第6話 クレーム
働き始めて1ヶ月を過ぎ、佳月は仕事に慣れて来た。3ヶ月間は試用期間になっているので、まだ小梅がついてくれているものの、野菜の下処理や焼き物の成型などは一人としてカウントしてもらえている。相変わらず愛想が悪く、他のパートさんとはタメ口が多いながら、覚えが早いので機械類の見分けもついてきて、一つ一つ階段を上がってゆくように仕事をこなしていった。
そんなある日の終業後、
「チーフ、ちょっといい?」
一人の調理パートが水野チーフに声を掛けた。京本明美、お局と呼ばれる最古参のパートである。地元の地主らしく、時々野菜や果物を他のパートに分けたりしている。
『あちゃ、京本さんの声だ。めんどくせぇ…』
口には出さず、水野チーフは振り返った。
「はい、何?」
「ちょっと、食堂、いい?」
連れ立って従業員食堂へ入るなり、まだ腰も下ろし切らないうちから京本さんが切り出した。
「何なのさ、あの子」
「あの子って。佐々さん?」
「そ、ギャルっての?ああいう金髪」
「本人は染めてないって言ってるけどね。色抜けただけだって」
「どっちだっていいんだよ。敬語もロクに使えないし、高校も行けないくせに態度大きいし、ちゃんと躾けないと碌なことないよ」
「ん、まぁ15歳だし、世間知らずってのはあるかもだけど仕事はちゃんとしてるでしょ?」
「仕事はサブチーフが付いてるから出来るんだろうけどさ」
京本さんは目を逸らしながら吐き出した。
「そういう問題じゃないんだよ。風紀の問題。ここって町立でしょ?あんなの置いといちゃ変な評判立つよ。落ちこぼれの収容所みたいな」
その時、野田事務長が食堂内に入って来た。小銭を出しながら自販機の前に立つ。京本さんはそれをちらっと見て
「事務長も採用に絡んでるんだよね」
と水野チーフに念を押す。
「採用事務は役場だけど、履歴書とかは見てたみたいよ」
「ふん」
自販機の出口に手を突っ込んでる野田事務長に向かって京本さんが叫んだ。
「事務長!なんで不良なんか採用したのさ。若けりゃいいってもんじゃないでしょ」
あ? すっとぼけた表情で野田事務長が振り向く。
「だからあの中卒の落ちこぼれの事よ」
「佐々さん?」
「京本さんがいろいろお気に召さないみたい」
水野チーフが口をはさんだ。野田事務長は缶コーヒーを手にしながら二人の隣の席にやって来る。
「もしかして髪の色?」
「全部だよ。不良の落ちこぼれ」
野田事務長はプリングをポチっと開け、缶コーヒーを一口飲む。
「いや京本さん、佐々さんって落ちこぼれじゃないよ。中学の成績すげぇんだよ。東大行けちゃうんじゃないかって感じ」
水野チーフが眉を上げた。
「それ本当?」
「ホントだって。履歴書に成績証明と中学の先生の所見がついててさ、中学でも3本指だってよ。二人には言わなかったっけ?」
京本さんの眉間に皴が寄った。
「じゃ、なんでここにいるのさ」
「実家のカフェを継ぐんだって。だから調理師取りたいからって言ってたな。勿体ないって俺も言ったんだけどね」
京本さんは苦虫を潰したような表情になり、反対に水野チーフは感心した表情になった。
「それで覚えが速いのか。吉良さんもびっくりしてたからさ、手先も器用だし頭いいよって」
野田事務長は何故か自慢げに言う。
「まあ調理師は間違いないだろうしさ、栄養士だって取らしてやりたいよな」
「何さ、ちょっと若いからって涎垂らして。頭良くても職場は協調が大事なんだって躾ないと。事務長も金髪注意してよ」
京本さんは聊かトーンダウンしながらも吐き出して立ち上がり、ドタドタと食堂を出て行った。
野田事務長はポカンとした顔になる。
「チーフ、なんかあったの?二人の間で」
「いや、気に入らないのよ。京本さんの範疇に入らない子だから」
「範疇?」
「うん。放っといても面倒くさいから、一応、私から佳月ちゃんに髪の話してみるわ」
「ああ、何だか判らんけど…」
これだから鈍感なオッサンは役に立たないんだよ。水野チーフは野田事務長を睨んで、食堂を出て行った。
「子どもにヤキモチ…かよ」
野田事務長はグイっと缶コーヒーを呷った。