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第22話 罪 ―クライム―

 いくつかの視線がある人物たちに集中する。


「お、俺は、俺は関係ねぇ!」


 視線を集めた者の1人、下っ端ヤンキーの田所(たどころ)時貞(ときさだ)が唾を飛ばして叫んだ。


「俺はやってねぇ! マジで! マジでやってねぇんだよ俺は!」

「おい! テメェ何言ってやがる!」


 田所につかみかかるのは、これまた下っ端っぽい不良の宇都宮(うつのみや)直樹(なおき)だ。だが、田所の胸倉を掴んで凄むものの、その先の引き出しが無いようだった。


 要領を得ないやり取りにいら立ちが募る。


「泣き(わめ)いてんじゃねぇよ、みっともねぇ」


 私の気持ちを代弁するように、紅鶴ヘレンがドスの効いた声を放った。


「「んだとコ……ラ……」」


 さっきまでいがみ合っていた2人が揃って紅鶴を睨んだところで、威勢が急速に(しぼ)んだ。

 彼らを取り巻く冷たい空気。いつの間にか、クラスの空気は彼らを完全に孤立させていた。


「あの……」


 そこへ、おずおずと手を上げる女子生徒がいた。

 初めて気に留める生徒だ。

 丸顔でショートボブ。やや垂れたぱっちり目と小さな鼻口がどことなくタヌキっぽい。


 私は頭の中で顔の特徴から名前を逆引きする。


桂木(かつらぎ)志津(しづ)さん、かな?」


 名前を呼ばれて「はい!」と反射的に返事をするあたり、運動部に所属しているようだ。


「あの、正直に言えば、殺されずに済むんですか?」


 そんなことは姉原サダクに聞いてほしいとは思うが、せっかく口を開いてくれた生徒を無下(むげ)にはできない。


「少なくとも、黙っているよりはマシ」


 不良2人が「おい!」と今度は桂木に詰め寄ろうとするが、彼らの前に長い黒髪をした長身の女子生徒――(だん)(うらら)が立ちはだかる。


「黙ってろ、クズ共」


 多少口は悪いものの、後ろで束ねた真っ直ぐに流れる黒髪といい、ピンと緊張感の走った(たたず)まいといい、檀麗の姿はまるで武家の姫君だ。武道を極めるレベルで嗜んでいるのだろう。身体に纏う闘気(オーラ)と眼光の鋭さはそこらの不良とでは比較にならない。


 もっとも、私が少なからず驚いたのは、これほどの傑物に目配せだけで指示を出していた紅鶴ヘレンのカリスマ性に対してであるが。


「知ってることがあるなら言いなよ」


 その紅鶴ヘレンに促されて、桂木志津は安心したのか話し始めた。




  ◇ ◇ ◇




「なんで、なんでうちら、こんなことになっちゃったんだよぉ……」


 声を詰まらせる各務野(かがみの)紗月(さつき)に対し、利田(りた)寿美花(すみか)は「わかんない」と共感してあげることしかできなかった。


 姉原サダクから逃げようとした彼女たちの前に立ち塞がったのは、階段前の防火シャッターだった。


 学校が避難誘導の放送をする際に、生徒の動揺を避けるため『火事』と伝えてしまったために、真に受けた教師の誰かが機転を利かせたつもりでシャッターを下ろしてしまったのだろう。


 通常、シャッターの側には避難用の扉があるのだが、寿美花たちの不運はその扉の向こうに使わない机が積み上げられていたことである。


 学校側の防災意識の低さを呪わずにはいられない。


「くそ、開かない!」


 男性刑事と共に何度か体当たりを試みたが、避難扉は動く気配が無かった。


 背後で、こつん、と足音が響いた。

 教室を背に、姉原サダクが立っている。

 折れたはずの首も、潰れたはずの胴体も、何事も無かったかのように。


「他に階段は?」

「ぐるっと回れば」


 日和見高校の校舎は、上から見ると中庭を囲む長いロの字型をした建物である。階段は両端に2か所ある。


「行こう!」


 言うが早いか、刑事は足を痛めている各務野を抱え上げ、走り出した。寿美花に手を引かれ、鹿谷(ろくたに)(けい)(くすのき)比奈(ひな)も続く。


 廊下がやけに長く感じる。

 コツ、コツ、と響くサダクの足音が、まるで遠ざかっている気がしない。それどころか、近づいてさえいるようだった。


 その恐怖は刑事も感じていたのだろう。

 彼は唐突に向きを変え、手近な部屋の扉を開けると「こっちだ!」と叫んで飛び込んだ。


 飛び込んだ先は、理科室だった。

 授業の途中だったのだろう。黒い長机の上には教科書やノートが散乱している。


「鍵を!」


 理科室の扉は2つある。

 寿美花は遠くの扉へ走り、鍵をかけた。

 刑事は手際よく掃除用具入れからモップを取り出し、柄をへし折って引き戸にかませた。


「そっちも頼む!」


 投げられたモップの柄を見様見真似でつっかえ棒にする。


「こんなんで大丈夫かよ……」


 各務野がつぶやいた時、引き戸についているすりガラスの向こうに人影が写った。

 寿美花は口元で人差し指を立て、各務野は押し黙った。


 がた、と扉が動いた。

 続いて、ガタガタガタガタ! と激しく揺さぶられる。


 コツ、コツ、と足音。


 また、もう一つの扉ががガタガタと揺さぶられる。今度は比較的短かった。

 足音が遠ざかっていく。

 強張っていた各務野の身体から力が抜けていく。


「様子を見て来る。ここでじっとしているんだ」


 刑事が理科室をそっと出て行った。


「……ねえ、お母さん」


 しばらくして、沈黙に耐えられなくなったのか各務野が寿美花の袖を引いた。


「ん? どうしたの?」

「姉原、あたしを追ってるのかも知れない……」


 各務野の唇は青紫色になって震えている。


「どうして?」

「あたし、見ちゃったんだ。アキラが……その……()()()ところ……」

「アキラちゃん? だってあの子は……」


 各務野はぶんぶんと首を振った。


「違うんだ……。あたし、知ってたのに……誰にも何も言わなかった……だから、アイツはあたしを恨んで……」

「ねぇ、さっちゃん」


 寿美花は、各務野の冷たい身体を包み込むように抱きしめる。


「怒らないから、ちゃんと話して。さっちゃんは何を見たの?」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

続きが気になるという方は、広告の下にある☆☆☆☆☆より評価をしていただけると嬉しいです。


今後ともよろしくお願いいたします。

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[良い点] 皆を救うため行動した結果が姉原サダクのターゲットから最も離れていたはずのハブられ組の楠と鹿谷ふたりと自身を絶対絶命に陥れてしまう罠、そして偉そうにグランドの場を支配するクソガキ紅鶴は自分が…
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