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第28話(番外編) 疾風 ―チェイサー― ◇珍走団皆殺し事件

ご注意:

今回、虫の群れが人を襲うシーンがあります。

苦手な方はご注意ください。


今回は番外編ですので、読み飛ばしても次話以降に影響はございません。

 彼らのチームに名前は無かった。

 それは、彼らが万が一日和見町の外で警察に捕まった際、自分たちはあくまでバイク好きがたまたま集まって盛り上がっただけだと主張し、共同危険行為で処罰されるのを防ぐためである。


 彼らは、いわゆる暴走族だった。


 この日、チームのリーダーである藤下(ふじもと)光一(こういち)()()()()()()()()仲間たちと県道沿いの寂れたパーキングエリアにたむろしていた。


「あー、ムラムラしてきた」


 藤下の言葉に、仲間たちがヘラヘラと笑いを返した。

 彼らはつい先日、お気に入りの玩具(おもちゃ)が壊れてしまい、捨ててしまったばかりだった。


和久井(わくい)君、今度いつ女回してくれっかな」

「さぁな。気まぐれだからなアイツ」


 藤下は煙草の吸殻を踏みにじった。

 味気ない。早くも、吸殻を押し付ける柔らかい肌とその度に聞こえる切ない悲鳴が恋しくなっている。


(くそ。和久井のヤロウ)


 こうやって自分は飼い慣らされていくのだろうか?


 ふと、そんな不安が藤下の脳裏をかすめた。


 あの正義感の強い気丈な少女が、薬物で理性をそぎ落とされ、最後には自ら快楽を求める獣に成り下がってしまったように、自分も目の前にチラつかされた餌に食いついているうち、和久井の意のままに操られる飼い犬になってしまうのではないか?


(走るか)


 こういう時はバイクを転がすのが一番だった。

 彼らは走り屋ではない。運転テクニックや走行タイムを追求するつもりは毛頭ない。

 走行する道も安全で平坦だ。


 走り慣れた道を、自分たちなりにスリルを感じる走り方で風を感じることができればそれでいい。

 そうやって20代中盤にさしかかった身体にねっとりまとわりつく空気を振り払ったら、アダルト動画で自分を慰めて酒を飲んで寝る。


 和久井が次の玩具を払い下げて来るまではまたそんな日々が続く。

 この時まで、藤下はそう思っていた。


「おい、あれ……」


 メンバーの1人が、県道をふらふらと彷徨(さまよ)う少女を見つけるまでは。


「あの制服、日和見高校だな」

「へへ、清楚系だよ」


 性欲が瞬時に理性を振り切り、彼らの頭からは少女が徒歩で峠の山道に現れた不思議について考える余裕が失われていた。


「おら、こっち来い!」


 ここは彼らの縄張りだ。甘い言葉で誘うなどと面倒なことはしない。

 この中では最年少のメンバー(19歳)が、早くも少女の細い手首を掴み、公衆トイレへと引きずり込んで行った。


「ったくしょうがねぇ奴」


 大人の余裕を見せつつ、湧き上がる己の性欲を誤魔化すように、藤下は大げさにため息をついた。そして慌てて声を張り上げる。


「おい! ちゃんとゴム着けろよ! 後で俺らもやるんだからな!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーッ!!!」




