第23話 画像 ―ピクチャー―
桂木志津と不良たちの話を要約する。
女子のクラス委員だった佐藤晶に目を付けたのは不良たちの大ボス、和久井春人だった。
物怖じしない性格だった佐藤晶は、和久井たちの素行にも正面から立ち向かっていたのだという。
幼いころから好き放題に生きて来た和久井にとって、佐藤晶の存在は異質であり新鮮だったのだろう。
和久井は彼女を手に入れようとし、彼女は拒否した。
その頃、晶はクラス1のイケメンである蒲生一真と付き合っていたからだ。
しかし、和久井は己の欲望を抑えられる人間ではなかった。
普段は物憂げな雰囲気を纏い、何事にも醒めた態度で接する和久井だが、一度欲しいと思ったものを手に入れようとする時だけは異様に執拗で、徹底的で、屈折していた。
和久井は蒲生を脅して晶を捨てさせた。
そして根城である野球部の部室に彼女を監禁した。
「野球部から晶の悲鳴が聞こえてて……、晶、ずっと叫んでて……すごく怖い音がして……、うちら、怖くて、とにかく怖くて――」
桂木志津と各務野紗月は女子バスケ部に所属していた。
同じ運動部である以上、彼女たちが野球部の部室に近づかなければならない場面は避けられず、そういう時はいつも周囲に不良がいないのを見計らって複数人で手早く用を済ませるのだという。
2人は何も見てはいない。だが、確かに聞いたのだ。
佐藤晶の、絶望の叫びを。
聞いていて、黙っていた。
言えばバレてしまうから。佐藤晶の声を聞けるのは、野球部の部室に近づくことのある運動部員であると。
「刑事さん、うちら、恨まれてるのかな? 晶や燕に恨まれてるのかな?」
「わからない。でも……」
蒲生一真は殺された。彼もまた佐藤晶に直接危害を加えたわけではない。
もちろん、彼は晶の彼氏でありながら彼女を和久井に差し出し、いわば見殺しにしたのは事実である。
だがもしあの時、彼が和久井たちに抵抗したとして、結果は変わっただろうか? むしろもっと残酷な展開が待っていたのではないか?
もっとも、姉原サダクにそんな個々の事情など関係ない。ただひとえに、佐藤晶を見殺しにした罪人だ。
桂木志津と、各務野紗月。2人は姉原サダクのターゲットである可能性は否定できない。
「紗月……」
一部の生徒と共に校舎に取り残された各務野紗月の安否が気になる。
「で?」
私は2人の不良を見る。
「結局のところ、あなたたちは佐藤晶に何をしたの?」
彼らは不貞腐れるように、目をそらしながら吐き捨てた。
「マワして、写真撮ったんだよ」
参加したのは、和久井春人と殺された馬場信暁、今ここにいる宇都宮直樹。
「俺はやってねぇ。見張りやらされてたからな」
なぜか誇らしげに胸を張る田所時貞。
「それだけでしょうね?」
念を押すと、宇都宮が渋々口を割る。
「いや、その、和久井が連れて来たゾクの先輩たちも……」
被害者が増えたか。
「姉原サダクがここに来てから、その珍走団と連絡は取れた?」
「あ……」
不良たちの顔が青ざめる。
ひとつの疑問が解けた。
サダクは転校初日におそらく米田冬幸を殺害しているが、それから私がここに来るまでの数日間、彼女は何をしていたのか。まさか普通に学校生活をエンジョイしているわけではないと思っていたが。
やはり、その数日の間にも人知れず誰かが死んでいたのだ。
社会からはみ出した半グレの珍走団なら、数日消息を絶っても誰も気に留めないだろう。
(普通に殺されていればいいんだけど……)
我ながら最低な思考をしているが、今はとにかく緊急時だ。
「他に、佐藤晶さんの件に関わった人は?」
沈黙。
あちこちで聞こえていたすすり泣きの声も消えている。
そこには、さっきまでの張り詰めた空気や重苦しい圧力が消えていた。
恐怖の大半は未知に起因する。
姉原サダクとは何者か?
姉原サダクは誰を、なぜ殺すのか?
それが明らかになった今、安全圏に入った者たちが安堵するのは仕方がない。
今、怯えなければならないのは、佐藤晶を暴行した不良たちの生き残りと、グレーゾーンに立たされている桂木志津とここにはいない各務野紗月。
それだけの犠牲で済めば、どれだけよかったことか。
「1人、忘れてるんじゃない?」
再び重くなる空気。
「米田冬幸君。彼はどうして殺されたのか……」
先ほど、田所が「写真を撮った」と言った時、私はあるものを連想した。
米田冬幸のスマホに保存されていた、鹿谷慧の姿。
あの画像や動画は全て、ここ1カ月の間に撮られたものだった。
それはつまり、約1か月前に彼の性欲がエスカレートする何かがあったと見るべきではないだろうか?
それは例えば、クラスメイトが不良たちに暴行されている現場を見てしまったとか。
もう1つ疑問がある。
米田は鹿谷慧にスマホの前であんなことを強要できるほどの支配関係を築いていながら、彼自身は彼女の身体に指一本触れていなかった。
どの画像も、どの動画も、映っているのは羞恥と屈辱に顔をゆがめた鹿谷慧の姿だけだ。
もしかしたら、彼はディスプレイの向こうにいる異性にしか反応できなくなっていたのではないか?
米田冬幸が、佐藤晶に対して犯した罪。それは――
「佐藤さんの画像や動画の存在を知っていて、黙っていた人……」
静寂。気まずい気持ちは分からなくもない。
だが、事態はそんな思春期の気恥ずかしさを味わっている状況ではないのだ。
「馬場君と蒲生君がどんな殺され方をしたのか、私は見ていないけど……」
想像は付く。
15年前、当時のマスコミから『刺殺された』としか報じられなかったクラスメイト達の最期を、私は嫌と言う程見せつけられた。
「あんな風に死にたい?」
結果、何人かの男子がバラバラと手を上げた。
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