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第40話 悪魔 ―デビル―

「はぁ……はぁ……」


 幕田(まくた)(まこと)は重い足取りで人通りの無い夜の住宅地を彷徨(さまよ)っていた。

 走っているわけでもないのに息が上がる。


 恐怖のせいだった。


(どうしてこんなことに……)


 今に限ったことではない。

 ここ数カ月――いや、幼稚園に入り集団行動をはじめたあたりからずっと、幕田の心はずっとそう問い続けている。


 一体どうして自分ばかりがこんな目に遭わなければならないのか、と。


 幕田誠はいつもクラスカーストの下位にいた。気を抜けばいつ最底辺に落ちるかわからない立場だった。


 理由はわからない。いや、思い当たることが多過ぎてどれが最大の理由かわからない。


 貧相なオッサン顔、胴が長い割に足が短いイタチのような体型、フケ症の頭皮。

 勉学もスポーツも苦手、誰もが興味を持てる話題も持てず、ギャグのセンスもない。


 精子と卵が出会った時から運がなかったとしか言いようがない。


 幼稚園、小学校、中学校、そして高校1年……。

 彼の人生は、常に自分が最底辺にならないためのぎりぎりの戦いだった。


 彼が己の戦略を確立したのは、小学校低学年の時だった。

 一度、失態をやらかしてカースト最底辺となりいじめを受けた。

 その時、彼は親や教師といった大人たちがいかにいい加減な存在であるかを思い知った。


 やられたらやり返せ。

 大人に相談しろ。

 勉強やスポーツで活躍すれば一目置かれるようになる。


 やり返したらさらにやり返さえされることくらい、想像できないのか。

 親も教師も、なあなあで事を終わらせることが大人の話し合いだと思っている。それは子供の世界では何もしないのと同じだ。

 落書きだらけの破れた教科書と、ボロボロの身体でどう活躍しろと言うのか。


 結局、自分の身は自分で守らなければならない。

 他者を蹴落としてでも。


 同じくらいの階級(カースト)で何となく親しかった友人を下剤を使って(おとしい)れた時から、幕田誠は崖っぷちでたった1人、誰にも理解されない戦いを続けていた。


 友達なんて要らない。作ってはいけない。

 どうせいつかは裏切らなければならないのだから。

 その人のことを思いやってのことではない。

 自分にのし掛かる罪の意識を少しでも軽くするためだ。


 だが、高校2年のある日、突然足元が崩れて幕田は地獄の最下層へ転落することになった。


 ()が消えたのだ。

 クラスで、いや、この町でぶっちぎりのカースト底辺だった()()()が、忽然(こつぜん)と消えたのだ。


 幕田に落ち度は無かった。

 ただ、下層階級と奴隷階級のラインが突然引き上がったのだ。


 奈落に飲み込まれたのは幕田だけではなかった。


 眠たげなまぶたの奥からどんよりと粘っこい視線を放つ小柄で小太りな根津(ねづ)宗一郎(そういちろう)

 自分以外の全てを見下し、特に女子に対する性的な蔑視を隠しきれていなかった米田(よねだ)冬幸(ふゆき)

 とにかく自分の存在を消すことに特化したようなステルス少女、(くすのき)比奈(ひな)

 にわかにこの町に流行り出した宗教団体に役目を奪われ、赤貧に追いやられた神社の娘、鹿谷(ろくたに)(けい)、等々……。


 まあ、鹿谷は昔から女子の中では底辺階級だったが。

 和久井(わくい)家の次男坊――和久井(しゅう)が彼女に執心でなければ、あのスタイルだけは抜群の肉体は今頃どうなっていたかわかったものではない。


「ウッ――」


 キリキリと走る胃の痛みが、幕田のとりとめのない思考を中断させた。

 実はここ数日、彼は肉体的暴力や金銭の搾取からは解放されていた。


 野球部の部室でサンドバッグごっこをやらされていたところに、突然紅鶴(べにづる)ヘレンが乱入してきたのだ。


「どっちか貸してよ」


 彼女は幕田ともう1つのサンドバッグ――根津をちらりと見て、物怖じせずに言い放った。

 和久井春人(はると)(こころよ)く、と言うよりはどうでもいいといった様子で頷いた。


 こうして幕田は、根津の絶望的な悲鳴を背に、束の間の暴力からの解放を味わうことになったのだった。


(くそ、あの悪魔……)


 だが、紅鶴ヘレンが差し伸べたのは救いの手ではなかった。

 彼は今、桂木(かつらぎ)志津(しづ)を殺害し、神保(じんぼ)ここあを襲撃した殺人鬼をおびき出す餌として毎晩夜の住宅地を徘徊(はいかい)させられている。


 彼には断り切れない条件を出されていた。

 彼のスマートフォンには、服を乱したほとんど半裸の紅鶴ヘレンの画像が保存されている。野球部から連れ出されたその日にスマホを奪われ、わけもわからないうちに撮影されてしまった。


 見ようによっては、いや、誰が見ても、幕田がヘレンを襲って撮影したものだと思うだろう。ご丁寧に、画像の端には幕田の指紋が写り込むように仕込まれている。


 画像はヘレンやここあの元にも転送されているので消去しても無意味だ。


(悪魔! 悪魔! 悪魔!)


 毒づきながらも、幕田はそっと自分の頬に指を添えた。


 ――頼むよ幕田。男子の中ではあんたが一番信頼できると思ってる。本当だよ。


 耳元で囁きながら、紅鶴ヘレンは幕田の頬にキスをした。


 (わか)っている。それが彼女の演技だということは。

 解っている。彼女は幕田が自分を肯定してくれる言葉に飢えていると知っていて、彼が一番喜ぶ言葉を選んだということは。

 解っている。異性に免疫の無い幕田が、女子の上目遣いとキス1つで簡単に篭絡されると見抜かれているということは。


 頭では解っているのに、身体は紅鶴ヘレンのために働こうと躍起になっていた。


(ちくしょう……)


 屈辱だと思いながらも、甘い記憶として再生されてしまうヘレンの媚びた笑顔と柔らかな唇の感触を反芻(はんすう)しながら、幕田は人通りのない暗い道を1人、歩いていた。


 ちゃりん。


「うわッ!?」


 突然の物音に、幕田のひょろっとした体が跳び上がった。


(何? 何!?)


 浮足立つ幕田の足元に、数枚の硬貨が転がって来た。


(何だ、小銭か)


 ほっとすると同時に、こんなものが転がって来るということは、そばに人がいるのではないか、という結論に至る。

 咄嗟に音がした方向に目を向ける幕田。

 その後頭部を、重い衝撃が襲った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

サダク復活に向けて物語も動き出しておりますので、お楽しみにしていただければ幸いです。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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