第80話 暴力 ―アウトレイジ― ◇不良グループの処刑その1
そこは、日和見町の外れにある建設中の高級宿泊施設だった。
千代田純太郎が国政にデビューするころには、この一帯は政財界の重要人物を招待する保養地となるはずだった。
しかし、プロジェクトの指揮を執っていた和久井准二の急死によって工事は一時中断を余儀なくされ、この場所は誰も近寄ることのないある種の聖域となっていた。
「んだよ、思ってたより可愛いじゃん」
「俺、タイプだわ~」
聖域というより、獣の縄張りと呼んだ方が適切かも知れない。
内装が未完成で、コンクリートがむき出しの薄暗いロビーに男たちがたむろしている。
彼らは色とりどりに染め上げた髪をハリネズミのように逆立て、ギラギラと光るピアスやネックレスで身を飾っていた。
日に焼けた肌にはそこかしこにトライバルタトゥーが入っており、日本ではないどこかの戦闘部族のようだった。
「うぃーす」
「久々に楽しいことすんだって?」
次々と入って来る男たち、その数、ざっと20人。そして彼らの中心には、衣服をはぎ取られ、ショーツ1枚という哀れな姿にされたサダクがちょこんと正座していた。
両手首を後ろで縛られているため、胸のふくらみを隠すことすら許されていない。
「へへ……」
彼女を取り囲んだ男たちは初めはニヤニヤと笑っていたが、次第に怪訝な顔つきでひそひそと話し始めた。
「こいつ、大丈夫なのか?」
彼らは、似たような状況に追い込まれた女性を何人も見てきた。だが、これまで1人としてここまで平然と――かすかな微笑みさえ浮かべて――落ち着いている者は見たことがない。
「もしかして×××か?」
躊躇いなく差別用語を使ったのは、汚い灰赤色の髪をした大柄な男だった。太い骨に筋肉と脂肪を同程度搭載し、統一感のない悪趣味な絵と意味不明の文字が彫り込まれた浅黒い皮膚をした、混沌と破壊の表現者。
この男に比べれば、今は亡き馬場信暁の方がいくらか健全だった。
男はサダクの髪を握りしめると、左右に激しく揺さぶる。
「ッ……」
サダクはかすかに顔をしかめる。その様子に男は歯茎までむき出した凶暴な笑みを浮かべ、少女の華奢な身体を荒いコンクリートの床に引き倒した。
「……」
サダクは自力で立ち上がることができない。彼女は手首だけでなく、裸足にされた両足首にもビニールひもがきつく巻かれていたからだ。
「んだよ、これじゃ脱がせねぇよ」
男はサダクの白く細い体にまたがり、骨ばった指をショーツに潜り込ませようとする。
「おい、やめとけ」
慌てたように別の男が蛮行を止めた。
「あ?」
「和久井君が来るまで待てって」
男は小さく舌打ちをすると、サダクの身体を舐めるように見ながら立ち上がった。
やがて、不必要に大きいエンジンの音が聞こえてきて、建物の前で止まった。
「来た……」
誰かがつぶやき、入口付近にたまっていた男たちがさっと左右に分かれて道を作る。
「集まったか……」
さざ波のように静かな声とともに、ゆらりと入って来た長身の少年。
既製の学生服をごく普通に着こなし、肩には楽器ケースのようなものを下げている。
顔立ちは端正で髪は地味なこげ茶色。入れ墨もなく、アクセサリは耳につけた小さなピアスのみ。
その風貌はちょっとおしゃれな学生にしか見えないにも関わらず、彼の発する存在感は他の虚飾にまみれた男たちをはるかに圧倒していた。
その威圧感の源は、この世の全てに飽きているような感情の無い物憂げな目。
「久しぶりだな、姉原……」
和久井春人は、適当な木箱を引きずって来るとその上に足を広げてどっかりと腰を下ろした。
ガラスの瞳が、足元に横たわるサダクを見下ろす。
「親父を殺ったのはお前か?」
「……」
サダクは答えない。
手足を縛られている彼女は自力で起き上がることを諦め、開き直ったようにコンクリートに寝そべり、くつろいでいた。
「なぁ、コイツおかしいんじゃねぇか?」
先刻の灰赤色の髪をした男が、機嫌を伺うように和久井を見る。
「かもな」
和久井は静かに答えると、おもむろにサダクの体を助け起こした。
「?」
誰もが彼の意図を読めない中、和久井は肩に下げていたケースから中身を取り出した。
「え?」
現れたのは、木製の銃床を持つ1丁の猟銃。
突然、彼は銃口に近い部分を掴むと、銃床をサダクの頭に向けてフルスイングした。
パキッ!
思いのほか軽薄な音と共に、少女の身体が吹っ飛んだ。目の粗いコンクリートが、少女の柔肌に無数の擦り傷を刻んでゆく。
「お、おい……」
周囲の男たちに怯えが走る。
「今の、頭イッたんじゃねぇのか……?」
和久井はふん、と鼻を鳴らす。
「これで正常に戻ったろ」
再び地に伏した少女の裸身はピクリとも動かない。
「寝るな」
少女の腹に、和久井の先の細い革靴が深くめり込んだ。一切の躊躇も加減もなく、何度も何度も蹴りつける。
体をくの字に折り曲げ、ぐったりと横たわるサダク。和久井は彼女の髪をつかむと容赦なく持ち上げた。
「親父を殺ったのはお前か?」
だが、殴られた目尻のあたりを歪に腫れ上がらせながらも、サダクはうっすらと微笑んだまま答えようとしない。
「ッ!」
和久井の能面のような顔に、一瞬だけチリッと電流のような感情が走った。
彼の手が、放り投げるようにサダクを放す。次の瞬間、再び猟銃のフルスイングが少女の顔面を襲った。
鼻腔から血が迸り、毒々しくも美しいアーチを描く。仰向けに倒れる身体。拘束されているため受け身をとれない彼女は後頭部を固い床にしたたかにぶつけることになった。
「死んだんじゃね?」
無残に潰れた顔。少女の体を中心に、血だまりがじわじわと広がっていく。
「かもな」
コキコキと首を鳴らし、和久井がつまらなさそうに踵を返したその時だった。
「あのー、すみません」
生死を確かめようと近づいた男の1人に、少女のほほんとした声が語りかけてきた。
「あの人のお父さんって、どなたでしょう? 私、全然心当たりがなくって」
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