第17話 断頭台 ―エクセキューショナー― ◇蒲生一真の告白と制裁
尖ったガラスの切っ先が、首の後ろにギリギリと食い込んでくる。
「やめろ! やめろ! やめろォォォーーーッ!!!」
蒲生一真の首を掴む姉原サダク。
外見は女子高校生の白い細腕のはずなのに、その力はまるで重機のようで、蒲生が全力で抗ってもびくともしない。
文字通り死に物狂いで殴りつけても、爪が剥がれるほど引っ掻いても、まるで無意味だった。
白い腕の向こうにあるのは、黒い瞳と桜色の微笑み。
どうして、こんな穏やかな顔で、他人の頭を窓ガラスに突っ込んで首を掻き切るなんて芸当ができるのだろうか?
「やめろ! やめろって! どうして俺なんだよ!?」
返答はない。ただ、首を掴む手に力が籠められるだけだ。
ガラスの角が、首の筋をブチブチと切っていく感触。
「痛で! 痛で痛で痛でェ! 何でだ!? 何でだよぉ!?」
死がそこまで近づいている。
混乱する頭で必死に思考を巡らせる。
相手はあの馬場が手も足も出なかった相手だ。力では敵わない。
ならば、説得するしかない。
(そうだ、こいつは、姉原は元々久遠だった)
久遠燕。
どこのグループにも属さず、いつもクラスメイト達を冷めた目で見つめていた一匹狼。
いつもKindleのデバイスで読書をしたり、図書室にこもったりしていた。
確かに、一部の女子からは「上から目線」と敬遠されてはいたが、発言はいつも的を射ていて、あの紅鶴ヘレンが一目置いていたため無視されたり嫌がらせを受けたりはしていなかった。
――お前ら、そうやって……、そうやってアキラのことも追い詰めたのかよ……
そうだ。その久遠燕が対等かそれ以上の目で見ていた数少ない相手が、佐藤晶だった。
佐藤晶。
真面目なクラス委員長で、ちょっと煙たがられていたものの誰もが認めるリーダーで……。
そして、蒲生の彼女だった。
初めて肌を重ねた時、「俺のどこが好き?」と聞くと、遠い目をして「あたし、ダメ男に弱いんだよね」と返された。
蒲生が課題を忘れて焦っていると、ぶっきらぼうにノートを差し出して来た。
さりげなく蒲生のことを見てくれていて、同い年のはずなのに、姉みたいだった。
そんな彼女を。
蒲生は不良たちに売った。
『顔貸して』
そう言って彼女を呼び出した。
そして、不良たちに囲まれ、野球部の部室に連れ込まれていく彼女の悲鳴を背中で聞きながら、彼はその場を立ち去って記憶を封印した。
仕方なかった。
そうしなければ、彼は平穏な学校生活を失う。それどころか、この先の人生さえも……。
ガリっと。
ガラスが首の骨を削った。
「っがああああッ! 仕方ねぇだろ! 俺だって嫌だったんだよ! 悪ぃのはあいつ等だろ!? 俺だって、俺だって晶を奪われたんだよ! 何で久遠が被害者面してんだよ!? なぁ! 一番悔しいのは俺なんだよ! 何で俺がこんな目に遭ってんだよ!?」
だが、返ってくるのは光の無い瞳とやや小首を傾げる仕草だけだった。
――あの日を最後に、佐藤晶は学校に来なくなった。
いや、もしかしたら野球部の部室には行っていたのかもしれないが、もう蒲生には関係ないことだった。
そしてあの日、佐藤晶は――
ブチリ、と。
頸に走っている生命維持に大切な何かしらの管が掻き切られたのを感じた。
――そう言えば。
事情を知らないクラスメイトから、何度か晶のことを聞かれた。
その都度、蒲生はこう答えた。
アイツは他に男を作っていきなり俺を振った。他にも何股もかけて男を漁る好色女だった。
その噂は、以前から彼女を煙たがっていた女子を中心に瞬く間に広がった。
反発したのは久遠だけだった。
「仕方ねぇじゃん……」
これが最期の言葉になることを、彼はどこまで理解していただろうか?
「こう言わなきゃ、俺、次の女作れねぇじゃん……。お前が悪いんだ。お前が……こんなダメ男に……惚れるから……」
サダクは片手で蒲生の首を抑えつけながら、もう一方の手で窓の鍵を外した。
彼女の残虐な意図を本能的に察し、蒲生は一層激しく暴れ出した。
「待て……待って、待って! 待って待って待って待っ――」
勢いよくスライドする窓が横向きのギロチンと化した。
アルミ製の桟が首の血管を轢き潰し、ゴキリと首の骨が折れた。
熱い血のシャワーが、蒲生一真の整った顔に降り注いだ。
☆ ☆ ☆
日和見高校2年A組 蒲生一真:頚髄損傷により死亡。
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