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第88話 武器 ―ウェポン―

 日和見高校の体育館には、避難してきた町民がすし詰めの状態になりつつあった。


「教頭先生! どうしてあんなことしたんですかぁ!」


 2-A副担任、伊藤(いとう)教諭が泣き言をぶつけてきた。


 千代田(ちよだ)町長が行った町内放送。

 住民は日和見高校に避難せよという呼びかけは、高校側には一切伝えられていなかった。

 おかげで教師たちは押し寄せる町民への対応で今は猫の手も借りたい状況である。


 伊藤教諭の言う『あんなこと』とは、いち早くこの場を逃げようとした校長を、学校に押しかけていた民衆の中に放り出したことである。


「あんな校長、どうせ居た所で戦力は猫以下だ!」


 真っ白な髪にこけた頬をした、実年齢より20歳は老け込んでいる教頭はそう吐き捨てた。


「今は泣き言を言っても仕方あるまい。とにかく、生徒を守るんだ。特に――」


 教頭は一瞬言葉を切った。


育郎(いくろう)君にはくれぐれも」


 千代田育郎。町長の一人息子でゆくゆくはこの町のトップに君臨する生徒。

 教頭が迷ったのは、この騒ぎが千代田王国の崩壊を招くのではないかと感じたからである。

 だが、結局彼はその予感を振り払った。


 世が世なら、千代田家はこの土地の領主である。

 御三家などと呼ばれていても、(だん)家は千代田の分家であり、和久井(わくい)に至っては戦後の成金に過ぎない。

 連続殺人も山火事も、千代田の歴史を覆すには至らないというのが教頭の出した結論だった。


(だったら尚更、校長を裏切るべきではなかったのでは?)


 伊藤教諭はそう思わないでもないが、一方であの千代田一族の権力をかさに着て横暴を働いていた校長に対し、一矢報いたいと願った教頭の気持ちも解る気がする。


「とにかく。町長夫妻もここに来ると言っている。それまでの辛抱だ」


 殿様が現れれば民衆も少しは落ち着くだろうし、何より最高決定権を放り出して楽になれる。

 結局、『家臣』に徹することもできず、かと言って千代田の本家には心の底では逆らえない、このラインがこの教頭の限界だった。




  ◇ ◇ ◇




 みすぼらしいジープが日和見高校の校舎裏に着いた。

 運転席と助手席から黒いスーツを着た屈強な男が降り、周囲を見回す。彼らは安全を確認すると、ありあわせのシートで隠しながら後部座席のドアを開けた。


 降りてくるのは、町長の千代田(ちよだ)純太郎(じゅんたろう)とその妻青華(せいか)。また、荷台からはダークグレーのスーツを着た女性と、両目を包帯で覆い、巫女装束をまとった長身の少女が降りてきた。


「お先にどうぞ」


 女性が町長に声をかける。


「どうした?」

「少々野暮用ができたようです」


 それきり、女性は事情を語ろうとしない。


「私はどうすればいい?」

「お好きなように」

「何?」


 女性の唇に酷薄な微笑みが浮かぶ。


「町民のあしらい方はあなたの方が詳しいでしょう?」

「……」


 青華の目に敵意が浮かぶ。権力志向の人間にとって、他者に主導権を握られるほど屈辱的なことはない。

 しぶしぶ校舎に入ってゆく町長夫妻を見送りながら、


「何を言ったところで、あなた方はもう終わりだし」


 とつぶやいた。


朔夜(さくや)様、2人です。男性と子供」


 少女がささやく。朔夜は褒美を与えるように、指先で少女の顎をくすぐった。少女の顔が安心したように少しだけ緩む。


「さて、お話を伺いましょうか、銭丸(ぜにまる)さん」


 室外機の影から姿を現す2つの影。


「ども、由芽依(ゆめい)さん」

(けい)……姉ちゃん……」


 頼りない新米刑事と、生意気そうだがどこか弱々しい視線を向ける小学生らしき少年。


(しゅう)君……?」


 声を聞いてようやく相手を判別したのか、慧の大きな体がオロオロとうろたえた。


「何だよ、それ?」


 両目に厚く巻かれた包帯。

 由芽依朔夜は見せつけるように慧の包帯を解いていく。

 慧の変わり果てた姿があらわになる。


「何だよ、それ……」


 少女の左目には、上まぶたと下まぶたを縫い付けるように極小のピアスが並んでいた。

 そして右目は……まぶたを切り落とされ、眼球の代わりに白い石のようなものがはめ込まれていた。


「何したんだ……」


 少年は(うめ)く。

 少女の右目は、周囲が赤黒く(ただ)れており、それが適切な医療行為でないことを物語っている。


「お前! 慧姉ちゃんに何したんだよ!」




  ◇ ◇ ◇




「嫌、ア、ア、ア、ア……」


 病床いっぱいに散りばめられた幾千の折り鶴の中で、各務野(かがみの)紗月(さつき)悶絶(もんぜつ)していた。




 ――紗月、紗月、紗月。




 頭の中に反響する親友の声。




 ――どうして? どうして? どうして?




 親友の最期の声。

 その声に誘発されるように脳裏によみがえる親友の顔。


 ただただ唖然とした、無邪気とも言える表情。




「やめて……やめてよォ……」




 耳の穴に指を突き入れ、深く、深くほじくり返す。

 伸びた爪が内耳を傷つけ、耳の穴から血があふれているが、紗月はやめなかった。


 耳に入れられた小さな黒い百足(むかで)

 それがこの幻聴の原因であるのは明白だった。


「やめて……」


 ――やめて!


志津(しづ)……」


 ――紗月!




「あああああァァァーーーーーッッッ!!!」


 もう、逃げられない。

 罪からも、現実からも。


 ()()は、どこまで追って来る。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点] 耳を塞いでも鼓膜が失せても自分の中の罪悪感が幻聴をいつまでもつぶやく( ˊ̱ωˋ̱ )文字から浮かぶ恐怖感に震える、キツネっ子の友情が本当であったからこそ精神が歪んでいたとしても真摯な自分…
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