第134話 最後の1人 その3 ―ファイナル・ガール3―
姉原サダクは怨霊である。
普段の彼女がどこにいるのかは不明だが、現世に現れる時は初めに契約者の身体を憑代とする。その後は別な人間の体に乗り移ることも可能だ。
サダクに体を乗っ取られた人間の意識は消失する。つまり死ぬ。
また、サダクが乗り移った身体は骨格が黒く変色し、特殊合金のような耐性と柔軟性を得る。また、全身の細胞は代謝効率が著しく向上しており、切断レベルの傷であってもほぼ瞬時に回復してしまう。
唯一、心臓が損傷した場合だけは回復に時間がかかるが、それも分単位の話だ。
また、彼女は己の身体の一部――血液や毛根など――の細胞を再分化させ、黒い蜘蛛や百足の形をした眷属を作り出すこともできる。
これらの蟲たちはサダクの子機のようなものであり、五感で得た情報を共有している節がある。
そんな化け物であっても、対処法は存在する。
1つは脳。
人間の脳をコンピュータととらえれば、サダクの霊魂はソフトウェアにあたる。何らかの手段でサダクの脳細胞を大量に破壊して脳の容量を減らせば、サダクは現世に存在することができなくなる。
さらには『封印』という方法もある。
ここまで、私は姉原サダクを超常現象の極みのように述べてきたが、彼女は妙なところで物理法則に縛られているところがある。
例えば、サダクが憑代を変える時には乗り移る相手の目を『見る』必要があるらしい。どうやら、脳というコンピュータがサダクというソフトをインストールする際は、光情報を媒体としている可能性がある。
また、彼女の身体能力は、他の生き物と同じく彼女の筋肉量に依存しており、『見かけによらない力』ではあっても『人間の領域を超えた力』は持っていない。
以上を踏まえ、彼女を誰もいない空間に密閉することで無力化できるのではないかと考えられる。
結局は失敗してしまったが、千代田育郎が彼女を神社の蔵に閉じ込めたのは、あながち的外れな戦略ではなかったと思うのだ。
他に考えられる手段としては、核兵器のようなもので周囲一帯の生物もろとも焼き払う方法だろうか?
だが今回、私が取ろうとしている方法はいずれとも違う。強いて言えば封印が近いだろうか。
クリアする条件は――
1、鹿谷慧をサダクの復讐対象の最後の1人にする。
2、サダクに慧の身体を乗っ取るように仕向け、別な手段で慧を殺させない。
かなり困難な道のりだったが、それももうすぐ終わる。
(かかった!)
サダクの攻撃を避け続ける慧と、サダクの脳を執拗に狙う私の誘導により、ついにサダクが廃工場内に仕掛けられた罠に触れた。
サダクの身体がレーザーポインターの光を遮った。
「慧!」
「はいッ!」
私と慧は全力で飛び退き、サダクから距離を取った。
工場のあちこちに仕掛けていたボウガンから一斉に矢が放たれた。
「!」
サダクの反射神経は十人並みだ。何本かの矢が彼女の身体を射抜く。
「……」
だが、彼女の口は微笑みを浮かべたまま、突き刺さった矢を無造作に引き抜いていく。肉と皮膚が引き千切れるブチブチという音に、慧は「ヒッ」と悲鳴を漏らして耳を塞いだ。
すかさず、私は警棒で追撃する。
あえて大振りの一撃を仕掛ける。
サダクはふわりと跳躍し、積み上げられた廃材の上に立った。
第2の罠が発動した。
ボウガンはある意味目くらまし。こちらが本命だ。
猛獣用のトラバサミ。ギザギザの歯がバネ仕掛けで獣の足を挟み込む狩猟用の罠。
「あら……?」
きょとん、と首を傾げるサダク。
罠に挟まれた足の傷口から、黒い塊がもぞもぞと蠢き出す。
「させない!」
私はそこに灯油をかけて火を点けた。
「あらららら」
むっとただよう肉の焼ける臭い。有毒な物質が焼けるような、胸をムカムカさせる不愉快な臭いだ。
さらに工場の周囲からも火の手が上がった。あらかじめ地面に撒いておいた燃料に遠隔操作で点火したのだ。
(これであなたは蟲を生み出すことも呼び寄せることもできない)
ガチャガチャとトラバサミをいじくるサダク。だが、その罠の頑丈さは私自身の身体で実証済みだ。その黒い骨の超強度が災いし、サダクの力では自分の足をへし折って強引に罠を脱することもできない。
「はぁ……」
桜色の唇から漏れる、小さなため息。
「いい加減に!」
動けないサダクの顔を警棒で打ち据える。
ガキン! ガキン! と、金属同士がぶつかり合うような音。実際、皮膚が破れ、黒い骨が露出した部分に警棒が当たると激しい火花が散る。
「ひぃッ!」
「目をそらさない!」
慧が悲鳴を上げる慧を叱咤しながら、私はなおもサダクを殴り続ける。
サダクの顔にさしたるダメージは見られない。もちろん血飛沫や肉片が周囲を汚し、眼球は片方飛び出してしまっているが、再生能力を持つ彼女にとってはこんなもの苦痛の内に入らないだろう。
だが、脳は別だ。
もちろん、末端の神経を再生できるのだから、彼女の再生能力は脳に対しても有効だろう。だが、いくら脳の形を再構築しても、その内部――記憶までは戻せないらしいというのが、これまでの観察から導き出した私の結論である。
例えるなら、壊れたパソコンを修理しても内部データまでは復元できないように。
今、彼女の固い頭蓋骨の内部では、脳に甚大な誤作動が発生しているはずである。
「慧!」
「はひッ!」
慧は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、飛び散ったサダクの血液や肉片に灯油をかけて焼却していく。
蟲を使われるわけにはいかない。強烈な悪臭に苛まれながらも、私たちは隙あらば蟲に変わろうとする肉片を焼き続ける。
燃料が尽きる前に勝負をつけることができるか。
この時ばかりは、天秤は私に傾いたようだ。
サダクの顔から、潰れた眼球がどろりと落ちる。代わりに新しい眼球がみるみるうちに形成され、眼窩を埋めていく。
姉原サダクは、契約者に成り代わって恨みを晴らす怨霊である。
それが彼女の存在意義であり、本能、習性と言うこともできる。
その微笑みと、どこかおちゃらけた態度に隠されがちだが、彼女の本質は冷徹で執拗な復讐者である。
姉原サダクは、罪人を決して赦さない。
ようやく、サダクは他の者たちにしてきたように対象を肉体的、精神的に追い詰めるのを諦め、慧を憑り殺すことを優先したようだ。
私の狙い通りに。
「朔夜様……」
「私を信じなさい、慧」
再生した黒い瞳が、まっすぐに慧を見た。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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物語はとうとうラストスパートといったところですが、
ここへきて体調を崩してしまい、書き溜めが尽きてしまったため、
数日更新をお休みいたします。大変申し訳ございません。
次回更新は11月8日を予定しております。
今後とも姉原サダクをよろしくお願いいたします。




