「問:Re:BIRTH UNIONとは」
スマイルムービー主催の大型イベント、通称『春祭』も最終日となった。この日は会場全体がライブ会場となり、アニメソングをメインに活動している歌手や、声優。あるいはスマイルムービーを拠点に活動している歌い手・踊り手と呼ばれる人気動画投稿者、お笑い芸人によるライブが、さながらロックフェスの様に各ステージやブースで行われる日だった。
Vtuberによる楽曲ライブも行われているが、今回はにゅーろねっとわーく・Vインディーズの二つの事務所による対バン形式でのライブとなっていた。元々音楽を中心に活動している個人Vtuberの寄り合い所帯だったVインディーズだったが、最近になって正式に運営企業を立ち上げた事で話題となっている。ベンチャー企業の社長、という肩書のVtuberが実際に代表取締役社長として現実世界・電脳世界で二つの顔を使いこなしつつ、精力的かつ誠実な活動を行っており、『2019年のブレイク候補筆頭』とまで言われている事務所だった。
「千乗寺クリア……Vインディーズの社長と俺とほぼ同期で、お互い駆け出しのころに一緒に曲出したりしてたんだよなぁ。それが今やマジで社長だもんな……ついでに本名が『一乗寺透』だったのはちょっと笑ったけどな。いつぞやに名前の由来聞いた時に『とりあえず大きく出ようと思いまして!』と力強く言ってたのはこういう事か、って」
Vtuberをメインとするもう一つの舞台、エレメンタル・月影オボロとオーバーズ・七星アリアによるファンミーティング参加Vtuberを招いてのトークライブ。その控室で一年半ほど前の事を遠い昔の様に語っている男が居た。
バーチャルサイファーの実質的首魁、ラッパーVtuberのMC備前だった。
「名字を千倍にして、名前をカタカナにって事ですか」
「良くも悪くも裏表が無くて単純な男だからな、千乗寺は。参謀が相当優秀だって話だから、神輿に乗せるにはあれくらい堂々としてて勢いに任せられる男の方がいいのかもな」
「にしても最近増えたっすよね、Vtuberだけど中身公開する感じの人ら」
「たぶん……ウチの頭がその走りっすよね。まぁまぁ叩かれたって、本人が言ってました……俺だったら……耐えられない……帰りたい……!」
「落ち着けホーキー、イマジナリー炎上でダメージ受けてどうすんだよ」
そんなベテランの昔話に付き合っているのは、Re:BIRTH UNIONの正時廻叉とオーバーズの秤京吾、そして電脳銃撃道場のホークアイキッドだった。
彼の言う通り、電脳銃撃道場は現在でこそバーチャルアバターを用いたプロゲーミングチーム兼ストリーマー事務所となっているが、元々はFPS好きのVtuberによる互助会の様なものだった。練習相手が欲しい、チームを組む相手がいない、スランプを脱する為にアドバイスが欲しい。彼らが道場へと集った理由は各々違ったものだったが、絶対の共通項として『VtuberとFPSという文化を深く愛している』ということだった。
「十宝斎か。実は話したこと無いけど、ストイックに両手両足生やした化け物、とか言われてるよな。あの爺様」
「ACT HEROESを始めた頃、十宝斎さんの講座動画には大変お世話になりました。外見こそ分かりやすい仙人風ですが……」
備前が噂で聞いた十宝斎に関する話を漏らせば、いくつかの動画を見た廻叉や、実際に電脳銃撃道場に所属しているホークアイキッドがそれを裏付けるような証言を残す。本名を始めとする素性の公開時に炎上寸前にまで行ったが、彼自身が矢面に立ち続けた事で他の道場生、と呼ばれる所属メンバーには全く飛び火させる事なく、沈静化まで耐え抜いてみせた。
そんな彼を慕ってか、電脳銃撃道場は結成以来一人の引退者も出していない。
「頭のストイック具合は……下手するとマジで修行僧とか仙人のレベルっす……。運営側になった事で、一線こそ退いたんすけど……未だに一日に二時間か三時間は練習に費やしてるって」
