6.謎の集団
「ばかな!あれほど殺すなと言っただろ!」
「で、ですが!こんな所に他に人間がいるなんて!しかも盛大な音を立てて!びっくりして手が滑っちゃったんですよ!」
「くそっ!これだから若いやつは・・・」
黒いローブ姿の男が3人。
2人は焦った様子でやり取りしていて、1人は黙ってその様子を見ていた。
3人とも、ローブのフードを被っていて、顔を窺うことはできない。
「貴重な生け贄を失ったことをリーダーに知られれば、お前の命はないぞ。
生け贄をここまで連れてくるのは大変なんだ。
それに、俺も部隊長としての責任からは逃れられんだろう」
部隊長だと言う、声からして妙齢の男がため息をつきながら言った。
「や、やっぱり、そうですよね。ど、どうしましょう」
部隊長の男に言われた若い男が、おろおろした様子で周りをキョロキョロ見渡し、何かに助けを求めていた。
「どうするも何も、急いで代わりの生け贄を探して連れてくるしかあるまい。間に合う望みは薄いがな」
部隊長の男は諦観めいた声を出した。
そんな二人のやり取りを見ていた壮年の男が、ゆっくりと口を開いた。
「・・・俺も戻ってくる時、その3人組だと思われる奴等を見た。
一応、ジャックの方に意識が向かないよう、認識阻害の結界を張っておいたのだが、よほど五感の良いやつがいたのか。
結界を抜いてきた」
「気付いてたのかよ!ジェイル!それなら言ってくれれば!」
ジャックと呼ばれた若い男が、ジェイルと呼ばれた男に掴みかかんばかりに迫った。
「俺も急いでいたからな。それに、あれで十分だったはずだ。
普通の奴等なら、な。そして、奴等は普通ではなかった、ということだろう」
「ジェイル。何が言いたい」
二人のやり取りを見ていた部隊長の男もジェイルに詰め寄った。
「・・・3人とも若い、学生か何かに見えた。そのうち一人は、女だった。おそらく生娘だろう。生け贄の条件には合ってるんじゃないか?」
「・・・まだ弱いな。その娘の血脈を調べなければ。それに、それが言いたいことではあるまい」
部隊長の男は少し考えるように、顎に手を当てた。
だが、ジェイルはそれを予期していたかのように言葉を続けた。
「おそらく、血脈を探る必要はない。奴等は俺の認識阻害の結界の外から、ジャックの音か姿を捉えたんだ。木々と霧で視界はすこぶる悪いから、おそらく音だろう。
あの女は、『四季属』だ。
しかも、おそらく『音』の『冬属』。『四季属』の中でも、女系は『冬属』だけだからな」
「なっ・・・!」
「そうだ。ジン。探し求めていた『雪神』の器だ」
「ば、ばかな!ありえん!我等があれだけ探し求めても、手掛かりさえなく、すでに途絶えた血脈だという意見が大勢を占めていたというのに!
こんな、ただの、田舎町に・・・」
ジンと呼ばれた部隊長の男は、最初は取り乱していたが、話しながら、自分でひとつの可能性に思い至り、動きを止めた。
それを待っていたかのように、ジェイルが口を開く。
「そう。ここはただの田舎町じゃない。『神の地』を有する御倉山の麓。『時神』のお膝元だ。
その庇護のもと、姿を隠すにはうってつけだと思わないか。まあ。すでに何世代も前の話だろうから、奴にも、奴の一族にも自覚があるかは分からないが、な」
「え!?じゃ、じゃあ!あの女は、俺と同じ・・・」
ジェイルとジンのやり取りをビクビク聞いていたジャックが、ようやく思い至ったとばかりに、二人の会話に割り込んできた。
「そう。ジャック。
『春属』であるお前と、『夏属』と『秋属』とで四対となる『四季属』の内の一人だ。
ジャックの鼻が奴等の『匂い』を捉えられなかったのは、それが原因だろう。同属の匂いは気付きにくいものだ」
「・・・捕らえろ。何としても捕らえろ!」
しばらく黙り込んでいた部隊長のジンがそう煽った。
「これはもはや責任問題などと言うものではない!我等の組織の今後を左右する程のものだ!
何としても『冬属』の女を捕らえるんだ!」
「ジン。少し落ち着け。
ジャック。お前は今の話を一言一句違わず、リーダーに報告しろ。
そして指示を仰げ。
俺とジンは奴等を追う。匂い袋を開けて持って行くから、お前ならリーダーに報告した後に、俺たちを追うこともできるだろう。
それでいいか?部隊長」
ジェイルは最初はジャックに。最後はジンに向けて言葉を放った。
「・・・悪い。少し熱くなった」
ジンはジェイルの言葉を受けて、落ち着きを取り戻したのか、ジェイルに謝罪したあと、しばらく黙って考え込み、やがて口を開いた。
「ああ。それでいこう。
ジャックは報告とともに、リーダーに『春属』の能力使用の許可をもらえ。そして、俺が緊急時の部隊長権限でジェイルの能力の使用を許可したことも報告しろ」
「なっ!ジン!」
ジンの言葉を受けて、ジェイルは驚いたようにジンに目線を向けた。
「それほどの事態だと言うことだ。これは部隊長命令だ。
反論は許さんぞ」
ジンは座った目で、ジェイルを睨み付けた。
「・・・了解した」
ジェイルは言葉を呑み込むように、それだけ言った。
どうやら、この二人の関係性は、ただの上司と部下ではないようだ。
同格のような接し方だが、部隊長と部下という体裁は壊さないようにしているように見える。
「それに、ジェイルの能力なら、『冬属』に感付かれずに接近することも、生け捕りにすることも可能だ。
俺は、生け捕りには向かんからな」
「善処しよう」
「それに、俺が暴れても、ジェイルなら止められるだろう?」
部隊長のジンはニヤリとジェイルを見た。
「・・・善処しよう」