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第48話 断罪の剣 ―チェーンソー― ◇和久井建設営業2課、惨殺

 長い時間が過ぎたように思えるが、その実は最初の震動から5分と経っていなかった。


「……」


 秘書は手にしたスマホをじっと見つめている。エントランスの様子を見に行った馬場(ばば)専務はおろか、部下の誰からも連絡が入ってこない。


 和久井建設本社ビルの最上階。社長室の椅子にゆったりと腰掛ける和久井(わくい)准二(じゅんじ)はじっと沈黙していた。


「社長!」


 沈黙を破ったのは、社長室に飛び込むように入ってきた若者だった。日焼けした顔にパーマのかかった明るい茶髪。着崩したスーツは洒落(しゃれ)っ気よりもだらしない印象の方が勝っている。


 彼は、馬場が戦闘部隊と称してチンピラや暴走族から引き揚げた若者たちの1人だった。


「馬場専務がやられました!」

「やられるとはどういう意味だ!? 殺されたのか!?」


 社長に代わって秘書が問う。


「わかりません! ただ、のこぎりでブオーンって手ぇ切られて、血しぶきとかマジヤバくて!」

「何言ってんのかわかんねぇよ! 起きたことを順番に説明しろ!」


 その時、社長室の照明が一斉に消えた。

 白昼とは言え、太陽光だけではこの部屋は薄暗い。


「のこぎり――じゃない、ダンプが突っ込んできて、中から女が出てきて、のこぎりで、あの回るのこぎりで、馬場専務が腕切られて――」

「回るのこぎり? チェーンソーか?」

「それ! それっす! それがマジヤバくて!」


 その時、和久井准二がのっそりと立ち上がった。

 和久井准二は一見、どこにでもいる中年男である。背丈は平均より少し高い程度、体つきもやや骨太でがっしり目といったところで腹回りには脂肪がつき始めている。

 胡麻塩頭を五分刈りにし、顔つきは顎が丸いこと以外にこれといった特徴もない。強いて言えば、オフィスワーカーには決して見えない、くらいだろうか。


 だが、この目立たない男が言葉を殺して立ち上がった時、彼の印象は逆転する。


「おい」

「は――!?」


 若者の顔面に、ガラスの灰皿が叩き込まれていた。


「おあああああッ!?」


 大量の鼻血を流して床に這いつくばる若者を、和久井准二は冷たく見下ろした。


「チェーンソーが何だ? お前は女1人から尻尾巻いて逃げてきたってのか? 部下のお前が専務を置き去りにして」

「すんません! すんませんすんません!」

「おい!」


 元レスラーの秘書兼ボディガードがピンと背筋を伸ばす。


「兵隊集めろ。その女、生きてここから帰さねぇ」

「はい!」


 秘書が慌てて電話を掛ける。


「社長、ダメです。今この階には誰もいません。エレベーターも止められてて……」

「これだから若ぇモンは。階段があんだろうが、ちったぁテメェの足を使え!」

「それが、階段の扉もロックされていて……」

「ブチ破れ! ったく、自分じゃ何一つ判断できねぇのか!」


 これは、会社組織に極端な上意下達を強い、独断を一切許さなかった社長の責任である。


「そうだ、非常階段を使え! とにかく頭数を揃えるんだ!」

「はい!」

「……」


 矢継ぎ早に指示を出す社長と、それを伝達する秘書を見ながら、鼻血を流す若者はふと違和感を覚えた。


 チェーンソー女の目的が社長だとして、彼女はどうやって社長室(ここ)に来るつもりなのだろう?

 エレベーターも屋内階段も使えないなら、彼女もまた非常階段を使うしかないのではないか?


 そこまで考えて、若者はこれ以上痛い目に遭いたくなかったのでその先を考えることをやめた。




  ◇ ◇ ◇




 また、1人落ちた。


 和久井建設営業2課、通称『戦闘部隊』。地元の不良や暴走族、半グレから吸い上げられた者たちで構成され、違法ギリギリの嫌がらせや恐喝まがいの()()を行う者たちである。


 営業成績は極めて優秀だが、時折歯止めが利かなくなって傷害事件を起こしてしまうのはご愛敬だ。

 もちろん血気盛んな若者たちのこと、傷害事件の被害者には心にも深い傷を負った女性も多い。


 そんな、集団心理に身を任せてゲーム感覚で他人を傷つけてきた彼らは今、右腕にチェーンソーを装着した1人の女性によってゲームのように1人、また1人と攻略されていった。


 ステージは屋外の非常階段。

 この狭い空間では、彼らお得意の集団で1人をリンチする戦法が取れない。


「ずりーよ! ずりーだろそれマジで!」


 エンジンの爆音と共にまき散らされる鉄と油の臭い。高速回転する刃はもちろん、音と臭いもまた着実に彼らの神経に死の恐怖を刻み付けていた。


「タイマンなら、せめて素手で! それ反則だから! マジでマジでマジでぎゃああああ!」


 切断された腕を残し、殺し合いに規則を求めていた男の本体は手すりを越えてアスファルトの地面に叩きつけられていた。


「ああああああーーーーッ!」


 恐怖が臨界点を突破し、「非常階段で8階に向かえ」という社長命令の呪縛から解き放たれた者がビルの屋内に逃げ込む。


「……」


 彼女は静かにそれを追う。

 やがて、甲高い金属音と共に男のすさまじい悲鳴が聞こえてきた。


 肩から胸を袈裟斬(けさぎ)りにされた若者の死体を片手で引きずってきた女は、この隙をついて階下へ逃げようとしていた者たちに向かって死体を投げつける。


 悲鳴を上げることもできないまま、団子状態になって階段を転がり落ちていく男たち。


「う………うぅ……」


 うめき声をあげながら這いずり出す者の背中に、回転する(のこぎり)が突き立てられる。


「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 長年にわたり妹尾母子(おやこ)をいたぶってきた者たちを殺すことに躊躇はない。だが、少年時代の彼らが(あきら)に窃盗を強要しなければ、自分と明の出会いはなかった。


 短時間で殺すのは、出会いをくれた彼らへの感謝の気持ちだ。


「……」


 ふと、彼女はチェーンソーを止めた。そっと胸に手を当てる。


「冷たくなってきた……」


 体温だけではない。心拍も、先刻馬場専務の上半身と下半身を切り分けた時の爆発するような拍動が嘘のように静まり返っている。


「亡者、か……」


 彼女は天を仰いだ。からりとした秋晴れだ。


「ごめんね、明……」


 再びチェーンソーのエンジンをかける。

 残された時間はもう少ない。何人か逃げおおせたものがいるようだが、そろそろ和久井准二のもとへ向かうことを優先させるべきだろう。




 どうせ今は逃げきれたとしても、『彼女』がそれを許すはずがない。



  ☆ ☆ ☆

和久井建設専務 馬場(ばば)(あつし)以下、和久井建設営業2課:失血性ショック死、チ脊髄断絶、他。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

いよいよ姉原サダクの復活が近づいてまいりましたので、お楽しみにしていただければ幸いです。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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