第18話 淋しさ
末吉はウロウロしていた。町で一番大きなスーパー、幾つかの専門店も併設され、お洒落なカフェまである。末吉は書籍を求めてやって来たのだが、大型スーパーの書店には末吉が求めるようなものは置いていない。がっかりすると疲れも余計に感じる。どれ、どこかで休もう。普通の喫茶店はないもんかいな。
「ジジィじゃん」
末吉は突然背中をポンと叩かれた。佳月だった。子ガメのふ化以来だ。
「お買物?」
「うん、本屋に来たんだが、思うのがなくてな。どこかで休憩しようと思って喫茶店を探してるんだがな」
「そこにあるよ、スターボックス」
「あれ、喫茶店か?」
「そうよ。連れてったげるよ」
「すまんな、ちゃんと奢ったげるからな」
佳月は末吉を連れて店内に入った。
ホントにジジ活だ…。否定できないや。佳月は取敢えず末吉を座らせて、メニューを差し出す。
「ジジィ、何にする?」
「うーん、難しいなあ。メニューの意味が解らん…」
「えー?」
「あれ何だっけな、マンゴーのさ、プリンみたいな」
「ああ、マンゴームース?」
「それそれ」
「ジジィがマンゴームース?」
「いいじゃないか、好きなんだから仕方ないだろ」
「いいけどさ、なんか変」
「だから一人じゃ頼みにくいんだよ。はい、これお金。佳月ちゃんは好きなもの頼みな」
「うん、感謝」
カウンターでオーダーしながら佳月は思った。マンゴームース、給食で作れないかな。ジジィ、きっとびっくりして喜ぶぞ。佳月はムースとパフェが載ったトレイを持って末吉の前に座り、自分のパフェを自分の前に置いてトレイを末吉の前に押し出した。
「これこれ。病院じゃ食べれんからなぁ」
「ホントに好きだとは思わなかったよ」
「あれ、スプーンが二つある」
マンゴームースの傍らに、プラ製スプーンの他に袋に入った陶器の小さなスプーンがあった。丸い『つぼ』の部分にウミガメのイラストが描かれている。
「そっちはオマケだよ」
「オマケ?」
「うん。スイーツを頼んだ女性への期間限定のプレゼントなんだって。あたしも貰った」
佳月は同じスプーンを末吉に見せた。やはりウミガメが描いてある。
「ジジィが並んでたら貰えなかったな。他にイルカとペンギンがあったんだけど、あたしとジジィならウミガメさんだなあっておソロにしたの」
「ほほう。佳月ちゃんとおソロねえ」
末吉はほっこりとした。
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「ちょっと、マジ疲れたぁー」
「あんた、なんにもしてねぇじゃん」
「見てるって体力使うんだってさぁマジで」
ドアが開き賑やかな声が飛び込んできた。女子高生らしき制服が喋りあっている。
「でさあ、何する?」
「あーもう太るからなぁ」
「いっつもそれじゃん、結局食べるくせに」
「きゃははは…」
佳月は声の方をちらっと見た。そしてわずかな時間、視線が止まった。末吉は、一瞬佳月の瞳の中にほんの小さな欠片が宿ったのを見逃さなかった。割れた貝殻のような淋しさの小さな欠片を。
二重苦だな…こりゃ。末吉はマンゴームースを一口、口に運ぶ。佳月は目の前のパフェに黙々と取り掛かっていた。
「やっぱり高校行きたかったかい?」
「ん?」
佳月は眉間に皺を寄せて末吉を見た。
「なんでそんなこと聞くの」
「いや、いろいろ我慢してるんじゃないかと思ったんでな」
「んなことない。自分で決めた事だから」
それが表向きに発した言葉であることは、末吉にも十分判った。決めたと言うより他の選択肢が浮かばなかったんだろう。前に進んでいるのか後退しているのか、きっと自分でも判らなくなってたんだろう。切ないな…。
「ご馳走さん」
「え?ジジィ、半分も食べてないじゃん」
「悪いと思ってるんだけど、これ以上は受け付けないんだよ」
そう言うと末吉は愛おしそうにウミガメのスプーンを撫でると鞄に仕舞った。佳月は思い出した。
そっか…。胃を切ってるって小梅さんが言ってた。給食で作る時はハーフサイズじゃないと駄目かな。それもいつまで食べられるんだろう。
佳月もまた半分残ったマンゴームースに、末吉の哀しい陰を感じていた。