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第2話 縮図 ―クラスメイト―

 姉原さんが来たおかげで、この日は昼休みまで平和だった。

 誰もが、この謎の転校生に興味津々で、僕らなんかに構っている暇はなかったのだ。


「どこから来たの?」

「どうして今?」

「部活やってた?」

「親は何してるの?」



 プライバシーなんてお構いなし。ここはそういう土地柄でもある。


 日和見市日和見町。

 交通の便があまりよくない、内陸の田舎町。朝は霧に覆われることが多い、湿り気の多い陰気な町だ。


 姉原さんに群がる級友たちも、一見彼女を歓迎いているように見えて、実は事細かに品定めをしている。

 彼女の能力は? 家柄は? 経済力は?

 この新参者を、自分たちのどの位階(ヒエラルキー)に納めるべきか?


 もっと突っ込んで言えば――




 彼女は、いじめてもいい人間か?




 話の輪に入ることができない僕の耳に、姉原さんの返答は雑音に紛れて届いてこない。

 でも、お昼休みが終わる頃には彼女に話しかける者はほぼ絞られていた。


「それじゃ、放課後にまたね」


 女子バスケ部に所属する2人組、各務野(かがみの)桂木(かつらぎ)が手を振りながら去っていく。

 運動部に誘われたということは、姉原さんは少なくとも中の上くらいの地位を確保したことになる。


「ごめんねぇ、この学校、転校生が来るなんて珍しいから……。転校しちゃう人はちょくちょくいるんだけど……」


 おっとりと語りかけているのは、利田(りた)寿美花(すみか)だ。

 緩く編み込んだ栗色のロングヘアにゆさゆさと揺れる豊かな胸。ちょっと緩めの身体からは包容力が満ち溢れていて、学生服よりもエプロンや割烹着の方が似合いそうだ。

 クラスのみんなは――不良男子さえも――彼女に敬愛をこめて『お母さん』と呼ぶ。その度に本人は「やめてよぉ」と言うがやめた者は誰もいない。


 そして実際、非常に世話焼きである。


「姉原さんの顔色、あまりよくないね。ちゃんと朝ご飯食べてる?」

「朝はあまり強くなくて……」

「ダメだよぉ。せめてシリアルとヨーグルトとサラダくらいは食べようよ」

「あ、はい……」

「とりあえず保健室の場所教えるね」


 そう言って、利田は姉原さんの手を引いて教室を出て行ってしまった。

 僕は慌てて目を伏せ、気配を消すことに努める。無駄だと解っていても。


「おい米田」


 さっそく、キンキンと甲高い声が絡んできた。


「さっきから何ジロジロ見てんだよ。気持ち悪ィな」


 声の主は神保(じんぼ)ここあ。紅鶴ヘレンの取り巻きの1人だ。

 ふわふわとした髪をアッシュブラウンに脱色し、両サイドでアップにしたその顔はトイプードルに似ている。

 クラスで一番背が低く、寸胴で手足が短い。

 普段、紅鶴たちにじゃれつく姿は飼い主に尻尾を振る子犬そのものだ。

 だが、僕にとって神保は恐ろしい狂犬に他ならない。彼女の持っているポーチの中にある爪切り、剃刀、安全ピン――それらがいつどのような形で使用されるか分からないから。


「さっきはヘレンに助けられたくせに、礼の1つも言えないのかよ!」


 そもそも彼女たちが僕の教科書にいたずら書きをしなければよかった話だ。

 だが、そんな主張をしたところで意味はない。


「グズグズしてんじゃねぇよ!」


 神保が椅子を蹴る。だが、所詮はクラス一番のチビの蹴りだ。大した威力はない。それどころか、


「痛ぁー……」


 つま先蹴りなんかするから、自分がダメージを受けていた。


「……今、ここあを(わら)ったな?」


 低い、ドスの効いた声。まずいと思った時にはもう遅かった。

 強烈なヤクザキックが僕の机に炸裂し、僕の身体は後ろの座席を巻き込みながら壁に叩きつけられた。


「土下座で詫びろ、クズが」


 蹴りと声の主は(だん)(うらら)

 神保とは対照的に、しなやかに鍛えられた身体をした長身の女子生徒。

 古風な姫カットにした長い黒髪をポニーテールにまとめ、口元はきりっと引き締まっている。

 幼い頃から剣道と合気道を習い、勉学は常に学年トップを争い、しかも親は町一番の資産家である。

 どの分野においても僕なんか到底太刀打ちできない彼女に足りないのは、自制心と思いやりだ。


 檀が脚を上げる。僕は慌てて顔を伏せた。彼女の下着を見ようものなら、否、見たと疑われただけでも半殺しだ。


 そんな僕の頭を、檀の足が踏みつけた。そのまま床にグリグリと押し付けられる。


 クスクスと渦巻く笑い声。

 春の頃は、同じ光景にドン引きした空気が流れたものだが、今はもうみんなすっかり慣れてしまった。


「やめな(うらら)。今日は」


 檀の凶行を止めたのは、紅鶴ヘレンだった。


「それより転校生の歓迎会、今日いつものカラオケ屋でいいよね」

「いいよ。予約しとく」


 檀はさっきまでの狂騒がまるで何もなかったかのように怒気を収め、スマホを操り始める。

 神保は俺に向かって「ちっ」と舌打ちをしたのを最後に、ころっと表情を変えて紅鶴にじゃれつき始めた。

 周囲の女子たちもさりげなく予定を調整し始める。このクラスの女子にとって、紅鶴の言葉は全てに優先する決定事項なのだ。


 ここで断っておくと、紅鶴は別に僕を助けたわけじゃない。

 ただ無関心なだけだ。

 今だって、たまたま僕よりもカラオケボックスの空室の方が気になっていたに過ぎない。


「男子、机片付けて。転校生に格好悪いところ見られたくないでしょ」


 さっきまで遠巻きを僕らを見ていた男子たちが、のそのそと散らばった机や椅子を片付け始める。


「てめぇが散らかしたんだろうがよ」


 その悪態は、張本人である檀ではなく、僕に向けられていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女王を中心とした階層構造、虐げられる主人公(?)いびつな社会の縮図が垣間見える。この時、読者は何となく支配者たちの没落を期待するぐらいの緩やかな流れだったのだが(ー ー;)
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