第6話 来訪者 ―ユメイ カグヤ―
「すみません、お待たせしちゃって」
精いっぱいの愛想笑いを浮かべて運転席に乗り込んで来たのは、まだ20代前半らしい若者だった。
(うわ、頼りなさそう)
とは言え、そんなことは口にも表情にも決して出さない。
これから何かとお世話になることには変わりないし、何より私自身がまだギリ20代の若輩者だ。
「いえ。今回は無理を言ってすみません」
「あっはは」
あちらも口にも表情にも出さないが、迷惑そうな空気はビンビンに伝わって来た。
「まぁ、僕は見飽きたセンパイ方の顔を見なくて済むんで、いいんすけどね」
そう言いながら、今回限りの相棒は私の身体を上から下へ流すように見た。
自分の胸が平均よりも大きいことは自覚しているし、この手の視線にももう慣れた。
男が初対面の女に会う時、ヤれるかどうかの視点で相手の身体をスキャンしてしまうのは本能と言うか、無意識なのだろう。
決して愉快ではないが、遠慮がちに高速スキャンをするあたり、まだマシである。
「あ、申し遅れました。自分、刑事課の銭丸っす」
「警視庁生活安全部の由芽依です」
私の名乗りに、銭丸刑事は「警視庁かぁ」とつぶやきながらまじまじと私の目を見た。あからさまな観察の目。でもこれも仕方ない。
「何か、ドラマみたいすね」
明かな皮肉である。
今回、私がこの日和見町を訪れたのは、上から命令されたからではない。
この時のために培ってきたあらゆる人脈を駆使して私が上に命令させたのだ。
協力を渋る所轄署を説得するためにも、また結構なコネを使わせてもらった。
越権行為、公私混同もいいところ。非の打ち所ひとつない完全なる一人暴走である。
そんな私の暴走と周囲の迷惑を「ドラマみたい」の一言で片づけたのは彼なりのユーモアなのだろう。
でも、周りから何と言われても、たとえ刑事生命がここで終わることになったとしても、私はこの件に関わらなければならない。
むしろ、この時のために私は刑事になったのだから。
日和見町サンハラ神社転落事故。
亡くなった男子高校生、米田冬幸が最後に目撃された時、一緒にいたとされる女子高校生――。
15年経った今も鮮明に覚えている。
あの、弥勒菩薩のような穏やかな微笑みを。
あの、何物も映し出すことのない黒く死んだ瞳を。
私は、あの時の決着を付けなければならない。
――姉原サダク。
今度こそ、私はあなたを止める。
◇ ◇ ◇
「あれは痛ましい『事故』でした……」
町役場の応接室で、千代田町長は表向き沈痛な面持ちで『事故』を強調した。
「ご遺族は今も悲しみに暮れておりますし、同級生たちの精神的苦痛にも配慮しなければなりません」
「分かっています」
そう。分かっている。
この勤務時間後のジム通いが日課っぽい、精悍な町長が言いたいのは「面倒だからさっさと帰れ」だということが。
私だって本当は一刻も早く学校の方に行きたいのだが、この町では何をするにもこの千代田町長に話を通さなければならないという。
この町が現代的なのは外側だけで、中身はゴリゴリの村社会のようだ。
「しかし、1度は警察が事故として処理した件をどうしてまた?」
「つかぬことを伺いますが、ここ最近で生徒間の深刻なトラブルはありませんでしたか? たとえば、いじめ問題とか」
町長の中々に痛い質問はあえてスルーした。
この町で捜査を行うことは、この町長に強い影響力を持つ県議を1人スキャンダルで懐柔して話を通している。
「そういうことは学校に聞いていただきたい」
むっとした顔で答えた町長は、一瞬の後さらに渋い顔をした。
こうして私は学校で聞き込みをするための、より確かな言質を取ることができた。
「では、早速学校に向かいます。お手数ですが、校長にもご一報をお願いします」
「……」
私の隣で、我関せずとばかりにお茶をすする銭丸刑事を目で急かしつつ、私は立ち上がった。
「そうだ、もう1つだけお尋します」
「何でしょう?」
「最近この町で、百足や蜘蛛がよく見られるようなことは聞いていませんか?」
◇ ◇ ◇
「学級閉鎖!?」
私はつい叫んでしまった。
「すみません、町長から連絡が来た時にはもう……。ほら、最近は色々とそういうのが、ねぇ?」
この勤務時間後はサウナ通いが日課っぽい、肌が妙につやつやした千代田校長は、なぜかドヤ顔を決めていた。
てゆーかこっちも千代田か。
どうやらこの町は一族が要職を独占しているようだった。
「というわけで、明日もう一度来ていただけませんか?」
「……半日だけの学級閉鎖ですか」
校長はにやにやとエビス顔で笑ったまま答えない。町長よりも年を食っている分、こっちの方がタヌキらしい。
半日の意味は何だろう? 単なる嫌がらせだろうか?
それとも口裏合わせや書類の改ざん、破棄?
いずれにせよ、令状もなく人員もない現状、私に打つ手はない。
一応、この校長には無駄だと思うが聞いてみる。
「最近、生徒間のトラブルはありませんでしたか? たとえばいじめ――」
「そのような報告は受けておりませんな」
食い気味に否定された。しかも現場に責任を投げるがごとき言い方が腹立つ。
いずれにしても、ここで私は一つの確証を得た。
この学校は何かを隠している。
「由芽依さん、今晩どうします? 宿、取ります?」
存外細やかに気を使ってくれる銭丸刑事を見直しつつ、そののほほんとした態度に苛立たずにはいられない。
何かを隠している学校に現れた姉原サダク。
事態はすでに最悪だ。
「校長先生は、姉原サダクという生徒をご存知ですか?」
「ええ。つい最近転校してきた子ですね。でも、どうしてここで彼女の名前が?」
「ええ。私事でちょっと。彼女は今どこに?」
まさか、家族と一緒に一戸建てに暮らしている、なんてことはないだろう。
「たしか、久遠さんのお家でお世話になっているとか。あの家は以前下宿業をやっておりましてね」
久遠家は90歳を超えた老婆と孫の2人暮らしだという。
しかも孫の燕もまた亡くなった米田冬幸と同じ――そして姉原サダクと同じ――2年A組だった。
(会いに行くべき?)
いや、ダメだ。巻き添えを出すわけにはいかない。
たとえもうすでに何人かの犠牲が出るのが免れない状況だとしても、いやだからこそ、避けられる犠牲は避けなければならない。
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