第37話 呪殺 ―カース―
「遺体で発見されたのは桂木志津。2-Aの女子バスケ部員っすね」
捜査資料をめくりながら、銭丸刑事が説明する。
「あの、その前に。銭丸さんは捜査担当なんですか?」
「いいえ?」
「何か問題が?」とばかりにあっけらかんと答える。
「ああ、資料ですか? センパイがトイレに行ってる間にパクってコピって来ました」
「何か、すみません」
彼の刑事人生が法令遵守という名のレールからどんどん逸脱している気がする。
「べ、別に由芽依さんのためじゃないですからね! 被害を食い止めるために、貴女を利用しているだけなんですから!」
多分、照れ隠しにボケているんだろう。
でも、おどけて見せながらも彼の口の端はきつく引き締められている。
悔しい。
事件を予期していたのに止められなかった。
それは警察官として最大の屈辱だ。
いささか不謹慎ではあるが、同業者の前では軽口でも叩かなければやっていられない。
「発見者は、出勤してきた教師3名。遺体の場所が場所でしたから、3人ほぼ同着で第1発見者となりました」
桂木志津は、首にビニール紐を巻きつけられ、校舎の3階――2-Aの教室の窓から外に吊るされていた。
少し垂れた円らな目と、小さな鼻口をした、タヌキを思わせる少女の顔を思い出す。
同じ女子バスケ部員である、キツネ顔の各務野紗月とはあれから仲直りできたのだろうか?
「死因は後頭部を殴打されたことによる脳挫傷。首に縄をかけられたのは死後ってことになりますね。それと遺体にはこんな傷も」
資料を見せられる。
印刷された死体写真には、下着と靴下のみという姿でブルーシートに横たわる桂木志津の姿が映っていた。
頭を殴られて即死したのだろう。口をぽかんと開いたその死に顔は穏やかとまではいかないまでも、恐怖や驚愕の色合いは感じられない。
ただ、痛々しいのは、その白い背中いっぱいに刃物で『呪殺』と彫られていたことである。
「女の子の身体に酷いことを。やっぱ、姉原サダクっすかね」
「……この『呪殺』に生活反応は?」
まあ、死に顔を見た時から答えはわかっているが。
「いえ。これは彼女が亡くなった後で彫られたものです」
「だとしたら、姉原サダクに殺された可能性は低いと思います」
姉原サダクは復讐者だ。
相手が己の罪を悔いながら死ぬことを望む。それが叶わないような相手には心身に最大の苦痛を与えながら殺すことを望む。
逆に言えば、姉原サダクにとって『死体蹴り』はもっとも無意味で無価値な行為なのだ。
「だとしたら犯人は……」
姉原サダクのことを中途半端に知っている人間。つまり、2-Aとその関係者に絞られる。
「姉原サダクに罪をなすり付けるためにこんなことをしたって言うんですか!」
「……15年前にもありました」
聖ガラテア女学院事件。
実はあの事件の被害者のうち2人はサダクに殺されたのではなかった。
あの時は、担任の女性教諭だった。
サダクの放った蟲によって校舎に閉じ込められ、1人、また1人と惨殺されていく中で、彼女はサダクの目的がいじめの復讐であることに気付いた。
いじめを黙認していたばかりか、それを助長さえしていた彼女は恐慌にかられたのだろう。
彼女は罪を免れるために、あろうことかサダクの前で教え子を2人殺害し、死体を捧げることでサダクに助命を乞うたのだ。
当然、そんなものがサダクに通用するはずもなく、その女性教諭は自分が殺した生徒の腹に顔を突っ込み、腸とその内容物で食道を破裂させて死んだのだが。
「人間って、そこまで醜くなれるモンなんすね……」
貢物でサダクに命乞いをしつつ、世間的には罪をサダクに押し付けて、自分は無傷で逃げ切ろうとする。
そんな浅ましい思考の残滓が、無惨に傷つけられた遺体の周囲にこびりついている気がした。
「とりあえず、佐藤晶の暴行に関わった生徒たちをマークすることをおすすめします」
直接の加害者である和久井春人をはじめとした不良たち、晶が暴行されている画像を見た男子生徒たち、それともう1人の目撃者である志津の親友、各務野紗月。
「容疑者リストってことっすか」
「――と同時に、被害者候補のリストでもあります」
「……」
☆ ☆ ☆
日和見高校2年A組 桂木志津:後頭部を殴打され即死。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
サダク復活に向けて物語も動き出しておりますので、お楽しみにしていただければ幸いです。
続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。
今後ともよろしくお願いいたします。