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第60話 毒蜘蛛 ―ブラックウィドウ― ◇紅鶴グループの制裁その1

 急いで日和見町(このまち)を出る。

 カラオケボックスの個室で、考え込んでいたヘレンはそう決断した。


「いつ?」


 ヘレンを見つめるここあの目には、ひと欠片(かけら)の不安も見られない。


「今日。できるだけ早く。ここあ、家から通帳かクレカを持ち出せるか?」

「全然大丈夫。パパもママも相変わらずだから」


 ここあの家は共働きである。

 口を開けば「忙しい」が口癖の両親だが、ここあはそれがお互いに育児や家事を押し付け合う呪文であると見抜いている。


「盗んで来て。ありったけ」


 こういう時、ヘレンは必ず自分の口で具体的に命令する。

 法にも倫理にも縛られない彼女だが、己には自分の言葉には自分だけが責任を負うという絶対的な縛りを課していた。


「うん」


 だから、ここあは安心して頷く。


「町を出たらしばらくはネカフェ生活だな。その間に何とか(うらら)を探そう」

「見つかるかな、麗……」

「あいつのことだ。いずれ模試の成績上位者に名前が載る。通ってる高校さえわかればこっちのもんだ」


 ヘレンの瞳が冷たく光る。


 あの(だん)家の親たちが、娘を通して自己を顕示する欲求に耐えられるはずがない。そして恐らく、ヘレンやここあといった心の支えを失った麗が死んだ魚のような目で勉学に生きていることも、ヘレンは冷徹に分析している。


「クソ……。何でいつもあたしらだけが……」


 ヘレンが憎々し気につぶやいたその時だった。

 テーブルに置かれていた彼女のスマホが震えた。


『電話番号で友だち追加されました』


「まさか……」


 LINEが起動する。

 電線に止まるカラスの写真を切り取ったアイコンと、『うらら』の文字。

 何かと気の合う麗だが、カラスを愛する嗜好だけはいまだによく分からない。


「このアイコンは間違いない、麗だ!」

「あ、私にも来た!」

「よし!」


 ついている。

 まさかこのタイミングで麗と連絡がつくとは!


 ヘレン:まってた

 うらら:待たせた。

 ここあ:元気?

 うらら:寂しい。


「あぁ……麗……」


 ヘレンの顔がくしゃりと歪み、涙が溢れ出た。


 ヘレン:今どこ?

 うらら:武蔵小杉。


「たけぞうこばやし……? 何だこれ?」

「むさしこすぎ。神奈川のマンションとかすごいところ」

「あー。あの家らしいな」


 うらら:そっち大丈夫? 和久井のニュース見た。

 ヘレン:やばいかも

 うらら:いまどこなしてる


(お前が慌ててどうするよ)


 麗の動揺する様子が目に浮かび、ヘレンは思わず笑ってしまう。


 ヘレン:姉原が生きてた


 タイムラインが沈黙する。

 頭の回転の速い麗のことだ、これだけでこちらの危機的状況を把握したのだろう。


 うらら:逃げろ。

 ヘレン:すぐ出る

 うらら:東京来れる?

 ここあ:がんばる


「よし!」


 ヘレンは立ち上がった。


「麗に会えれば何とかなる!」

「うん!」

「あたしもATM(おやじ)殴って金取って来る。30分後に駅で会おう」

「わかった!」


 いち早くドアノブに手をかけるここあ。その瞬間――


「ひゃあああああああッ!?」


 ここあは手の平から痺れるような生理的嫌悪が駆け巡るのを感じた。


「ヤダ、ヤダ! わああああ!」


 手にまとわりつく、鋭く固くおぞましい何か。

 それは、小さな黒い蜘蛛(くも)が集まった塊だった。


「ここあ!?」

「ああ……あああ……」


 蜘蛛を振り払ったここあの手に5、6か所、紫色の腫れが浮き上がりみるみる膨らんでいく。

 毒蜘蛛に噛まれたのだ。


「くそ、ここあ!」


 ヘレンは躊躇(ためら)うことなくここあの手に口を付け、血と毒を吸い出そうとする。


「ぐッ……ああああッ!」


 しかしその直後、ヘレンは盛大に嘔吐(おうと)した。

 ヘレンの舌が酸を浴びたように(ただ)れていく。


「チクショウ!」


 ヘレンは胸のリボンタイをほどくと、ここあの手首に巻き付けて思い切り引き絞った。


「痛! 痛いーッ!」

「我慢しろ! 毒を回さねぇためだ!」


 その間にも、ドアの隙間から蜘蛛の群れが次から次へと入って来る。


「ざけんなァ!」


 渾身の力でソファを押し、ドアにぶち当てるようにして出入口を塞ぐ。そして侵入した蜘蛛を片っ端から踏みつぶしていく。


「何で? これじゃ逃げれないよ!?」

「奴が来てる! 姉原が!」

「――ッ!」


 姉原サダク。

 あの喧嘩をするために生まれて来たような脳筋男、馬場(ばば)信暁(のぶあき)を一方的に嬲り殺しにした怪物。

 ヘレンやここあがまともに戦える相手ではない。


「救急車を呼べ! 消防車も警察も呼べるやつは何でもだ!」


 命じながら、ヘレンはバッグから調理ナイフを取り出した。バイト先から盗んできた、キッチンの中で一番殺傷力の高そうだった刃物だ。


「そんなんで戦えるの?」

「ちげぇよ」


 刃をハンカチでくるみながらヘレンは説明する。


「あたしらは救急隊に守られながらここを出る。救急車の中でここあの手を手当してもらったら、車を奪って東京へ向かう!」


 ヘレンはここあの体を抱き寄せ、強く抱きしめる。


「逃げ切る。絶対に逃げ切ってやる! あたしらは3人で、自由に生きるんだ!」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点] すげえ(^◇^;)怪異相手になんたるアグレッシブさ! この作品は本当、男供が誰も彼も、暴力も威嚇も通用しないとなると途端に糞雑魚なめくじ化してしまう中を、オナゴ衆のタフネスな事(≧∀≦)痺…
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