「バケモノだな」
「ステラ様が欲しがりそうな逸材ですね」
そしてその上で多忙を縫ってでも自己研鑽を怠らない姿を証言されれば、最早感嘆の言葉しか出てこなかった。
「ホーキー。そろそろ時間だ、スタジオ行くぞー」
「あ、先輩……うっす」
「お疲れ様です」
声を掛けられて、そそくさとホークアイキッドが立ち上がると呼びに来た男性が小さく会釈をしつつ気安い口調で自己紹介をした。
「どうも、電脳銃撃道場師範代のバッドジンクスです」
「あー、元プロって話の」
「そうなんですよ。プロシーンで神経すり減らし過ぎて引退したとこを十宝斎に拾われまして。ストリーマーとしてはともかく、Vtuberとしてはまだまだ新参なんで。今後ともよろしくお願いします」
「あと、基本的に、元プロの人は師範代って呼ばれてるっす……だから、俺は道場生なんすよね……」
成人男性としてはやや小柄なバッドジンクスと大柄で派手なホークアイキッド、という並びは仮に彼らがVtuberではなく実写のストリーマーであっても人気を博しそうな二人だった。そんな二人がトークライブの一番手として呼ばれて控室となっている会場の大会議室を出て行く。誰ともなく拍手を始め、二人を応援する声が飛んだ。
「あざーっす!行ってきます!」
「あ、あ、き、緊張が……」
「いいから行くんだよ!むしろお前は緊張してる方が面白いんだから心配すんな!いざとなったら俺は逃げるけど!」
そんなやり取りを大声で残しながら、彼らが外へと向かうと会議室に用意されたモニターではトークライブの配信が映っている。3Dアバターで登場したMCである月影オボロと七星アリアがオープニングトークの真っ最中だった。せっかくの3Dアバターにも関わらず特に動き回る事も無く、立ち話で雑談をしつつ進行していく様は最早ベテランの風格が漂っていた。
しばらくすると、高さのあるテーブルとそれに備え付けられた縦長のモニターに電脳銃撃道場の二人が映し出された。同じタイミングで現れた椅子にオボロとアリアも腰を下ろした。
トークライブが、始まった。
※※※
「それじゃあ、次のゲストで前半戦のラストですね!今や中堅どころから更に伸びようとしているこの事務所!星の歌姫、ステラ・フリークスが率いる異才の集団!『Re:BIRTH UNION』より、正時廻叉さん!石楠花ユリアさんです!」
七星アリアの呼び出しが掛かり、モニターに執事服姿の男と、少女の面影を残す令嬢が現れた。
「ただいまの時刻は午前11時45分となりました。皆様、お初にお目に掛かります。Re:BIRTH UNION所属、正時廻叉です」
「初めまして、石楠花ユリアです。Re:BIRTH UNION三期生です。よろしくお願いします」
自身の配信であるかのようにいつも通りの挨拶を二人が行うと、会場からは自然と拍手が巻き起こった。会場の生の音声はイヤホンを通して二人の耳にも入っている。
「いやー、こうしてじっくり話すんは初めてやんな?ウチら、ステラとは仲良いけどその後輩とまで仲がええか、って言われたらちゃうしなぁ」
「そうですね。ステラ様からは、よくお話を伺っています」
「ユリアさんはこういう舞台とか、直接お客さんの前に立つの初めてですよね?どうです、正直?」
「あの、皆さんの歓声や拍手が凄くたくさん聞こえて来て……まだ、なんだか現実感がないというか、不思議な気分です……」
「うーん、可愛い。そして清楚。私達が遠い昔に失った『清楚』の概念を彼女はまだ持ってますよ!どうですか清楚を投げ捨てたオボロさん」
「おうハッ倒されたいんかアリア。まぁ実際、ウチら二人は清楚ではないけどな」
「オーケイ、話し合いましょう。オボロさん当人が認めている以上、私が言ったところでただの事実確認であって誹謗中傷暴言煽りには当たらないと思うのですがその辺はどうでしょうか!?ここで第三者の意見として廻叉さんの意見を聞きましょう!どうですか?!」
