「Re:BIRTH UNIONファンミーティング後半の部」
スマイルムービーの生放送では『春祭』の各ブースと中継を繋げた特別番組を長時間配信をしており、現在の視聴者数は五千人を超えていた。スマイルムービー独自の画面上をリアルタイムで流れるコメントも、文字通り無数に流れていく。その中で、Vtuberファンミーティングへの中継は許可を得た一般参加者がVtuberと会話をしている所を中継するという形になっている。とはいえ、これはもう一つの企画の為のゲストを呼べなかったVtuber達向けへの中継企画となっていた。
企画書にはそのもう一つの企画について予告がされており、一部のVtuberは本番中も戦々恐々としていたと後々語っている。
その企画のゲストの招聘に成功し、真っ先に餌食になったのはオーバーズの男性陣。
フィリップ・ヴァイスと、秤京吾だった。
「こんちゃーっす、オーバーズの秤京……吾……!」
「どうもフィリップ・ヴァ……ッ?!」
『元気そうね?知ってるけど』
『自分達の所に来るとは思わなかった、って顔してるね』
そこに立っていたのは一組の男女。特に変わった所の無い、一般人の男女だった。共通点は職業と、同じ内容の仕事を受けている事だった。
「なぜ、何故俺らの下にママが……!!」
「母上……ちょっとお待ちを、今ぶぶ漬けを」
「そりゃ君らの所業を振り返れば私達が『授業参観』に来るのは当然でしょう?」
「追い返そうとする程度には後ろめたい事があるんだね?」
二人はイラストレーターであり、それぞれ秤京吾、フィリップ・ヴァイスのキャラクターデザインを担当している。今回、Vtuberファンミーティングの中継配信の目玉企画となっている企画。
『Vtuberのママが息子・娘に直接会いに行く!抜き打ち授業参観!!』である。
なお、数々の無茶と無謀を諌められた京吾とフィリップのパートは『授業参観じゃなくて少年院の面会室』と大好評であった。
※※※
『初めまして、ユリアさん』
「あ、はい、初めまして石楠花ユリアです……」
その男性がふらりと現れ、尚且つ背後にカメラが立っている事に気付いた石楠花ユリアは少し困惑した様に挨拶を返した。なぜ自分にだけ初めまして、と言ったのかという疑問が残る。隣の廻叉は薄らと苦笑いの様な表情を浮かべていた。
『で、久しぶり廻叉くん。ママだよー』
「存じ上げております。そうですか、授業参観企画は私でしたか」
「あっ中継企画……!」
『お察しの通り。改めまして、イラストレーターのMEMEです』
中継が入っている旨を察した二人は改めてスマイルムービー側の生放送の視聴者に向けて丁寧に自己紹介を行う。少数精鋭の特化型の集い、という認識になりつつあるRe:BIRTH UNIONの登場に視聴者が大きく反応を示した。リアルタイムコメントは『名前は知ってる』『歌は知ってるけど配信は見てない』『オーバーズのコラボで見た』『にゅーろとのコラボで見た事がある』といったものが大半であり、明確に彼らの登場を喜んだファンの方が少数派であった。
スタジオに用意されたサブモニターは基本的には廻叉が確認していた。中には『誰だよ』『知らね』といったような、乱暴なコメントも少なからず、そしてその割合はTryTubeでの自分達の配信と比べればはるかに多かった。そんなスマイルムービー特有の空気感を知っているスタッフが、その手のコメントから間違いなくダメージを受けないであろう廻叉側にしか見えないようにしたのはユリアへの配慮だった。廻叉への配慮が少ない対応策ではあったが、彼のメンタルへの信頼性の高さとも言い換えられる。
閑話休題。
MEMEは男性イラストレーターでありながら、男性キャラクターの評価が高いという珍しいタイプの絵師だった。スマートフォン用ゲームアプリなどでのイラストでも、彼が担当した男性キャラクターはレア度を問わず人気を集める傾向にあった。なお、女性キャラクターに関しては『隠す気の無い性癖』『そんなに裸足が好きかね』と好評である。
