑いだした。
ジャックはポカンと顔を上げて男を見ていた。
「そうか!『冬属』を見付けたか!
にわかには信じられんが、ジンとジェイルが言うのだ。間違いないのだろう」
男はそう言って、ジャックの肩にポンと手を置いた。ジャックの身体がビクンと揺れる。
「大手柄じゃないか!ジャック!
そう怯えるな!
『冬属』を連れてきた暁にはお前のミスは帳消しだ。それどころか褒美をやろう!」
男は満面の笑みだった。
「あ、ありがとうございます!」
ジャックはその言葉を受けて、もう一度頭を下げた。
男は、その下げられた頭に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「が、ミスはミスだ。
もしも、その『冬属』を連れてこられなかったら、お前たち3人には罰を与える。
その時は、楽しみにしておけ」
それは、恐ろしく冷たい声だった。ジャックは一瞬にして、全身に冷や汗をかいた。
「そう部下を脅さないでください」
「心配には及びませんよ」
ジャックが全身を震わせるのと同時に、二人の声が彼の耳に届いた。
「思ったより早かったな。
ジン。
ジェイル」
リーダーの男は顔を上げて、ニヤリと笑いながら二人を出迎えた。
「いえ、思ったより手こずりましたよ。
あなたがジャックを脅かす前に着くつもりだったのですが」
ジンが片眉を上げて、男に向けて皮肉を言った。
「というより、俺たちの姿が見えてからジャックに迫りましたよね?あなた」
ジェイルがやれやれと肩を竦めながら言った。
「いやなに、威厳を保つのもリーダーの大切な仕事だろ?」
男がニヤリと笑った。
「まったく。良い性格してますね」
「それは、お互い様だろう?」
ジャックがジェイルとリーダーの男とのやり取りをポカンとした顔で見上げていた。
「それで?」
リーダーの男が促すような目でジェイルを見た。
ジェイルはその視線を受けて、人間大の鎖の塊をリーダーの前に置いた。
ジャラジャラと、鎖が取り払われていく。
「まず間違いはないですが、一応確認してください。
今は意識を失っているだけで、ケガはありません」
「ほう。
これが、か。
どれ」
リーダーが右手の手袋を外して、地面に片膝を着き、仰向けに寝ている深雪の顔の上に、広げた掌を置いた。
リーダーは目を閉じて、何かを読み取っていた。
その手は、ぼんやりと光を纏っている。
「あれは?」
ジャックが立ち上がって、声を抑えてジンに尋ねた。
「ん?そうか。お前は見たことなかったか。
リーダーはリーディングの能力があるからな。あれが本当に『冬属』かどうか調べているんだ。
リーダーに嘘は通じない。お前が『春属』かどうか調べたのもリーダーだ。
まあ、その時はお前も気を失っていたけどな。
『四季属』の判別には少し時間がかかるらしい」
ジンが説明を終える頃、リーダーの掌を覆っていた光がスウッと消え、リーダーは立ち上がって手袋をし直した。
「ふむ。間違いない。
優れた聴力に、『雪神』への適性。
コレは『冬属』だ」
リーダーの言葉に、周囲がザワッとざわめく。
「『雪神』の神域は封鎖するしかないと思っていたが、予定が変わった。
おい。本部に緊急連絡。
ここの『時神』を回収後、『雪神』の回収に向かう。『雪神』の儀式の準備をしておけ」
リーダーの指示を受けて、周囲にいた黒いローブの者が数人、その場から去っていった。
「よし。では、俺たちはこのまま深奥へと向かい、すぐに儀式を始める」
リーダーはそう言って、踵を返した、が、思い出したように急に足を止めた。
「ああ!そうそう。
お前たちに褒美をやらないとな」
そう言って、リーダーは振り向いた。
「まずはジャック。お前は貴重な生け贄を損失したミスをチャラに。
さらに、自己判断による『春属』の能力使用をレベル2まで許可する」
「え?あ、ありがとうございます!」
ジャックは心底驚いたような顔をしたあと、勢いよく頭を下げた。
「次にジェイル。お前は・・・お前の隠しているそれについて黙認し、追求しない。
それでいいか?」
リーダーは片眉を上げてジェイルに尋ねた。
「・・・はい。ありがとうございます」
ジェイルは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに元に戻り、恭しく頭を下げた。
「最後に、ジン・・・ここの『時神』の眷属は、お前だ」
「・・・ッ!」
「なっ!」
「え?」
リーダーの言葉を受けて、頭を下げていたジェイルとジャックが勢いよく頭を上げてリーダーを見た。言われた当人は、目を見開いたまま、固まって動かなかった。
周囲にいる手下の者たちもザワザワしている。
「どうした?不服か?」
リーダーの再度の言葉を受けて、ジンはようやくハッと我に返った。
「い、いえ!滅相もない!
ありがたきお言葉っ・・・しかし、なぜ私を?
