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第5話 夜襲 ―ナイトレイド―

「あ、あの……、すみません、今日はもう……あの……」


 夜の神社で抱き合う僕と姉原さん。そこに現れたのは白い襦袢を着た女子だった。


「あらやだ、私、幽霊を見たの初めてかも」


 指先でわずかに唇を覆う姉原さん。その口調に恐怖の響きはまったくなく、むしろ好奇心に満ちていた。

 でもあいにく、この神社では夜に白い着物姿の女子がいても珍しくとも何ともない。


鹿谷(ろくたに)(けい)。ここの神社の娘なんだ」


 僕が紹介すると、鹿谷は「あっ、あっ」と声を詰まらせ、結局何も言えずに頭を下げた。


「姉原サダクです。米田さんと同じクラスに転校してきました。よろしくお願いします」


 対して、そつなく挨拶をする姉原さん。


「一応、鹿谷も同じクラスなんだけど……」

「あ、ごめんなさい……」


 姉原さんは両手を口元に当ててのけぞる。

 どうやら、鹿谷はカラオケに誘われなかったのだろう。

 当然と言えば当然か。


 鹿谷は身体を屈め、上目遣いでこちらをちらちらと伺っている。


 仕草こそ怯えた小動物のようだが、実は鹿谷は身長175センチ超。クラスの女子の中では最も長身である。

 少年ぽい無造作なショートヘアで、メリハリの効いた身体はまるで欧米のモデルのようなのだが……。


「あ、あの、すみません、もうこの時間は、神社は、あの、すみません……」


 一事が万事こんな調子である。

 アニメのキャラなら可愛いが、現実でこうもオドオドされるとうざったいことこの上ない。

 しかもこの仕草を嫌味のようなスタイルの良さでやられるのだから、ある種の生理的な嫌悪感すら覚える。


 当然、鹿谷も僕と同じ、クラスカースト最底辺である。

 今後、彼女が放課後の集まりに誘われる時は、全員分の料金をおごらされる時だ。


「ごめんなさい。すぐ帰ります」


 まるで幼い子供に接するような、優しい口調で姉原さんは答えた。

 鹿谷の肩の力がほっと緩む。


「鹿谷さんも、早く家に入った方がいいですよ。このままじゃ風邪引いちゃうかも」

「「え?」」


 僕と鹿谷は同時に声を上げた。

 よく見ると、鹿谷の全身は水に濡れていて、白い襦袢が素肌にぴったりと張り付いていた。


「あッ、()ッ!」


 鹿谷は慌てて胸を隠す。

 彼女はこの神社の宮司の娘で、高校に入ってからは巫女としてのお勤めもしている。

 もしかしたら、さっきまで身を清めていたのかもしれない。


「あっ、あっ、あぅッ……」

「ええ。おやすみなさい」


 会話として成り立っているかどうかはともかく、鹿谷はものすごい勢いで僕らに頭を下げると、逃げるようにして拝殿の裏手へと消えて行った。


「私たちも帰りますか」

「待って、姉原さん」


 僕はとっさに姉原さんの手を掴んでいた。

 ジリジリとした焦燥が僕の心を焼いている。


「ごめんなさい。今日はもう遅いから、お話はまた明日」


 彼女は知らない。その言葉が、僕をどれだけ絶望に突き落とすかを。


「明日じゃ遅いんだ!」


 明日になれば、きっと彼女は染まってしまう。

 あのクラスに入った者の運命は3つしかないのだ。


 序列を受け入れて安心を得るか。

 学校を去るか。

 奴隷に落とされ、搾取されるか。


 今しかない。

 姉原さんに助けを求めるのは、今しかないんだ。


「姉原さん!」


 僕は渾身の力で彼女の手を引き、その身体を引き寄せた。


「ちょっと! やだ、放して!」


 胸を突き飛ばされ、僕は尻もちを付く。


「……軽率だったのは謝ります。ごめんなさい」


 その声からは、温もりが消えていた。


「男の子を夜の神社に誘うなんて、私もどうかしてました。本当にごめんなさい。私、本当に今日のうちにお参りをしておきたかっただけなんです」


 姉原さんの他人行儀な敬語が、ナイフとなって僕の心を切り裂いていく。


 僕だって、そんなつもりで彼女の手を掴んだわけじゃない。

 ただ、助けてほしくて、安心したくて、自分でも何を言っていいのか、どうしたらいいのかわからなくて――


「おやすみなさい。明日また学校で」


 くるりと背を向けて、姉原さんは階段を下りていく。

 不意に、嘔吐に似た感覚が僕を襲った。

 せり上がって来るのは、絶望と、情けなさと、怒りだった。


 やっぱり彼女も僕の苦しみを解ってくれなくて、それどころかこの必死の訴えをまるで性欲の発露のように扱われて。


 鹿谷慧。あいつのせいだ。

 あいつが変なタイミングで現れなければ、姉原さんは僕の話を聞いてくれた。そして受け入れてくれたはずなんだ。


