第10話 ジジィ
「ここにあった柵を壊したのはキミかと聞いてるんだ」
「それがどうしたのよ。勝手に柵作んないでくれる?邪魔なんだよ」
「邪魔?浜辺はキミ一人のものじゃないんだ」
老人は杖を突いたまま喋る。見た目よりは張りがある声だ。しかし佳月は気に入らなかった。なんでいきなりこんなジジィに文句言われなくちゃいけないのさ。
「だったら勝手に柵作んのも駄目だろ?」
佳月の声もヒ-トアップする。老人は黙った。ほら見ろ、人のことを言えたもんじゃないだろうが。
老人は柵のあった辺りを検分するように見て口を開いた。
「ここにはな、ウミガメが産卵したんだ」
「ウミガメ?」
意外な言葉に佳月は気勢を削がれた。
「そうだ。アカウミガメがな、毎年ここに産卵するんだ。何年も前からな。だから踏みつけて卵を壊さんように柵で守ってるんだ。ここで子ガメが生まれて海に帰ってゆくんだよ。この浜辺に来るのはそいつだけなんだ。浜や産卵場所を荒らすともう来なくなる。この場所は大事にしてやらんといかんのだ」
子ガメ… 子ガメってあのパセリみたいな子たち。佳月は返答に窮した。
老人はそんな佳月を無視して、背後に捨てた木々を拾ってまた柵を作ろうとしている。佳月は衝動的に叫んだ。
「止めろよ!」
老人は哀しそうな目で佳月を見やった。
「まだ判らんのか」
「判ったけど今はやめろ。あたしが誰もそこを踏みつけないよう見てるから」
ふう…、老人は腰を伸ばし、手で軽く2,3回腰を叩くと、また佳月をちらっと見て後ろを向いた。そのまま来た方向へ杖を突きながら引き返す。
老人が見えなくなって、佳月は大きなため息をついた。なんであんな言い方したんだろ。パセリが生まれて来るんなら、あたしだってこの場所、守ってあげたいよ。
陽が落ちて行く。しばらくぼーっとしていた佳月だったが、よっこらと腰を上げると、背後に投げ捨てた木々を拾って来た。更に浜辺を歩き木々を集め、初めにあったより立派な木の柵を拵えた。そしてその脇に貝殻と石をウミガメを模って並べてみた。
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夜の帳が降りて間もなく、ライトを片手に末吉が浜辺にやって来た。
「おや」
先程の場所に柵が立っている。ライトで照らすと石ころでウミガメの絵が描いてあった。
なるほど…。末吉は頷くと手頃な丸い石を探してウミガメに目を付け加えた。