他に適性がある者はいくらでも・・・それに、その者たちは既にここに向かっているはず」
「安心しろ。そいつらには既に帰投命令を出した。本部も了承済みだ。
偶然とはいえ、それだけ今回の功績はデカいってことだ。それに、お前にも『時神』の適性が出ていたのは知っている。数値は低いがな。
それを見逃す俺ではない。それに、『時神』の能力はお前と相性がいい」
「さすがにお気付きでしたか・・・」
「人員の適性数値は把握している。
いくら本部の極秘事項でも、俺に嘘は通じない。それに、儀式の最初にお前を試すというだけだ。そこでお前に適合しなければ、俺が一時預かることになっている。
『闇神』のように、な」
「かしこまりました。ご期待に応えられるよう、尽力致します」
ジンがその大きな身体を二つ折りにして、深々と頭を下げた。
「ああ。期待しているぞ」
その頃、一方、三葉はと言うと、
「くそっ!さっきもここ通ったぞ!
二人はいったいどこなんだーーー!」
道に迷っていた。
そこには、不可思議な幾何学模様の、巨大な魔方陣が描かれていた。
その魔方陣には五芒星があり、星の頂点にあたる部分に、それぞれ若い女性が五人倒れている。全員息はあるようだが、意識はなく、指や腕などに小さな切り傷がつけられており、そこからうっすらと血が滲んでいる。
そして、その魔方陣を囲うように、杖を持った黒いローブ姿の者が4人、その女性たちが倒れている側に立っている。
その中で、深雪が倒れている場所にだけ誰もおらず、そこだけ場所が空いていた。
今は、魔方陣全体がぼんやりと光っている。
「首尾は?」
リーダーがその中の一人に尋ねた。
「すこぶる順調です。やはり『四季属』が生け贄にいるのが強い。
ですが、強すぎて我々では制御しきれません」
「構わん。そこには俺が入る」
そう言って、リーダーは杖を二本持っていた手下から一本を受け取り、深雪の側に立った。
その瞬間、それぞれの倒れている女性を囲うように、円柱状に光の柱が五本立ち昇った。
その中で、深雪の光柱だけが一際力強く輝き、バチン!とリーダーを弾き出そうとした。
「ふん。一丁前に抗うか」
リーダーは杖を強く握り、ダン!と杖の先で地面を突くと、スウッと光が弱まり、他の光柱と同調した。
「まもなく、『時神』が目覚めます。
ジン様。そろそろ準備を」
「ああ」
杖のローブの男がジンに呼びかけ、ジンが応える。
ジャックとジェイルは少し離れた所から、そのやり取りを見ていた。
「儀式って、こんなに大掛かりなものなんだな。五体の柱に五人の魔術師と五人の生け贄、俺たちみたいな組織じゃなきゃ、用意できないんじゃないか?」
ジャックがジェイルに尋ねる。
「まあな。なにせ、神を御呼びするんだからな。
だが、通常なら生け贄と魔術師一人ずつで十分だ。だいたい、その魔術師がそのまま眷属になるしな。呼び出すのに五組。それ以外に眷属足り得る者が一人。最低でも11人が必要になるのは、ごく稀だ。
『時神』は、それ以下なら反応しなかったらしいからな。しかも、『四季属』を入れて、だ。
これは、かなりのもんが出てくるぞ」
ジェイルは愉しそうに笑みを浮かべながら説明してくれた。
「そうなのか。一口に神と言っても、いろいろあるんだな」
「それはそうだろう。唯一神という訳ではないからな。八百万とまではいかないまでも、それなりの数はいる。そもそも神は、各属性毎に複数存在し、その中にも、ピンからキリまでだ。
各属性の神の中でも最高位の存在を最高神という。その最高神を束ね、全ての神の頂点となる、絶対神たる存在がいて、それを主大神というのだそうだ。
そして、主大神は稀に代替わりすることがあるらしい。その時、次の主大神は他の神々の中から決められるが、神同士は直接争ってはいけないという掟があるらしく、神の眷属が代わりに戦い、その頂点に立った眷属の神が、次の主大神となる。いわゆる代理戦争だな」
「なるほど。その眷属ってのになるためにやってるのがコレってことか」
「まあ、そういうことだな。眷属になれば、神の代わりに戦わなければならないが、得られるものも大きい。
主となった神と同属性の能力を授かるし、単純に強くなる。それに、主たる神が主大神になれば、莫大な恩恵に与れるらしい。それこそ、世界を手に入れられるほどの恩恵を、な」
「なるほど。そりゃ、躍起になるわけだ。
そうなると、俺たちみたいな組織は、他にもあるわけだな?」
「まあ、そうだな。ここまでデカいのは、そうそうないが。いくつか組織と呼べる規模のものはある。
神同士で組んで、数人の眷属グループを作ってる奴等もいる。神一柱につき、眷属は一体と決まっているようだしな」
「ふーん。でも、なんでお前はそんなに詳しいんだ。部隊長ってわけじゃないのに」
ジャックが以前から気になっていたことを尋ねた。
「・・・お前、気付いてないのか?俺は眷属だ」
「え!?そうなのか!?」
「ただの人間が鎖を自由自在に操れるか?
さっきも、『冬属』を覆っていた質量の鎖が、本当に俺の袖に収まる訳がないだろう。お前の前で鎖に付与された魔法も使ったことがあるはずだが?」
ジェイルが呆れたようにため息をついた。
「いやー。世の中広いし?
四次元ポケット的な?科学もずいぶん進歩したんだなーって」
「お前・・・」
「あはははは・・・」