第25話 寿美花 ―シリアル・マザー―
姉原サダクは、怨霊、呪霊の類である。
姉原サダクは、契約者の命と身体を代償に恨みを晴らす。
姉原サダクは、復讐の対象を拡大させる。対象者自身はもちろん、それを擁護した者、黙認した者も同罪である。
振り返った利田寿美花の前に、微笑みを浮かべる姉原サダクがいた。
顎のラインで切り揃えられた、艶やかな黒髪。
やや生気に欠ける生白い肌と、対照的にほんのりと桜色に染まった唇。
血まみれの制服からすらりと伸びる、細長い手足。
「不思議」
寿美花は目の前の怨霊に声をかけた。
「姉原さんと出会って1週間も経ってないのに、何だかずっと前から知り合いだった気がする」
わずかに首を傾げる姉原サダク。
角度が変わったせいか、底なしの闇をたたえていた黒一色の瞳に、寿美花の姿がわずかに映りこんだ。
「知らなかったんだ。アキラちゃんがあんなことになっていたなんて。クラスのみんなが私にずっと隠していたなんて。ショックだったな。私、自分が自惚れていたほどみんなから信頼されていなかったみたい」
自嘲しながら、寿美花は両腕を大きく広げる。両脚も肩幅ほどに広げ、しっかりとリノリウムの床を踏みしめた。
「それでも、私はみんなが好きなの。どうしようもなく弱虫で、悪い子たちだけど……。きっと、日本中の人たちがみんなを責めると思うけど……。それでも私は、私だけは、みんなを嫌いになれないの」
それが、彼らの望む母親の偶像だと思うから。
姉原サダクが、寿美花をじっと見つめ、一歩前に出た。
「行かせない。行かせないよ姉原さん。私はみんなの味方をする。みんなの罪を私も背負う。でも、みんなを裁くのはあなたじゃな――ッ――」
ずきりと、寿美花の胸に息が止まるほどの痛みが走った。
指だった。
姉原サダクの人差し指が、寿美花の鎖骨の下、骨と骨の隙間を抉るように突き立てられていた。
歯を食いしばり、寿美花は両手でサダクの手首を掴む。
「痛くないよ……姉原さん……」
肉の中で、指が動く。
膝が震える。寿美花の指がサダクの手首に食い込むほど強く握られる。
「痛くない! アキラちゃんはきっと、もっと痛かったんだ!」
クラスメイトみんなが好きだと言った。例外はない。
「うああああああああッ!」
サダクの手首を掴んだまま、渾身の力で突進して細い身体を壁に叩きつける。
さらに反動をつけて反対側の中庭に面した窓ガラスへ突撃する。サダクの頭がガラスに大きなヒビを入れた。
ぽきり、と。身体の中でサダクの指が折れた。
「ッ!」
もう一度。ゼロ距離からの体当たり。
理科室の扉と共に、2人は室内に倒れ込んだ。
サダクの身体に馬乗りになった寿美花は、とっさに折れたモップの柄を拾うと、ささくれだった折れ口をサダクの胸に突き立てた。
ごぼごぼと血を吐きながら、それでもサダクは微笑みを一切崩さない。
サダクの、左の人差し指だけが赤く染まった手が寿美花の頸に伸びる。
「くっ……こっ……」
強烈な力で締め上げられる。
だが、寿美花はサダクの胸に打ち込んだ凶器から手を放そうとはしなかった。
「姉原サダク!」
誰かが理科室に飛び込んで来た。手にしている棒のようなもので、サダクの腕を強かに打ち据える。
バネが弾けたように、十指が寿美花の首から離れた。
その瞬間、寿美花の身体は乱入者によって突き飛ばされた。
「刑事さん……」
それは、警棒を手にした女性刑事、由芽依輝夜だった。
「何してるの!? みんなを連れて逃げろって言ったでしょ!?」
だが、寿美花は毅然として由芽依の目を睨み返した。
「嫌です!」
「ッ!?」
一瞬、寿美花を見る由芽依の目に怯んだような色が浮かんだ。
「わかった。好きにしなさい」
吐き捨てるように告げると、由芽依は寿美花に代わってサダクの上に跨り、警棒でサダクの顔を何度も殴打し始めた。
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