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第86話 凝縮 ―アグルティネイション―

 ――繰り返します。町民の皆さんは速やかに避難してください。避難場所は……。


「本当に大丈夫なのか?」


 マイクの前で、千代田(ちよだ)純太郎(じゅんたろう)逡巡(しゅんじゅん)した。


「他に適切な場所がありますか?」


 女の小ばかにしたような微笑みが返って来る。

 確かに、他に避難所になりそうな場所――他の小中学校や公民館はほとんどが山に近く、子供たちはむしろその場から退避しているくらいである。


「あなた……」


 純太郎の(かたわら)に立つ妻青華(せいか)が恨みがましい目を向けてきた。

 その目には、得体の知れない女の言いなりになるしかない純太郎に対する失望が見え隠れしていた。


(他にどうしろと言うんだ)


 純太郎はいささか後ろ向きな覚悟を決め、マイクに向かって息を吸う。


「避難場所は、日和見高等学校校舎です」




  ◇ ◇ ◇




 砂ぼこりの漂う(くら)の中で、スケッチブックをめくる音がかすかに聞こえる。


「……」


 天窓から漏れる薄明かりの下で、妹尾(せのお)真実(まみ)は口元には相変わらず空虚な微笑みが(たた)えられている。

 (くすのき)比奈(ひな)は、ますます伸びた前髪の奥から、その様子をじっと伺っていた。


「……」


 真実(まみ)はスケッチブックを読み終えると、そっと目を閉じた。


 比奈は待つ。

 彼女の言葉を待ち続ける。

 たとえ、何も語りかけられなかったとしても、待ち続ける覚悟だった。


 少女のカリカリに痩せた身体を、傷痕だらけの両腕がそっと抱き寄せた。


「つらかったね」


 少女はふるふると首を振った。




 違う。

 そうじゃない。

 自分に(ねぎら)いなんて必要ない。




「いいの。あなたは、自分をじゅうぶん苦しめた。(あきら)も、きっともうあなたを許してると思う」


 か細い身体が、ひくひくと震えた。




 どれくらいそうしていただろう。

 もしかしたら、これまでの疲労のせいで眠ってしまっていたかもしれない。


 背後で蔵の扉が慌ただしく開く音がして、比奈は我に返った。


「町内放送だ!」


 黄ばんだ受信機を抱えた銭丸(ぜにまる)刑事と和久井(わくい)家の次男坊が駆け込んできた。


『町長の千代田純太郎です。今、日和見町は山火事によって孤立しております。町民の皆さんは落ち着いて避難してください。避難場所は日和見高等学校校舎です』

「マジかよ」


 和久井(しゅう)がつぶやく。

 町の住民にしてみれば、そこは惨禍の始まりの場所だ。


『わたくし、千代田純太郎と妻もそこへ向かいます。そこで全てをお話しし、皆さんが助かる方法をご説明いたします』

「……何言ってんだ?」


 終が(いぶか)しむ。だが、比奈にはピンと来た。


「……」


 そして、そんな比奈を銭丸は沈痛な眼差しで見つめていた。


「どうすんだよ、刑事さん」

「うーん……」


 銭丸は考え込む。


(あの千代田町長が、自分から『全てを話す』なんて言うだろうか?)


 彼の言いぶりは、聞く者が聞けば、罪の告白を連想させるものだ。

 だが、ある意味罪を認めないことが責務であると言える自治体の長が、自分からそんなことを言うだろうか?


 いや、もっと怪しいのは、彼が『妻も』と口にしたことだ。

 明らかに不自然だ。ある事情を知っている者たち以外には。


入れ知恵した者(ブレーン)がいる)


 その人物は恐らく、隈のあるやつれた目をした、化粧気のない美人だろう。


「高校、(けい)姉ちゃんも来るかな?」


 終がつぶやく。銭丸は(うなず)いた。


 あの場所で由芽依(ゆめい)輝夜(かぐや)姉原(あねはら)サダクを(たお)す秘策を用いるつもりなのだ。

 そのカギが鹿谷(ろくたに)慧――あの弱々しいいじめられっ子。


(まさか、神社の娘だからってことはないよな?)


 怨霊(おんりょう)巫女(みこ)をぶつける。

 怪獣映画じゃあるまいし、由芽依がそんな単純な発想で動いているとは思えない。


 彼女はもっと確かな勝ち筋のもとで、禍々しい何かを企んでいるような気がしてならない。


(俺の知っている由芽依輝夜は――いや、由芽依()()は、そういう人間だ)

「よし、日和見高校に行って来る」

「俺も!」

「足、引っ張らないでくれよ」

「わかってる」


 銭丸はポケットの外からそっと中の感触を確かめた。

 中にあるのは支給品であるリボルバー式の小型拳銃と、署から無断で持ち出したオートマチック拳銃だ。


「比奈ちゃん」


 銭丸は銀色に光るリボルバーを取り出し、少女に手渡した。


「君の場合、奪われる可能性の方が高いから、弾は1発だけ入れておく。本当に困った時の切り札だ」


 少女は小さくうなずく。


「慧ちゃんは必ず連れてくる。だから、ここで待っててくれ」




  ◇ ◇ ◇




 銭丸たちを見送って、比奈もまた立ち上がった。


「行くの?」


 少女の背中に、妹尾真実が声をかけた。


「……」


 両手でスケッチブックを抱え、スカートのポケットに拳銃を入れる。


「気を付けて、行ってらっしゃい」


 おそらくは、彼女が息子に向けた最後の言葉。


 ぺこりと頭を下げ、比奈は扉を開けた。




 うっすらと漂う灰色の煙。

 町全体が不気味にざわめいている。

 比奈は蔵の扉を閉め、(かんぬき)を下ろした。


 サンハラ神社。

 古くからこの地に寄り添い、それゆえに人々からないがしろにされつつある場所。

 この神社のある山は、町を囲んでいる山々とは独立しているため山火事が類焼する心配はない。


(守ってくれるよね。この土地に縛られて、辛い思いをしてきた人たちなんだから)


 心の中で土地の神々に悪態をつくと、比奈は山を駆け下りていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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