第81話 無視 ―ノー・ルック― ◇不良グループの処刑その2
和久井春人が感じたのは、激しい嫌悪感だった。
――あの人のお父さんって、どなたでしょう? 私、全然心当たりがなくって――
姉原サダクが発した言葉の意味を、和久井は瞬時に理解した。
彼女は言外にこう言ったのだ。
殺した人間のことなんて、いちいち覚えていない――と。
いや、和久井家特有の病的な自尊心の高さを鑑みれば、
お前たちなど、記憶するに値しないカスである――
そう断言されたに等しい。
和久井の口の中で、キリ、と奥歯が鳴った。
だが、それ以上に彼を苛立たせるのは、サダクが父親のことを覚えていないとのたまったことではなく、自分の問いには一切答えようとせず手下のチンピラに口をきいたことだった。
「……」
和久井は静かに散弾銃の銃身を折り、おもむろに弾丸を装填し始めた。
「あっ」
何人かがそれに気付き、慌てて和久井とサダクから距離をとる。
和久井は振り向きざまに引き金を引いた。
何の言葉もなく、何の示威行為もなく、いきなり発砲したのである。
うなりを伴う轟音が屋内の空気を震わせる。
コンクリートに横たわるサダクの胴体に大穴が開いた。周囲には弾けた肉と臓器が散華された花びらのように広がっている。
静寂があたりを包む。
サダクの口元から、初めて微笑みが消えた。
「――……」
和久井は嘲笑った。嘲笑ったつもりだったのだが、屋内でイヤーマフもせずに発砲したため一時的に聴力が失われ、自分の笑い声はくぐもった呻きとして耳骨を震わせたに過ぎなかった。
だからだろうか、達成感よりも虚しさの方が大きい。
(クソ、この程度か)
少しは楽しめるかと思ったのに。
彼女は、結局和久井の退屈を埋めるには至らなかった。
足元ではサダクに話しかけられていたチンピラがうずくまって嘔吐していた。
和久井はその男の髪をつかむと、サダクの死体に突き出した。
吐しゃ物が血と肉の華に横たわる少女の裸身を汚していく。
暗く虚しい愉悦に浸っていた和久井だったが、ふと違和感を覚えた。
(コイツ、こんな顔だったか?)
つい先ほど、銃身で2度も打ち据えたため、サダクの顔は片側が異様に腫れ上がり、鼻も潰れている。
生前の可憐な顔立ちとは似ても似つかないほど、無残に変わり果てているのは当然と言えば当然なのだが――。
それでもなお、ぬぐい難い気持ち悪さがある。
この女は、姉原サダクではない。
そんな和久井の手に、異様な振動が伝わってきた。
髪を掴んでいる男がガクガクと痙攣しているのだ。
気が付くと、周囲のチンピラたちはみな驚愕に目を見開き、口をぽかんと開けながら和久井を――否、和久井に掴まれた男を見つめていた。
男が吐いていた吐しゃ物が、黄色い胃液からどす黒い血に変わり、やがて真っ赤な鮮血に変わった。
ずるりとした感触と共に、男の重さが消える。
「!?」
和久井の手に残っていたのは、汚い灰赤色の毛髪と根元にぶら下がるずる向けた頭皮だった。
少女の死体の上に落ちるように倒れた男が、男だったモノが、人に非ざる動きでゆっくりと立ち上がる。
無秩序に膨れ上がっていた筋肉や脂肪はすらりとそぎ落とされ、浅黒く焼けていた入れ墨だらけの肌は染み1つない彫刻のような白さに変わっていた。
(姉原……?)
彼女が歩き始めた。
腰履きされていたスウェットのズボンとトランクスがばさりと落ちる。
(姉原!)
彼は、サイズの大きいタンクトップとシューズのみというとんでもない姿になった少女の後ろ姿に銃を向ける。
和久井の猟銃は上下二連式。弾はもう1発入っている。
「あ……はら……ァ!」
聴力はまだ戻っていない。だが、彼は確かに彼女に向かってその名を叫んだはずだった。びりびりとした喉の痛みは、彼がこれまでにない大音声を発したことを如実に伝えている。
それなのに、サダクは和久井の方を一瞥すらせず、都合よく手近で腰を抜かしていたチンピラの股間を蹴りつけていた。
「ぉい!」
大げさに銃を構える。だが、相手は一向にこちらを見ない。まるで存在自体に気付いていないかのように。
股間を押さえて悶えるチンピラの服を掴み、わずかに持ち上げた状態で柔らかい脇腹を踏み抜く。
折悪しく(サダクにとっては都合良く)、彼女が乗っ取った男が履いていたのは土木作業用の安全靴であり、つま先と靴底には鉄板が入っていた。
哀れなチンピラは苦痛にのたうつが、そのたびにあらわになる急所を鉄板仕込みの靴で蹴りつけられていた。
パカン!
最後に、男の頭が割れた。
その音でようやく、和久井は耳に聴力が戻ったとわかった。
鉄の靴底に踏み抜かれた頭蓋骨がコンクリートに叩きつけられ、血と脳漿を放射状にまき散らしていた。
「ふぅ」
黒髪をなびかせ、汗と返り血をキラキラと振るうサダク。
「何だよ、何なんだよコイツ――!?」
「和久井君! ヤベェよ! こいつヤベェよ!」
大人数で1人の少女を嬲るために集まっていた男たちである。だが、そのうちの2人があっという間に文字通りの血祭に上げられた今、彼らは完全に戦意を喪失していた。
「聞いてねぇ! こんなの聞いてねぇ!」
「誰か何とかしろよ!」
(くそ……)
和久井はサダクから目を離さないように気を付けながら、イヤーマフを装着し、再度銃を構えた。
「姉原ァ!」
相変わらず、サダクはこちらを見ようとせず、壁や床にへばりついた男たちを物色している。
「どーれーにーしーよーうーかーなー」という歌声まで聞こえてきそうな雰囲気で。
(ふざけるな!)
和久井春人の中で、プツンと何かが切れた。
こちらは銃を持っている。
対人兵器としては最強の切り札を持っている。
そして何より。
自分は、和久井春人。
この町で最も恐れられるべき人間のはずなのに。
(この俺より、そこらのザコを見るのか!)
引金を引く。
再び轟音が部屋を揺さぶった。
「ぎゃあああああーーーッ!!!」
だが、叫んだのはサダクの近くにいたチンピラだった。
装填されていた一発弾は本来、熊や猪などの大型獣を撃つためのものである。
蹲る男の側には、つい一瞬前まで彼自身のものだった足首が置かれていた。
そしてサダクは、激痛に悶える男を見下ろし、にっこりと微笑むのだった。
☆ ☆ ☆
鳶職:少年A:サダクに体を乗っ取られて死亡
日焼けサロン従業員:少年B:頭を強く打って死亡
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