第11話 入院中
柵の一件があったので、少し行きにくくなった佳月が浜辺を訪れたのはその3日後だった。やはり壊されていないか心配はしていたのだ。自転車を階段脇に止めて浜辺を見下ろす。
あ、あった…、大丈夫みたいだ。佳月は浜へ降りて行った。
柵は前のままだし、砂も前のままだ。中の卵はどうなっているのだろう。石ころと貝殻で作ったウミガメも残っていた。ん? 目って付けたっけ? ま、いいや、これからも時々見に来よう。佳月が戻ろうとした時、背後から声がした。
「柵、やってくれてありがとう」
あのジジィこと末吉だった。
「知らねぇよ」
佳月はわざと突っ張った。やはり気恥ずかしかったのだ。
「立派な柵になったし絵まで描いてくれたしな、カメは礼が言えんのでな」
身の置き所がないと佳月は感じたが、このまま立ち去るのもあまりに失礼だろう。佳月は口を開いた。
「で、いつよ」
「何が?」
「生まれるの」
「ああ、子ガメな。8月の末かな」
「8月。休みの間」
小さな声が漏れ、末吉はそれを聞き逃さなかった。
「キミの学校も夏休みだな」
「違う。職場。学校の夏休み中は給食がないから給食センターも休み。あたしそこで働いてるから」
「ほーぉ。高校生かと思ってたよ。働いてるのか」
「パートだけど」
末吉は微笑んで佳月を見た。突っ張ってるけど普通の女の子だ。
「キミは海が好きなんだな。髪が色落ちしてる」
「放っといてよ。このせいで散々オバハンに文句言われんだから」
「大変そうだな。ほんじゃ私はこれで引き上げる。礼を言いたかったんでな、毎日見張っとったんだ」
そう言うと末吉は杖を突きながら、砂浜を戻って行った。
今度こそ普通に喋ろうと思ってたのに、なんでまたあんな言い方したんだろ。給食センターのオバハンカーストよりよっぽど新鮮だったりする。それに、この髪が潮で変色した事を見抜いていた。
あのジジィ、それ程悪いヤツじゃない。
少し先で、末吉が階段をゆっくり昇るのが見える。大丈夫かな。ヨロヨロしてるように見えるけど。
末吉が階段を昇り切り、コンクリート堤の向こうに消えたのを狙って、佳月も砂浜を歩き始めた。階段を昇り、自転車に跨る。ジジィどこ行ったんだ。佳月は県道をママチャリで少し走ってみた。どこかへ曲がったのかな。曲がれる場所はと言うと…、佳月はママチャリをくるりと返すと、元の方向に走り、山側を見る。するとスロープがあった。少し離れて階段があって、その上には鉄筋の建物がある。佳月は一が八かそのスロープに乗り入れた。ママチャリを降りて押してゆく。すると登り切った辺りで、階段から建物の敷地に入る老人が目に入った。
やっぱ、ここか…。マンション?
佳月は入口の門扉のところへママチャリを押して行った。門柱に看板が貼り付いている。
『青海リハビリ診療所病院』
病院? リハビリってことは、何だろ、年寄向けの病院なのかな。ふうん、ここに入院してるのか。見た所、どこかが強烈に具合悪いって感じじゃ無さげだけど。佳月は門扉からそっと中を覗いた。古そうな鉄筋コンクリートの建物である。玄関は如何にも病院っぽかった。いち、にぃ、さん、しぃ…5階建てか。ふうん。
ま、だからどうってことはないけど。佳月はママチャリに跨り、軽快にスロープを降りた。