 ……。




「何だ今の?」


 少女の悲鳴にしてはあまりに汚い。

 ほどなく、少女を連れ込んだメンバーがふらふらとトイレから出て来た。


「どうした? 噛まれたのか?」


 返事はない。

 彼の顔は蝋のように白く、目は虚ろで、下半身は丸出しだった。ズボンを足首までずり下げ、よちよちと小股に歩く姿はこの上なく滑稽で、それが不気味だった。


「おい……どうした……?」


 藤下の問いには答えず、彼は子供のような泣き顔を見せて言った。


「たすけて……」


 直後、彼の股間が大きく膨らんだ。それは勃起と言うにはあまりに大きく、歪だった。

 肉が波打っている。


「おい! 何だよそれ!?」


 百足(むかで)だった。

 彼の股間は、明らかに百足の形に盛り上がっていた。

 否、実際に皮と肉の間に入り込んだ百足が内部を這い回っているのだ。


 百足はおぞましい螺旋を描きながら男の身体へと進んでいく。

 しかも、それは1匹ではなかった。

 内部から湧き出すように数を増やし、あっという間に男の全身を侵蝕し始めた。


「い、痛ェ! 痛ェェェ! 誰か! 誰か助けてくれよォォォ……」


 悲鳴さえも無数の百足に塗りつぶされる。

 男は口からぶっと血を吐き、直後、そこから大量の百足が溢れ出た。


「うわああああああああッ!?」


 ようやく、周囲の男たちが思い出したように悲鳴を上げる。

 その時にはもう、彼は顔の穴と言う穴から黒い百足を溢れ出させていた。


 崩れ落ちる身体。

 まるで、初めから百足を詰める袋だったかのように(しぼ)んでいる。

 強烈な悪臭が藤下たちを襲い、何人かが堪らず嘔吐した。


 トイレから、少女が乱れた服を直しながら現れた。

 足元に群がる百足の大群を、彼女はどこか慈しむような目で眺めると、人差し指を噛み、血を百足たちの上に数的垂らした。

 血の雫が落ちた位置を中心に、黒い波紋が広がるように蟲たちが波打った。


「……」


 少女の真っ黒な瞳と、百足たちの無数の眼が一斉に彼らを見た。


「わあああああああああーーーーーッ!!!」


 突沸する恐怖と生理的な嫌悪感に、ついに彼らは理性を失い、我先にバイクに飛び乗って逃走した。

 恥も外聞も知覚すらしていなかった。

 彼らは本能で理解していた。


 これは1対6ではない。6対無数だ。




  ◇ ◇ ◇




 これまで漫然と走っていた峠の道を、今、藤下たちは初めて命を賭けて疾走(はし)っていた。


 マシンの性能と己のテクニックの限界を攻める。

 ノーヘルの顔に、これ以上ない暴風(かぜ)を感じる。


 身体とバイクが一体化し、染みの位置まで知り尽くした道と同化する。

 昂った精神は肉体を超え、いつしか彼らは風そのものとなる。


 そんなバイク乗りとしての最高の瞬間を――


「嫌ああああああああああーーーーーッ!!!!!」


 彼らは味わっていなかった。


 先輩とバイク屋の話を鵜呑みにして選んだバイク、ろくに磨いていないテクニック。道だってせいぜいカーブの位置くらいしか把握していない。


 そんなぬるま湯に慣れ切っていた彼らの精神は、今、身を切るような恐怖の冷気にさらされていた。


 時速120キロ。


 藤下の脳内で、警報がうるさいほど鳴り響いている。

 だが、それ以上の強迫観念が彼の精神を圧殺していた。


 ――少しでもスピードを緩めたら追いつかれる。


「ああああああああッ!!!!」


 ゆるやかなカーブでさえ、牙を剥き大口を開けた獣に見える。

 膝をこするほどにバイクを傾け、一生分の奇跡を消費して魔のカーブを曲がり切る。


(この先はしばらく直線だ!)


 死地を1つ脱した。

 そのほんのわずかな安堵が、藤下を更なる恐怖の沼に引きずり込むことになった。


(あいつらは?)


 後続の仲間に気を回したのは、別に情や絆ではない。ただ、仲間の残数の分だけこの恐怖が分散されるような気がしただけだ。

 ライトの光とエンジンの音から、ついて来るバイクは2台。

 先を走る方が、先刻藤下が攻略したカーブに差し掛かり――闇へ消えた。


(落ちたのかよ!)


 見るんじゃなかった。

 藤下は前に集中しようとするが、後の1台がカーブを突破したのか、バックミラーにライトが映った。


(やった!)


 ライトが近づいて来る。


(おいおい! 何キロ出てんだよ!)


 車間距離がぐんぐんと狭まる。


(近づきすぎだ、クソが!)


 転倒に巻き込まれるのはごめんだった。だが、精神に若干のゆるみを生んでしまった今の藤下では、これ以上の加速は不可能だった。


 ついに、2台が並ぶ。


(誰だ!)


