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第85話 渦 ―ヴォルテクス―

 日和見町の役場には、人々が津波のように押し寄せていた。


「何が起きているんだ!?」

「町長は何か言え! 何とかしろ!」


 役場の1階はすでに暴徒化した人々によって埋め尽くされている。

 応援を呼ぼうにも、警察署も似たような状態で人員を向かわせることができず、消防は立て続けに発生した山火事の対応に追われていた。


 そう、山火事である。

 内陸の山間部にある日和見町を恐慌のどん底に陥れたのは、この巨大な炎の壁だった。


「おかしいだろ!? いくら山に囲まれているからって、()()()()()()が封鎖されるなんてことがあるのか!?」


 この疑問は、町に漂い始めた灰色の煙に乗じるように人々の間へ浸透していった。




「敵だ。敵がいるんだ。何者かが俺たちを殺そうとしているんだ……」




 日和見高校2年A組の生徒を襲った数々の惨劇。

 今も密かに拡散を続ける担任教師の殺害動画。

 沈黙する役場や警察に代わり、人々はちりばめられた情報を交差させ、結論を導き出す。




「そうか、復讐だ」




 誰かが言った。

 だが、それ以上はもう誰も考えなかった。


 復讐者は誰か?

 なぜ復讐されるのか?


 その疑問に行き当たった時、人々の思考は急速に鈍化した。


 答えはもう知っている。

 すでに心に(やま)しいところがある者たちが妹尾(せのお)真実(まみ)のいる病院に押しかけていることはすでに述べた。

 彼らの目的の大半が彼女への懺悔(ざんげ)ではなく、憎悪であることも。


 だが、病院がすでにもぬけの殻であったことを知った民衆は、次の『敵』を探す必要に迫られた。




「俺たちは悪くない」




 誰かが言った。

 思考の流れは急激にその方向を変えた。

 水か低きに流れるがごとく、より心が楽な方へ、楽な方へと。




「悪いのは誰だ?」

「誰が復讐者を生み出した?」




 封鎖された町に渦巻く憎悪が、牙をむく対象を探して動き始める……。




  ◇ ◇ ◇




「どうして私がこんなマネを!?」


 見るからにみすぼらしいジープの中で、千代田(ちよだ)青華(せいか)はヒステリックに叫んだ。


「我慢しなさい。おじきがどんな目に遭ったか知ってるだろう?」


 隣に座る純太郎(じゅんたろう)が妻をなだめにかかる。

 それにしても、と純太郎は思わずにはいられない。

 つい昨日まではこの日和見町――千代田家の王国は安泰だと思っていたのに。


 政変などという言葉が実在するなど思ってもみなかった。


「今の民衆は制御不能になりつつある。だがそれは一時的なものだ。民衆(やつら)はただ日頃の鬱憤(うっぷん)を晴らしたいだけなんだ」


 すぐに飽きる。それが日和見町町長、千代田純太郎の予測だった。


「そうかしら」


 だが、青華の見解は違った。


「群れた弱者ほどどこまでも凶暴化するわ。多少の血を見るくらいでは済まないくらいに……」


 彼女は()()()()()。集団心理の恐ろしさを。他人の人生を意のままにする快感を覚えた人間の際限のない残虐さを。


 外からは「千代田を出せ!」「すべてを説明しろ!」「千代田青華が元凶だ!」といった叫び声が次第にシュプレヒコールに変化している。


育郎(いくろう)が心配」

「ああ」


 日和見高校では、緊急入院を目論んだ千代田校長が校門前で襲撃され、病院に運ばれたと聞いている。

 だがその病院もパニックに陥っており、その後の安否はまったく不明だった。


 高校には、彼らのひとり息子がいる。


「あの女を信じてよかったの?」

「信じてはいない。利用できるものは利用する。それだけだ」


 純太郎は(うそぶ)いた。

 彼らは息をひそめて何者かを待っていた。




 ――それは、2人の背の高い女性の姿をしていた。




「お待たせしました」


 1人はダークグレーのパンツスーツに身を包み、髪を無造作に束ねたどこかやつれた印象の女性である。

 目の下にはうっすらと隈さえ浮かんでいるが、それが彼女の整った細面に妙に似合っている。


「……」


 純太郎の隣で、青華がわずかに姿勢を正した。


「首尾はどうだ?」


 急かすように尋ねる純太郎に、女は答える代わりに背後に佇む長身の少女を見やった。


「こんにちわ……」


 蚊の鳴くような声を発する少女。

 毛先の乱れたショートヘアと両耳につけられた小さなピアスとは到底似合わない、オドオドとした小動物のような態度。

 その姿は白衣(しらぎぬ)緋袴(ひばかま)を履き、さらに透けるほどに薄い千早(ちはや)を羽織った、地元サンハラ神社の巫女装束である。


 その両眼は幾重にも巻かれた包帯で隠されている。


「本当に大丈夫なの、この()?」


 猜疑を隠そうともしない千代田青華に対し、女は自信に満ちた笑みを浮かべた。


「ええ。実験は成功しました。この鹿谷(ろくたに)(けい)こそ、姉原(あねはら)サダクを(ほうむ)ることができる唯一の人間です」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点] ついに崩壊する愚者の王国、本当無能な働き者が多いと大変(≧∀≦)いやー、コロナの鬱屈の中で意味のない吊るし上げに踊るマスコミや意識高い系の人々のようでまさしくジャパニーズの真骨頂! [気に…
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