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第63話 残酷 ―クルーエル― ◇紅鶴グループの制裁その4(回想)

「何だよ、あき――妹尾(せのお)に何かあったのか?」


 カラオケボックスに呼び出された海老澤(えびさわ)永悟(えいご)は、この時までは確かに孤高を貫く不良男子(ツッパリ)だった。


「別に。お前ら幸せそうだなぁって」

「なっ――」


 だが、腕を組んで歩く永悟と(あきら)のツーショットを見せた瞬間、永悟は少女の顔になった。


「なるほど、そっちが本当のアンタってわけか」


 この時のヘレンの心中(しんちゅう)はいささか複雑だった。と言うより、様々な感情が絡み合い過ぎて自分でもよくわからなくなっていた。

 そもそも、彼女は他者の心理を読む感覚(センス)は超人的だったが、こと自分のことに関しては幼稚と言っていいほど(うと)かった。

 自身の心を説明する語彙(ごい)は「ヤバい」と「イラつく」くらいしかなく、混沌とした今の自分の感情をどう理解したらよいか皆目見当もつかなかったのである。


 結果、この時の彼女は『ヤバいくらいイラついて』いた。


「妹尾なんかのどこがいいんだ?」

「……」

「アンタに守られるだけ守られといて、自分じゃ何もできねぇザコじゃねえか」


 鋭い眼光がヘレンを射抜く。だが、ヘレンにとってはその眼差しがヘレンへの攻撃というより、明への愛情の裏返しであるという事実の方が精神的に(こた)えるものだった。


(あたしを見てるんじゃねぇのかよ)


 ヘレンの胸の奥で(うごめ)いていたものが、にわかに膨張していく。


「なぁ、コレ、和久井(わくい)に見せたらどうなるかな?」

「え……」


 永悟の顔から血の気が引き、白蝋のような色になる。


「アンタを(まも)るためだったら、妹尾もちっとは男見せるんじゃないかな?」

「やめて!」


 その瞬間、永悟は獣のような激しさで襲い掛かって来た。


「おっと」


 反射的に飛び退るヘレン。2人の間にもう1匹の獣が乱入し、激しくぶつかり合った。


「ヘレンに手ェ出してんじゃねぇよ……」


 歯をむいて(うな)(うらら)


「明のことを何も知らないくせに! どれだけ彼を苦しめたら気が済む!?」


 両眼に燃え盛る炎を宿す永悟。


 獣の闘気が拮抗する。

 片や、身を挺して我が子を守ろうとする母狼。片や、狩猟本能の赴くままに獲物に喰らいつこうとする三頭犬(ケルベロス)


「落ち着けよ」


 だが、ヘレンのどこかあっけらかんとした声が高まる闘気を霧散させた。


「あたしは別に妹尾を苦しめるつもりはねぇよ。あたしが欲しいのはアンタの方だから」

「え?」


 虚を突かれ、永悟の体が緊張を解いたその刹那(せつな)を麗は見逃さない。


「ははっ!」


 (わら)うように牙をむき、麗は一瞬で間合いを詰めると永悟の長身を投げ飛ばし、床に組み伏せた。


「ぐ――」


 あえぐ永悟の前に、ヘレンはしゃがみ込む。


「アイツはアンタのこと、やっぱ永悟って呼び捨てるのかな? 可愛いよ永悟、なんて言っちゃうのかな?」


 永悟の顔が恥辱に染まり、屈辱に歪む。


「ここあ、メイクしてやって。思いっ切り可愛く」

「おっけー」


 キシシっと笑いながら化粧品を取り出すここあ。


「あたし、この店でバイトしたことあってさ。ここの防犯カメラ、たまーに故障するんだよね。たまーに」

「何の話……?」

「店員に無駄な期待をするより、心の騎士(ナイト)サマにお祈りした方がまだマシだよって話」


 ヘレンは永悟の長い髪をつかみ上げると、苦痛に歪む顔を眺めた。


「可愛いよ、永悟」


 そして沸騰する泥沼のような苛立ちに身を任せ、咬みつくようなキスをした。




  ◇ ◇ ◇




「何の用……?」


 体育用具室に()()()()()()妹尾明は、明らかにヘレンたちを警戒していた。


「あれ? 海老澤から何も聞いてない?」


 明は弱々しく首を振る。ヘレンも初めから永悟が『あの事』を明に告げるとは思っていない。

 だが、永悟の様子から何かを感じ取っているのだろうか、明のメガネの奥から、静かな怒りが見て取れる。


「海老澤君に何をしたんだ?」

「おいおい、海老澤君なんて呼んであげるなよ。あんなに可愛いのに」

「ッ!」


 スマホの画像を見せてやる。


「いい彼女じゃん。愛情深くて、献身的で……」


 明は信じられないという目でヘレン達を見る。


「そんな目で見るなよ。あたしら、ある意味兄妹(きょうだい)みたいなもんじゃん」


 つんとそっぽを向く麗、ニヤニヤと(わら)うここあ。


「卒業式の集合写真もあるけど、見る? 永悟お姉さまが中々笑顔になってくれなくて、撮るの大変だったよ」

「やめろ……」


 食いしばられた奥歯、きつく握られた震える拳。

 ヘレンの中で、黒い苛立ちが再びぐつぐつに煮え始める。


(何もできないくせに。何もしないくせに)


 明のか細い肩に腕を回す。ヘレンの力でも簡単にへし折ってしまえそうだ。


「ねぇ、お兄ちゃん。たまにはヘレンたちとも遊んでほしいな」

「……」

「でないとコレ、和久井(わくい)に送っちゃうかも」


 明の瞳から急速に光が失われていく。


「わかった……」


 壊れた人形が発する自動音声のような返事。


(ああ……)


 父親の指を落とした時は感じるヒマが無かった。

 でも今は、しっかりと味わうことができる。


(人を壊すって、気持ちいいな)


 初めは、欲しいものが手に入らない苛立ちだったのかもしれない。

 もしくは単に羨ましかっただけかもしれない。

 だが、肥大化したヘレンの自我はそれを許せなかった。


 手に入れられないものがあることが。

 しかも、それを()()()()()()()()()手に入れているということが。


 ヘレンを動かしているものは、憎まれてもいいから想われたいという情念というよりは、手に入らないなら壊してしまえという稚拙な衝動であるということに、本人はまったく気付いていなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点] うっは!(´Д` )ギルティ!やってしまいましたなぁ紅鶴ヘレンさん、僅かな幸せを握りつぶし、かすかな未来を闇に閉ざさせた。佐藤晶の不幸だけでは覚悟が足らなかった怪異への道筋、それが妹尾明の…
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