 目に入って来たのは、風になびく黒髪とゆるぎない微笑み、そして漆黒の瞳。


「ああああああああああーーーーーッ!!!!!」


 藤下の恐怖が再びトップギアに入った。

 直線の道を加速する。

 だが、少女は恐怖心が壊れているのか、藤下以上にバイクを加速させて彼の前に出た。

 それだけではなく、まるで疾駆(はし)るのが楽しくて仕方ないかのように、藤下の周囲を蜂のようにまとわりつき始める。


「やめろ! やめろ! やめるぉおおおおおおッ!!!」


 しまいには彼の後ろにピタリと張り付き、蛇行してライトの光を揺らしたりウィリー走行したりして煽り始めた。


「ヤロウ! やめろって言ってんだろ!」


 日頃、藤下自身が軽自動車や家族連れっぽいワゴン車にやって来たこと。いざ自分がやられる番になると、こんなにも不快で恐ろしいことだったのかと実感する。

 もっとも、彼にはこの状況で己を省みるような余裕も知能も持ち合わせていなかったが。


「やめろ! やめて! ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさ――あ」


 一瞬だけ網膜の片隅に映る白いガードレール。

 衝撃。

 眼下に広がる黒い森林。


 この瞬間、藤下光一は重力から解き放たれ、一陣の風となった。




  ◇ ◇ ◇




 最後の1人が崖下に落ちていくのを見届けて、姉原(あねはら)サダクはバイクを降りた。


「ふぅ」


 ガードレールに腰掛け、しばらく夜風を感じる。

 ふっとガソリンの臭いが鼻腔を突いた。


「はぁ……」


 サダクは軽くため息をつき、ガードレールを乗り越えて暗い森林へと降りて行った。


「うーん……」


 大破したバイクを前に、サダクは考え込む。


(しまった。もっと別な方法で()ればよかった……)


 漏れ出したオイル類が明らかに土を汚しているし、ガソリンに火が付いたら山火事になってしまうかも知れない。

 しばらくして、サダクのスカートから数匹の黒い蜘蛛が落ち、漏れたオイルに群がり始めた。


「……仕方ないかぁ」


 サダクと眷属の蟲たちは感覚を共有している。

 舌と鼻に不愉快な刺激を覚え、サダクは再びげんなりとため息をついた。


「そこに……誰かいるのか……?」


 その時、森の奥から枯れ木の枝を杖にした血まみれの男が現れた。全身ボロボロで、片足は奇妙に曲がってしまっている。


「あら、生きてた」


 サダクのつぶやきは聞こえなかったのか、男は地面に手を着いて「救急車! 救急車!」と喚き始めた。

 サダクは男を蹴倒すと、無事な方の足首を掴み上げて(ひね)り上げた。骨が砕ける音と男の悲鳴が響く。


「口直しくらいにはなるかな?」


 地べたをのたうつ男の上に、数匹の蜘蛛を放つ。蜘蛛たちは男の耳や傷口から内部に入り込んでいった。

 もはや人のものとも思えない悲鳴を上げる男には目もくれず、サダクは崖を昇り始めた。


 彼女が崖から突き落としたバイクはあと5台ある。

 後片付けは億劫だが、ついでに死体を使って子どもたちを増やしておこう。


「産めYO! 殖やせYO地に満ちYO!」


 深夜の峠に誰もいないのをいいことに、サダクは軽快に歌いながらバイクで元来た道を戻り始めた。




  ☆ ☆ ☆


 飲食店従業員、藤下(ふじもと)光一(こういち)他、同飲食店従業員2名、土木作業員3名、無職1名、合計7名死亡。死体の損壊が激しく、直接の死因は特定できず。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今回で第1部終了となります。

しばらく書き溜めをしようと思っておりますので、気長にお待ちいただければと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良き、ザマァ!!かと (歓喜) [気になる点] 恐怖より爽快感に包まれました(´Д` )癖になりそうです。 勘弁してください!これ以上歪んだらどうしてくれるんですか。 [一言] (´ω`)…
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