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第33話 2-A その3 ―ロスト・ラムズ3―

 砂利を踏みしめる音に気付き、鹿谷(ろくたに)(けい)手帚(てほうき)を持つ手を止めた。


比奈(ひな)ちゃん?」


 振り返った先には案の定、(くすのき)比奈(ひな)の細枝のような姿があった。

 正直、小脇に抱えたスケッチブックの方が質量があるのではないかと思えるほど、この少女からは重さを感じない。


「待ってて。すぐ片付けるから」


 慧はいそいそと大きな塵取りに落ち葉を集め、ゴミ袋に入れた。


 サンハラ神社の境内を清め終え、慧と比奈は母屋の縁側に腰掛けた。

 風のない秋晴れだった。周囲には2人がほうじ茶をすする音と、比奈がスケッチブックにペンを走らせる音だけがする。


 2人の間に会話はない。

 慧は、手の平に湯飲みから伝わる熱をじんわりと感じながら、ぼーっと空を眺めていた。


 湯舟で風呂に浸かっているような気分だ。

 慧の口から、はぁっとため息が漏れた。


 学校が閉鎖されて早2週間。

 こんなに心休まる日々はいつ以来だろう?


「このまま、もう学校行きたくないね……」


 比奈に反応は無い。よほど絵に集中しているのだろう。

 目元を覆う前髪は邪魔にならないのだろうか?

 相変わらず、髪には櫛ひとつ入っておらず、つんと甘酸っぱい臭いがする。


 罪の臭いだ。


 あの日を境に、それまではむしろ潔癖症気味だった比奈は自分の身体を洗わなくなった。自分にかけるべき時間のすべてを絵に捧げるようになった。

 慧は比奈の身体に寄り添う。枯れ木のような少女の身体にも、体温があった。


「……」


 一瞬だけ比奈は顔を上げたが、またすぐにスケッチブックに視線を戻した。

 また静寂が流れる。

 お互いの温もりだけがそこにある。


(せめて、ずっとこのままでいたいな)


 それが、今の慧が望むものの全てだった。




 ――だが、すべての時には終わりが来る。




「!」


 比奈の身体がぴくんと跳ねた。

 一瞬おいて、慧も気付く。

 母屋の戸口を乱暴に叩く音がする。


「比奈ちゃん……」


 比奈は頷き、庭に降りると塀を乗り越えて神社の裏山へと消えて行った。その身軽さのためか、消え方はまるで影のようで、まるで初めからそこに存在していなかったかのようだった。


 慧は急いで湯飲みを片付けると、小さくため息をついてから玄関に向かった。


「んだよ! 居るならさっさと開けろよな!」


 甲高い声。

 引き戸の向こうに立っていたのは、ランドセルを肩掛けにした少年だった。

 耳元を刈り上げたキノコ型のショートヘアは愛らしいが、瞳の奥に宿る眼光は慧の背中をひやりとさせるものがある。


「いらっしゃい、(しゅう)君……」

「……」


 少年の目がギラリと慧を睨みつける。


「お前、俺の教えたこともう忘れたのかよ。『お帰りなさい、終さん』って言えよ!」

「ごめんなさい……。でも、ここは終君の家じゃないし……」

「は? 嫁の家は俺の家だろ」

「でも、私たち結婚したわけじゃないし……、あれは、お父さんたちがお酒の席で……」

「おい」


 少年の手が慧の胸倉を掴んで引き寄せる。鼻と鼻がぶつかるほどの距離。

 冷たくギラついた瞳に、慧の心臓は縮み上がった。


「お前の親父はいつから()()に冗談かませる身分になったんだ?」

「ひ……ご、ごめんなさい……」

「ごめんじゃねぇ。俺が誰なのか言ってみろ」

「ぅ……」

「言えよ!」

和久井(わくい)終……さん、です……」


 慧の長身が固い三和土(たたき)に突き倒される。


「この町で和久井に盾突いてタダで済むと思うなよ。この貧乏神社、誰の寄付で回ってると思ってんだ?」

「和久井家のおかげです……」

「それとも何? 次男の嫁じゃ不満かよ! 兄貴の愛人の方がマシなのかよ!」

「!」


 慧は半ば反射的に床に手を付いた。

 和久井終――あの和久井春人(はると)の実の弟。終が兄の話を始めると手が付けられなくなってしまう。


「兄貴の、あ、あ、兄貴の言うことなら聞くんだろ! お、俺の、俺のことなんて、誰も、誰も――!」

「私が間違ってました! お帰りなさい、終さんッ!」


 石畳に額をこすりつける。慧は頭の奥底で「掃除しておいてよかった」とつぶやく自分の声を聞いていた。


「……もういい。顔上げろよ」


 恐る恐る姿勢を正す慧に向かって、終はにっこりと微笑んだ。


「ただいま」


 無垢な少年の、天使のような微笑みだった。


「あ、はは……」


 和久井家特有の獰猛な狼の顔と、年相応の愛くるしい天使の顔。2つの顔が微妙なバランスで同居しているのが、和久井終という少年だった。

 そして終は、親同士が決めたどこまで本気かわからない許嫁(いいなずけ)でもある。少なくとも終だけはこの話を真に受けている。


「慧、宿題やってよ」


 押し付けられるランドセル。


「あの、こういうのは、自分んでやらなきゃ意味がないと思う……」

「ばーか。学校の宿題なんてやってられっかよ。俺は塾の予習があんの」


 我が物顔で茶の間のテーブルにテキストを並べ始める終。そんな彼に複雑な目を向けてから、慧は冷蔵庫からカルピスを取り出した。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

筆者としても早くサダクを大暴れさせてあげたいのですが、今しばらく2-Aの生徒たちにお付き合いいただければ幸いです。


続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点] 2-Aクソターゲット集団から若干外れている自虐巨乳と不憫座敷童のコンビ、流れる学校閉鎖中のおだやかなひととき(´ω`)クソガキさえ出なけりゃほのぼの回でした。 [気になる点] クソガキにケ…
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