8.1人は2人を探し、そして、儀式が始まる
「余計な犠牲を出したが、仕方あるまい。
『冬属』を逃がさないためだ。リーダーも許容するだろう」
ジンが既に意識がなく動かない優一と、鎖で全身をぐるぐるに覆われた深雪を見下ろしながら言った。
その鎖は、ジェイルのローブの袖の中から伸びていた。
「・・・」
「意外と手強かったな。だが、結果だけ見れば充分すぎるほどだろう」
「・・・」
「どうした。ジェイル?さっきから黙って」
上機嫌で饒舌となっているジンとは裏腹に、ジェイルは眉間に皺に寄せて、優一を見ていた。
そして、黙ったまま、深雪を捕らえている右手はそのままに、左の袖からも鎖が出てきて、貫かれていた優一の鳩尾の辺りをぐるぐる胴体ごと巻きだした。
「おい。何をしている。そいつは用済みだろ。このままここに置いておけば、勝手に樹海が消してくれるはずだ」
ジンはジェイルの行動に眉間を寄せた。
ジェイルは黙ったまま、鎖で優一の胴体を巻き終えた。
ジャラジャラと鎖が蠢く音が止まった一瞬あと、鎖に巻かれた優一の傷口部分がホウッと仄かに光り始めた。
「おい!ジェイル。何してる!どういうつもりだ」
その光を見て、ジンが驚いたように声を上げた。
「・・・治す」
初めはピンポン玉ほどだった小さく弱々しい光は、次第に大きく、
やがてカアッ!と力強く光りだして、鎖で覆われた優一の胴体を包み込んだ。
しばらくして、光は次第に弱まり、小さくなっていき、優一の傷口部分で消え去った。
そして、鎖はジャラジャラと取りさらわれ、ジェイルの袖の中へと戻っていった。
鎖のなくなった優一の鳩尾には、シャツに空いた穴はそのままに、しかしながら、ジェイルによって完全に貫通された風穴は、跡形もなく消え去っていた。
「・・・ジェイル。
なぜだ。なぜその男を助けた」
ジェイルが優一を治療していくのを黙って見ていたジンが、ようやくといった様子で口を開いた。
「・・・ふう。
いやなに、少し、気になることがあって、な」
ジェイルは額の汗を拭いながら、そう答えた。心なしか、呼吸が苦しそうだ。
「やっぱり治療系は疲れるな。性分じゃない」
「お前がそこまでして助ける価値が、その男にあると言うのか?」
ジンは珍しく額に汗するジェイルにそう尋ねた。
「・・・少し、気になることがあって、な。それに、もしもの時のための保険でもある」
『指示を出していたのはコイツだ。となれば、コイツが『答え』を導き出していた可能性が高い。
ま。可能性は低いが、な』
「ふむ。意図は計りかねるが、まあ、いいだろう。今回の手柄を鑑みれば、リーダーもお許しくださるはずだ」
ジンは指を顎に当てて、少し考える仕草をして言った。
「だが、面倒は自分で見ろよ。俺は手伝わんからな」
「ああ。充分だ。悪いなジン。
いつも迷惑を掛ける」
「何を今さら」
「それもそうだな」
「調子に乗るな!」
二人はそう言い合って、フッと笑いあった。
『・・・おい・・・起きろ!いつまで寝てるつもりだ!この、バカ三葉!』
「わあっ!」
夢の中で誰かに怒鳴られたような気がして、三葉は声を上げて飛び起きた。
「な、なんだ。夢か。まあ、知らない声だったし、ってか、身体いたっ!俺はいったい・・・」
三葉は自分の置かれている状況を把握しかねたが、全身びしょ濡れの自分の身体と、さらさらと足元を流れる川、そして、その川以外、見渡す限りの広大な森を見て、先ほどの衝撃が蘇る。
「優一!
深雪!?」
三葉はハッとなって立ち上がり、キョロキョロ周りを見渡したが、さらさらと静かに川が流れ、風に木々が揺れ、小鳥の囀りが聞こえるだけで、二人の姿はどこにもなかった。
「・・・優一っ!深雪っ!」
二人は捕まった。
そう考えが至った時、三葉はギュッと自分の手を強く握り締め、歯ぎしりをした。
そう。二人は捕まったのだ。
決して、死んでなんか・・・
チラッと、そんな考えが頭をよぎり、三葉は慌てて首を振った。
『そんな訳ない!あの二人が、俺なんかより先に・・・』
三葉はそう、自虐的に自分に言い聞かせた。
『落ち着け。考えろ。俺はどうすればいい。優一だったら、どうする?
優一だったら・・・』
三葉はそう考えて、ふと顔を上げると、川の下流、そのずっと先に、懐かしき御倉山が見えることに気付いた。
「あれは、御倉山?
あれが見えるってことは、あの麓まで行けば帰れるってことか?」
そう呟いた三葉は、もう一度、周囲を見回してみた。
『そういえば、ここは鳥の声がする。風がなびいてる。それに、暖かい』
川の上流を見ると、先ほどまでいた樹海と同様、うっすらと霧がかり、生命の営みが感じられない世界が広がっていた。
『そうか。ここは、『境目』なんだ。
この川の上流と下流で、『世界』が違う』
『逃げろーーー!』
優一の最後の言葉が脳裏によぎって、三葉はギュッと瞼を閉じた。
『逃げる?二人を置いて?
生きる?二人を遺して?』
三葉はハッと笑って、瞳を開き、再び拳を握り締めた。
『そんなのあり得ない!くそ食らえだ!』
三葉はそう自分を奮い立たせて、懐かしき御倉山に背を向けた。
上流では、ひどく静かな世界が口を開けていた。
三葉は一度だけブルッと身体を震わせて、それでも一度も振り返らずに、川の上流へと走り出した。
『待ってろよ!優一!深雪!必ず助けてみせるからな!』
『・・・それでいい。待っているぞ。前薗三葉』