第39話 死角 ―デッドスポット―
いよいよ、私の予感が現実味を帯びて来た。
「襲われたのは神保ここあ。現場は住宅地の公園前。夜遊びの帰りに背後から襲撃されました」
私の中で、神保ここあのイメージはあまり良いものではない。
教室でもいじめられっ子である鹿谷慧に執拗に絡んでいたと記憶している。
暴力装置の檀麗、精神攻撃の神保ここあ、そして止めの一撃を担当する紅鶴ヘレン。
教室でのやりとりを聞いた限り、3人は恐喝に慣れている印象を受けた。鹿谷慧以外にも彼女たちに泣かされている者は多いのではないだろうか。
「犯人は目出し帽をかぶり、上は黒っぽいパーカー。凶器は鉄パイプ。これは前回の桂木志津の後頭部の傷とも一致します」
「凶器の情報は非公開ですから、模倣犯の可能性は低いということですね」
「まあ、鉄パイプもありふれてはいるんで、偶然の可能性もゼロではないっすけど」
銭丸刑事が例によって盗んだ資料をめくる。
日和見警察署の書類管理指導はどうなっているのだろうか?
「んで、たまたま引き返してきた紅鶴ヘレンが悲鳴を聞いて駆け付け、ここあの代わりに殴られて負傷。犯人は逃走」
「身代わりですか」
生意気な不良少女だと思っていた紅鶴ヘレンを、ほんの少し――本当にほんの少しだけ見直した。伊達に女子グループのボスをやっているわけではないようだ。
「犯人の身体的特徴は?」
「2人ともよく憶えていないと」
神保ここあは、偶然靴紐が解けてしゃがみ込んだところ頭上を鉄パイプが素通りしていったとのことだった。妙な悪運の強さが小悪党らしい。
その後はひたすら地面を転がっていたとのことなので、犯人の身体は実際以上に大きく見えたことだろう。
対する紅鶴ヘレンは、現場に駆け付けた時、腰を抜かして立てないここあに向かって凶器を振り上げる犯人の後ろ姿を見た。その後はすぐに乱闘になったため、やはり具体的な犯人の体格は見ていないとのことだった。
「……んにしても、どういうことですかね? 由芽依さんの見立てでは、犯人は姉原サダクから逃れるために自分でサダクのターゲットを殺してお目こぼしを狙っているんですよね?」
「まぁ、仮説ですが」
「でも神保ここあや紅鶴ヘレンは、そもそもの発端である佐藤晶暴行には関わっていないんですよね?」
「今ある情報だと、そういうことになります」
では、どうして今回、神保ここあが襲われたのか?
「悪い仮説と最悪の仮説があります」
縁起でもない私の言葉に銭丸刑事は口の端を引き締めて頷く。
「まずは、紅鶴ヘレンと神保ここあ、そしておそらく檀麗。この3人が本当は佐藤晶の暴行事件に関与していた可能性」
「それでマシな方の仮説なんすね。で、最悪は?」
脳裏に、楠比奈の儚げな笑みが蘇る。
「佐藤晶の事件の背後に、もう1つ事件がある。それは死者が出るほどの深刻な事件で、学校はそれを被害者の存在ごともみ消した……」
「存在ごとって、生徒1人を初めから居なかったことにするなんて無茶っすよ!」
「できる。この町なら」
日和見高校2年A組。表の行政を支配する千代田家、裏の経済を牛耳る和久井家、豊富な財力を誇る檀家、御三家の跡取りが集結していた魔のクラス。
3つの家が手を組めば――
「いくらなんでも、それは……」
彼の抗議は無視して続ける。
「どうして、和久井春人は2年になってから佐藤晶に執着したのか? この疑問に答えが出る気がします」
佐藤晶は正義感の強い生徒だったと聞いている。
もし、彼女がこのことをどこかに告発しようとしたとしたら。
単純に口封じの必要性がある。
だがそれ以上に、あのすべてに飽きているような気だるげな少年は、王の権力に屈さない少女に強く惹かれたのではないだろうか?
佐藤晶の件はあくまで副産物。2-Aの生徒たちが復讐に怯える相手は、さらに向こうにいる――
「いや、やっぱ無理っすよ。人1人の存在を抹消するなんて。そんなこと家族が黙っちゃいない」
「ならば、黙っている家族を探すまでです」
「え?」
「ここ半年ほどの間に事故や火災などでひと世帯まるごと犠牲になった案件はありませんか?」
「僕が記憶する限りでは無いっすね」
「では身寄りのない長期の入院患者を探しましょう。まずは神経科から」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
サダク復活に向けて物語も動き出しておりますので、お楽しみにしていただければ幸いです。
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今後ともよろしくお願いいたします。