第13話 再会 ―リユニオン―
「いけない!」
私は思わず立ち上がった。
「刑事さん?」
「由芽依さん?」
取り留めのない話をしていた利田寿美花と、傍らでうんざりしていた銭丸刑事が怪訝な顔で私を見る。
「利田さん、すぐに逃げて! できるだけ遠くに!」
「え? どうして?」
「いい? 間違っても教室に来てはダメ! 絶対に!」
その時、私の耳から超小型のワイヤレスイヤホンが落ちた。
「ちょ、由芽依さんまさか、教室を盗聴してたんすか!?」
銭丸は意外と鋭かった。
その通り、この部屋での聞き取り調査は半ば陽動だ。
最初の久遠燕だけは本当の意味での聞き取りだったが、鹿谷慧は教室で生徒たちに動きを生み出すための餌として、利田寿美花は教室に残った生徒たちからブレーキ役を排除するためにここに呼んだ。
私が本当に聞き取り調査をしていたのは、鹿谷慧が戻った後の教室そのものだったのだ。
その目論見は途中まで図に当たっていた。
だが、最後の最後でとんでもないものが出てきてしまった。
――姉原サダク。
完全に油断していた。
今日は彼女がいないという事実に安堵して、そこで思考を停止させてしまっていた。
彼女が欠席?
バカな。姉原サダクに体調不良なんてものがあるはずがない!
階段を駆け上がり、2-Aを目指す。
悲鳴や物音を聞きつけた生徒や教師が右往左往する中を強引に突破する。
教室の扉を開けると、窓際に赤黒い血にまみれた姉原サダクが佇んでいた。彼女に対峙するガタイの良い男子生徒、馬場信暁。そしてよくもまあと思えるほど壁にピッタリと張り付いて二人を傍観する他のクラスメイトたちがいた。
「どいて!」
私は渾身の体当たりで馬場の身体を押しのけると、姉原サダクの顔に銃を向け、引き金を引いた。
バン!
衝撃で吹き飛んだ姉原サダクの頭が窓ガラスに当たり、蜘蛛の巣状のヒビを入れた。
私はそのままサダクに突進し、胸倉をつかんで床に引きずり倒すと、顔面に向かってさらに銃を撃ちまくった。
バスバスバスバス……
血飛沫が舞い、肉が飛び散る。
姉原サダクの整った顔が、あっという間に赤黒い塊と化していく。
15発の弾を打ち尽くし、マガジンを替えようとした私を銭丸刑事が背後から抱き着くようにして抑えつけた。
「何やってんすか! つーかこれ警察の銃じゃないでしょ! マジで何やってんすか!」
「後で何もかも説明する! 今は放して! アイツは、アイツだけは!」
もみ合う私たちに、すっと影が差した。
「え? あれ、君……え?」
顔面をハチの巣にされたはずの少女が、西日を背に悠然と立っている。
弾丸がパラパラと軽薄な音と共に落ち、赤い花が咲き乱れていた貌はみるみるうちにおしとやかな美貌へ再生していく。
「姉原サダク……」
変わらない。15年前と全く同じだ。
弥勒菩薩のような穏やかな微笑み。
何物も映し出すことのない黒く死んだ瞳。
彼女は笑顔を崩さないまま私の顔をじっとのぞき込み、わずかに小首を傾げた。
やがて、得心が行ったとばかりに、ぽん、と両手を合わせ、小さな鈴の音のような美しい声で言った。
「お久しぶり大根」
私の頭の中で、真っ赤な感情が爆ぜた。
「姉原サダァァァァァ―――――ク!!!!!」
咄嗟に銭丸刑事の拳銃を奪い取り、サダクに発砲する。
だが、警ら用のリボルバーで彼女を止められるはずもなく。
「ぐっ――……」
姉原サダクの無造作な蹴りが、私の腹に突き刺さるようにめり込んでいた。
たまらず膝をつく私の髪を、サダクは容赦なく掴んで引っ張り上げる。
黒い瞳が私の全身を眺めまわす。
「ふふ」
笑みを浮かべる桜色の唇の端に、ほんのわずかに感情が宿った。
――それは、真っ黒な悪意。
「大きくなったね、お姉ちゃん」
直後、私の身体は窓ガラスを突き破って虚空へ投げ出されていた。
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