第7話 刑事 ―ディテクティブ―
「――というわけで、刑事さんの質問には正直に答えるように。べつに事件の捜査ではないとのことだから、あまり難しく考えるな」
どうやら校長たちは事前に情報のすり合わせをしていたらしい。
これが公式な事件の捜査ではないことがすでにバレている。
担任の笛木先生に促され、私は2年A組の教壇に立った。
「警視庁生活安全部の由芽依輝夜です。生活安全部の中でも、私の所属は少年育成課ですのでこれは事件の捜査ではありません。あくまで事件を未然に防ぐための皆さんの生活環境の把握が目的です」
まあ、嘘なのだが。
少年たちに汚い大人の姿を見せることについてはすまないと思っている。
だが、残虐に殺されるよりはマシだと思ってもらいたい。
生徒たちの前で話をしながら、私の目はつい彼女の姿を探してしまう。
今日は彼女――姉原サダクは欠席だと伝えられてはいるのだが。
そのことに少なからずほっとしてしまう自分が情けない。
「質問いいっすか」
銭丸刑事のような口調で、1人の男子生徒が手を上げた。
「はい、蒲生一真君」
「えっ――」
事件を知ってからこの町に来るまでの間に、私は関係者の顔と名前を頭に叩き込んでいる。
いきなり初対面の刑事にフルネームを当てられ、男子生徒は戸惑いを見せた。
今どきのホストっぽい、金色に染めたナチュラルなショートヘア。綺麗に整えられた眉毛の下にある目は軽薄だ。
でも、その軽い空気が逆に言えば付き合いやすさにつながるかも知れない。
「あ、えと、黙秘権ってのはありますか?」
「もちろんです。答えたくない質問には『黙秘します』と伝えてください」
そう答えると、
「だったら、俺ら全員、一言もしゃべんねーかも知れねえよ?」
両脚を机の上に投げ出した見るからにヤンキーな男子がニヤニヤと笑った。
確か名前は田所時貞。
だが、私の見たところ彼はこのクラスのヤンキーの中では一番の下っ端だろう。
「かまいません。我々にとって、言葉だけが情報ではありませんから」
私はあえて田所君を無視し、教室の一番後ろの席に座る男子生徒を見ながら言った。
切れ味の鋭いナイフを思わせる、細身の少年、和久井春人。
彼こそがこのクラスの、いや、この学校の首領であると私は睨んでいる。
教室の空気が変わった。
生徒たちの間に、無音の警戒警報が鳴っているのが解る。
「では、我々は下の生徒指導室で準備をします。後で先生が呼びに来ますのでそれまでは自習ということでお願いします」
その言葉を、私は1人の女子に向けた。
アイドルグループの不動のセンターとか言われていそうな、華のある顔立ちをした長い赤毛の女子生徒。
紅鶴ヘレン。
女子たちの目線の交差の仕方から、彼女がこのクラスのお局様なのだろう。
広いおでこが何気に可愛らしいが、その目付きの鋭さはまさに猛禽。
それは、ピラミッドの頂点に立つ者独特の眼光だ。
口裏合わせをしたければするがいい。言外にそう彼女に伝える。
私の目線を受けて、紅鶴ヘレンは反抗的な目を真っ直ぐに射返して来た。
◇ ◇ ◇
最初に話を聞く生徒に、私は久遠燕を指名した。
生活指導室に入って来た久遠燕は、赤いフレームのメガネをかけ、猫のような吊目をした気の強そうな少女だった。
きちっと編み込んだ長い三つ編みおさげが、彼女の尖った印象を程よく中和している。
亡くなった米田冬幸について、どんな子だったか、最近変わったことがなかったか、など通り一遍の質問をした後、ついに本題に入る。
「姉原さん、ですか?」
「ええ。実は彼女とはプライベートでちょっと関りがあって。ああ、ここからは世間話だと思って」
「って言われてもなぁ。いきなり『遠い親戚です』って現れて、まあうちはお金さえ払ってくれれば部屋は貸すから……、あ、うち下宿屋やってるんで、だから親戚っていうより大家と借主? ほぼ他人ですよ」
「食事は一緒に?」
「朝だけ。今朝は体調がすぐれないって、シリアルとヨーグルトとサラダ食べてた」
結構食べている。
何なら食パンをインスタントコーヒーで流し込んだだけの私よりも健康的かつ文化的なものを食べている。
「変なこと聞くけど、彼女が来てから百足や蜘蛛が増えたってこと、ない?」
「え、何それ? やだあの子、虫飼ってんの? うちペット禁止だって言ったのに」
見た目の鋭さとは裏腹に、久遠燕はどこかユーモラスな感覚の持ち主らしい。
だが、彼女の目の奥には強い芯を感じる。
ピンと伸びた背筋がドアの向こうに消えていくのを見ながら、私は何とか彼女を味方にできないかと考えていた。
「次は誰を呼びますか?」
早くもうんざりした様子を見せる笛木先生に、私は今日の本命の名を伝えた。
「鹿谷慧さんを」
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