 それなのに、姉原さんは僕の前から去ろうとしている。

 ついさっきまで僕を優しく抱擁してくれていたのに、ちょっと雰囲気が変わっただけで僕に背を向けた。


 裏切りだ。


 そして明日になったら、彼女はクラスの序列に取り込まれて僕を嘲笑うんだ。

 今のことも面白おかしい嘘で盛って、僕を笑い者にするに違いない。


 あまりにもひどい裏切りだ。


 姉原サダク。


 あいつは今まで見て来た女の中でも、最悪だ。




 ……。




 気が付けば、僕は階段を降りる姉原の背中を突き飛ばしていた。

 姉原は声を上げることもなく、あっけなく階段を転がり落ちて、ちょうど中腹のところで止まった。


 暗闇に白く浮かぶ、バラバラな方向に投げ出された長い手足。

 見開いたままの目、ぽかんと開いた口。

 鼻の穴から、一筋の血が流れていた。

 こんな滑稽なポーズになってもなお、姉原サダクは美しかった。


「は、はは……」


 やった。

 やってしまった。


 僕は、人を殺してしまった。


「はは、ははははは……」


 えも言われぬ高揚感が僕を包み込んでいた。


 僕はきっと警察に捕まり、裁判にかけられるだろう。

 だけど僕はまだ高校生だ。もしかしたら案外軽い刑で済むかもしれない。

 しかも新しい名前や住まいが手に入ることも考えられる。


 何だこれは。

 いいこと尽くめじゃないか。




 それに何より。




 はっきりと感じる。




 魂のレベルが上がったのを。




 もう、僕は今までの僕とは違う。

 これからの僕は何だってできる。

 その証拠に、僕は今までできなかった、他人(ひと)の目を見ることにだって何の恐れも感じない。


 姉原サダク。僕の初めての獲物。

 彼女の瞳を、何の抵抗もなくのぞき込む。


「……」


 彼女の瞳は大きくて、真っ黒だった。

 当然だ。死んでいるのだから瞳孔が開き切っているのだろう。


 それにしても、深淵を覗くとはこのことを言うのかと思えるほど、姉原サダクの瞳は絶対的な黒だった。

 例えるなら、光を99.9パーセント以上吸収する黒色物質(ベンタブラック)のように、影の存在すら許さないほどの圧倒的な闇……。


 いつしか、僕は彼女の瞳にじっと見入っていた。いや、むしろ彼女の瞳に魅入られていたと言うべきか。

 彼女の瞳から目を離すことができない。

 このままずっと、この闇を見ていたい。


 ずっと。このままずっと……




  ◇ ◇ ◇




 市立日和見高等学校2年A組。


 静まり返った教室に、担任の笛木(ふえき)洋平(ようへい)教諭のひそめるような声が響いた。


「もう知ってる人もいると思いますが、昨夜、米田冬幸君がお亡くなりになりました。まずは1分間の黙祷(もくとう)をささげましょう。黙祷」


 1分後。


「立て続けのことでショックを受けている人も多いと思います。気持ちのこともそうですが、体調が悪いとか、些細なことでも遠慮なくカウンセラーさんや保険の先生に相談してください。もちろん、私に相談してくれてもかまいません」


 ざわめき、忙しく視線を交差させる生徒たちを尻目に、笛木教諭はそっと1人の女子生徒を呼びつけ、廊下に出た。


「……警察の話では、昨日君と米田が2人で歩いているところを目撃されている。もしかしたら、君が生きている米田を見た最後の人間かも知れない。何か、あいつに変わったことはなかったかな?」


 問われた女子生徒は、指先をそっと唇に当て、小首を傾げた。


「そう言われましても……。私、米田さんとは昨日知り合ったばかりですし……」

「そりゃそうか。すまないな、転校翌日にこんなことになって。困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 そう言って、姉原サダクは穏やかに微笑んだ。




  ☆ ☆ ☆

日和見高校2年A組 米田(よねだ)冬幸(ふゆき):神社の階段にて転落死。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

ここから、姉原サダクと2-Aの生徒たち、そして新たな登場人物の戦いが始まります。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そう!まさかワトソン役と思っていた米田くんがここで退場!! _(:3 」∠)_ホラー、まさにホラーです、4話まで読み進め脳内に構築した土台が全部吹っ飛びました(^ ^)あまりの衝撃に虐げら…
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