第133話 最後の1人 その2 ―ファイナル・ガール2―
「朔夜様、姉原さんが……」
「そう。それじゃあ、おもてなしの準備をしなくちゃね」
私に命じられるまま、鹿谷慧は短刀を取り出すと両眼に巻かれた包帯を切り払った。
施術した私が言うのも何だが、最適化された慧の姿はお世辞にも美しいとは言い難い。
まぶたを切り取られ、眼窩の骨を削られて抉り出された右目には、代わりに私の細胞から人工的に培養された真っ白な疑似眼球が移植されている。
だが、私が彼女に施した仕掛けはそれだけではない。
極小のピン型をした3つのピアスで上と下を縫い留められた左まぶた。
これこそが、姉原サダクを打倒するための最終手段だ。
「準備はいい?」
「はい」
私はリモコンのスイッチを切り替える。
慧の左まぶたを封印していた3つのピアス。そこに仕込まれていた電磁石が切れ、慧の左目が開く。
「大丈夫。貴女ならできる。ううん、貴女にしかできない。この呪いの連鎖を終わらせること、それこそ、貴女のできる贖罪」
「贖罪……」
「そう。罪を償うとは、あんな怨霊に憑り殺されることじゃない。その人が心から反省し、相手に謝罪しなければ意味がない。そうでしょ?」
「……私は……」
慧の頬を、かすかに血の混じった涙が伝う。
「私は……謝りたい……明君に……真実さんに……」
私はそんな慧の髪を撫でてやる。
何ともいじらしい。その移植された右目同様、常に内向きで自罰的な態度。
往々にして何でも自分のせいにする人間は、謙虚なようで実は自己中心的な傲慢さを隠していることが多いが、彼女にはそれも無い。
あるのは、どこまでも『自分はダメだ』と思い込む自己否定。
そのくせ、楠比奈のように自分なりの答えを出し、それに殉じるわけでもない。
まさに他力本願の極みとも言うべきで、1人の人間として接するとこれほど不快でイライラする存在もないが、ご主人様がいなければ不安で仕方がない子犬だと思えばこれほど愛らしいモノはない。
――お姉ちゃん。
「ぐっ……」
頭痛が走る。
「朔夜様?」
慧の肩に手を置き、「大丈夫だ」と伝える。
(輝夜……)
私がこの世で唯一、心から愛した妹。
私に、生きる意味を教えてくれた妹。
私を、今の生き地獄に叩き落とした、憎い妹。
胸に手を当て、深く息を吸う。
どうやら、サダクと戦う前に最終調整が必要なのは私の方のようだ。
(姉原サダク。私は必ずあなたを斃す。あなたから輝夜を取り戻して、そして――)
重々しい摩擦音とともに、工場の扉が開いていく。
そう。ここは海老澤車輌の廃工場。
この町で余計な人間が現れないであろう最後の場所。
逆光を背に入って来るのは、すらりとした肢体をした制服姿の少女だ。
「姉原さん……?」
慧の問いに、姉原サダクはにっこりと微笑み、親し気に会釈する。
だが、慧は戸惑ったような目線を私に向けた。
「あの、朔夜様……?」
戸惑う慧を手で制し、私はサダクの前に立つ。慧を惑わせるものの正体を、私は知っている。
「……また、買い食いしてたでしょ」
すました顔で首を振るサダク。
「唇に生クリームが付いてる」
「!」
サダクは悪戯っぽく微笑むと、小さな舌先で唇についていたホイップを舐め取った。
本当、そっくりだ。
洋菓子が大好きで、脂肪の付きにくい体質なのをいいことに隙あらばつまみ食いをしようとする癖も。
自分の可愛らしさを自覚していて、旺盛な悪戯心で周りを振り回すくせに、どこか憎めない小悪魔的な雰囲気も。
15年前の姉原サダクはこうではなかった。
光の無い瞳に穏やかな微笑みを浮かべ、どこか寂寥を感じさせる儚げな雰囲気をした少女だった。
そして、どこまでも冷徹に、ストイックに虐殺を行うマシーンだった。
「輝夜……」
私の呼びかけに、姉原サダクは他者には決して見せない悪意のある微笑みを浮かべた。
――お姉ちゃん。
――私、それでもやっぱりお姉ちゃんが大好き。
「やっぱり、そこにいるんだね。輝夜……」
――だからね。
――私、お姉ちゃんと一緒に行く。
――一緒に、地獄に落ちてあげる。
「輝夜ァァァ!!!」
突然、自分でもよくわからない精神の昂ぶりが私の身体を突き動かした。
改造により先端の重量を底上げした警棒をサダクの顎を目がけて振り抜く。
ボキリ、と硬質な音がした。
「……」
サダクは目を丸くし、「わお」と声には出さずに口の形だけで驚嘆する。
ガードしたサダクの腕がへし折れていた。
折れたで突き出た黒い骨が皮膚を破って露出している。
「慧!」
私の背後で、大きな図体がびくりと震える。
「ぼーっとしないで!」
私が叫ぶのと、サダクが折れた腕を引き千切って投げつけるのは同時だった。
「ひぃッ!」
特訓によって感度を極限まで高められた肌で慧は危険を察知し、無理やり植え付けられた条件反射で身を躱す。
「サダクの狙いは貴女だってことを忘れないで!」
「はひッ!?」
悲鳴交じりの返答が私の神経を逆撫でる。
この苛立ちの原因は、姉原サダクが、いや、彼女の中にいる由芽依輝夜が、私を見ていないせいだ。
その黒い瞳が見つめているのは、あくまで契約者である海老澤永悟の最後の復讐対象――鹿谷慧なのだ。
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