「少なくとも煽っているとは思いますが」
「おー、流石執事さんやな。ようわかっとる」
「なぁー!?第三者があっという間に敵に回りました!ここは第四者を味方にせざるをえませんね!というわけでユリアさん、どうですか!?」
「えと、あの……清楚の意味を私自身よく知らなくて……あの、お二人とも、可愛いところもカッコいい所もいっぱいあって、凄く素敵だと思います」
「……廻叉さん、この子ウチにくれへん?嫁にするわ」
「あっ、ズルい!なら私はユリアさんと養子縁組します!私が子で!!!」
司会者が進行そっちのけでゲストを奪い合うカオスな図になり、会場は爆笑に包まれる。元々丁々発止の言葉の殴り合いに発展しがちなオボロとアリアという事もあるが、他事務所の後輩にここまでの執着を見せるとは誰も予想していなかったのか、本気で石楠花ユリアを取り合おうとする二人の姿は視聴者サイドからすれば中々衝撃的な光景だったはずだ。
なお、エレメンタルのファン、オーバーズのファンは『まーた始まったよ……』という反応が大半であった。また、控室のモニターで見ていたエレメンタルの後輩達は頭を抱え、オーバーズの後輩達は大爆笑していた。他の参加者たちは一様に苦笑いか引き攣り笑いだったが。
「 お 二 方 ? 」
そんな不毛にも程がある言い争いに終止符を打ったのは、正時廻叉だった。二人の声が途切れた一瞬の隙間を塗って、酷く冷たい声が飛んだ。
「え」
「あ」
「か、廻叉さん、私は大丈夫ですから……!」
感情を乗せない声でありながら、明確な『圧』を感じる口調で声を掛けた事で騒ぎ散らかしていたオボロとアリアだけでなく、会場の笑い声すら一瞬止めてしまった。
「大先輩であるお二人にこのような事を申し上げるのは大変心苦しいのですが、司会者が理性を飛ばされると我々としては座って待つ以外の行動が出来ませんので。その点、ご留意頂けますと」
「あ、はい」
「すいませんでした」
「それとRe:BIRTH UNIONの総意として僭越ながら私が代弁致しますが、ユリアさんはあげません」
「廻叉さん……!?」
自然と正座しながら説教を受け入れるオボロとアリアの姿に、会場からまた少し笑いが漏れる。先ほどまでの爆笑ではなく、『笑ってはいけない状況だが、笑いを堪え切れない』という笑い声であった。
ともあれ、二人の暴走を止めたという事実は映像としてバッチリ残されたわけであり、『アリアやオボロみたいなトーク無敵勢を止められる貴重な人材』という評価が正時廻叉に付与された瞬間であった。
「それじゃあ、まぁ気を取り直して色々質問していくんやけど……たぶんね、これ結構長い事Vtuberって世界を追ってる人らでもわからんというか、なんならウチらも正直一番聞きたい事やねんけどな」
「えっと、それって……?」
ようやく進行通りの質疑応答へと入ったが、オボロが前置きとして語った言葉は色々と意味深であった。要領が掴めていないのか、ユリアは明らかに困惑していた。
「ここはズバリ、と直球でお尋ねします。『Re:BIRTH UNIONって何ですか?』」
その質問は、正時廻叉・石楠花ユリアという個人ではなく、彼らが所属している事務所そのものへの実態を掴むための質問だった。
「Vtuber事務所なのはわかんねん。ただ、それだけじゃないやろ?って思うんよな。だから、実際に所属してる二人にどうしても聞きたかってんよ。リバユニって、どういう物なんやろ、って」
想定をはるかに上回る難問を突き付けられて、正時廻叉と石楠花ユリアは考える。
Re:BIRTH UNIONとは、いったいなんだろうか。
Vインディーズと電脳銃撃道場のちょっとした顔見せと、廻叉とユリアのトークの導入部分まで。
風呂敷広げと無軌道トークを書いている時が書いてて楽しいんですよね……。
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