偽物
修学旅行で美術館に行った。クラスメートたちはあまり乗り気ではなかったけれど、いざモダンなアートや古風な展示品にふれると目を輝かせていた。
「うわあ、すげえ刀」
名匠が打ったとされる刀身の地鉄は産地によって多岐に渡る。紋様の美しさに心惹かれるのは何もマニアだけじゃない。
「でもあれレプリカらしいよ」
と誰かが言った。
「贋作ってこと?」
「どうだろう、ニュアンスが違うかなあ。とにかく忠実に再現しているんだ」
午後は街を散策することになった。仲良しでグループを組んで、古い家並みを観察するのは名目で、ほとんどが遊んでいるのと変わらない。
「ねえ、綾ちゃんは私たちと回ろうよ」
庭園鑑賞へ向かうはずの綾はふいに呼び止められた。
「う、うん」
喫茶店めぐりのグループに手を引かれた綾が振り返ると、庭園鑑賞組は消えていた。
昔の芸子さんに思いを馳せながら老舗を覗くのは面白いし、お寺や古民家にカフェが併設されているのは新鮮だった。始めは肩を落としていた綾も、パンフレットと実物を見比べるのに夢中になっていた。
「折角だからお参りしていこうよ」
いいね、と賛同の声が沸く。しばらく建物に気をとられていた綾の背中を誰かが押した。流されるままに神社へ行く。お土産を買うために残しておいたお金でおみくじを引いた。
みんな映えそうな写真を撮るのに必死で、石畳の苔や鳥居の塗装なんかにはまるで興味がないようだった。
「綾も入りなよ」
言われるがままにフレームに収まる綾は口角を上げたものの、目は固まっていた。
「見てこれ、綾ったら変顔してるよ」
きゃあきゃあと盛り上がるみんなの背中を遠くに感じながら集合場所へ戻った。
カフェの思出話に浸っている彼女たちを置いて、綾は庭園鑑賞組を探した。
「あの石ってなんだったんだろうねえ」
「不思議な置物だったねえ」
彼女たちもまた内輪で盛り上がっていた。綾は側で聞いていても何のことかさっぱり分からない。
まだ少し時間があった。
綾は展示室に入り、刀剣のレプリカの正面に立った。雪走りの紋様が照明の角度だろうか、妖しく揺れている。
混じりけのない刃に映る唯一影だけが、美しい空間を乱している。綾は朧な影を注意深く除きこんだ。
「あっ」
偽物の刀身には綾自身が映っていた。或いは不純物に侵された少女の心が浮かび上がる妖魔刀であるのかも知れない。触れたらたちまちにして切れてしまう危うさがそこには秘められて。