そんな彼がVtuberのキャラクターデザインを担当することになったこと自体が、当時一つのトピックとなっていた。正時廻叉のデビュー直後、視聴者層にはMEMEのファンが半数を占めていたほどだ。
『こういう場で廻叉くんとしっかり話すってのも貴重な機会だと思ってね。本当はユリアさんのママ、九重ヒカルさんも来る予定だったんだけど、どうしても別件が立て込んでてね……』
「そうなんですか……今度、アポ取って、えーっと……なんていうんでしたっけ、お仕事してる所に、応援じゃなくて……」
「陣中見舞ですか?」
「……っ、それです!陣中見舞に行きます……!」
『いいね。きっと喜ぶよ。っていうか今も見てるんじゃないかな。ヒカルちゃん見てるー?』
中継用のカメラに向かってMEMEがわざとらしく笑顔で手を振った。2Dアバターであるユリアは手を振る事が出来ないので、せめて精一杯の笑顔を見せる。九重ヒカルというイラストレーターは、ユリアからすれば優しい姉の様な存在だった。こんな衣装は、こんなアクセサリーは、と石楠花ユリアだけでなく三摺木弓奈の事も着飾ろうとする悪癖こそあれど、非常にいい関係を結べている。
『まあそれはさておき、初のリアイベだけど楽しめてる?』
「お陰様で得難い体験をさせて頂いております」
「はい、ファンの皆さんがすごく優しくて……」
『実際ユリアさんのファンの方って優しい方多いよね』
「そうなんです。妹や娘みたいに思ってる、って言ってくださる方がたくさんいらっしゃったんです。ただ、私と同世代くらいの男の子から『孫だと思ってる』って言われたのは、ちょっと困っちゃいましたけど……」
『うーん、ユリアさんがそれくらい純粋に見えるって事じゃないかな。もしくはそのファンの子が人生三週目の転生者かだね。一方で執事のファンは……濃いよなぁ』
「お褒めに預かりまして」
『否定しないんだ』
「むしろ自分達の濃度を誇る方々ばかりでして。脱サラして執事喫茶に勤め始めた、という方には流石にもうちょっと冷静になって頂きたかったですね」
『うわぁ』
中継配信のコメントに『草』が大量に走る中、少しずつではあるがRe:BIRTH UNIONファンのコメントも混ざりつつあった。ちょっとした小ネタや、それぞれの特徴、濃度の高い情念交じりの声援が複数目に入った。TryTubeとは違い、完全匿名のため誰が発したコメントかはわからないままだったが、恐らく自分やユリアのチャンネル登録者であろうと予想できた。特に情念コメントに関しては他の視聴者から『なんか他のファンと違う』『なんで女の子の方じゃなくてこっちにこの手のファンが付くんだ』と好評であった。
『それじゃあスマイルムービーをメインにしている視聴者層に、一番見て欲しい動画や配信アーカイブをおススメしてくれないかな?やっぱり、俺としてもこれを切っ掛けに二人やリバユニの面々が更にバズれって思ってるからさ』
MEMEからの質問は現在このやり取りを見ている中継配信の視聴者に向けたものだった。既に別のファンから『自分の出した動画や、配信でのお気に入りってありますか?』という質問が出ていた為、それと同じものを答えようかと廻叉が考えたと同時に、MEMEから追加の一言が入った。
『あ、自分のじゃなくて、だよ。廻叉くんはユリアさんの、ユリアさんは廻叉くんのおすすめ動画を挙げてね』
「そう来ましたか」
「え、ええ?!ど、どうしよう自分の動画何が良いかなってばっかり考えてました……!」
『自分の作品より、別の人の好きな作品を紹介する方が熱が入ったりするからね』
ニコニコと微笑んでいるMEMEだが、廻叉の目には『ニヤニヤ』という表情が浮かんでいるように思えた。彼自身が無茶振りをするのもされるのも好む性質を持っている為か、明らかに声が活き活きとしていた。尤も、それに気付いたのは配信視聴者も含めて廻叉のみだった。
『さて、という訳で廻叉くんから行ってみようか』
「……そうですね。ピアノでの楽曲を基本的には視聴して貰いたいとは思っていますが、敢えて『ゲーム補講』シリーズを初見の方にはおススメしたいな、と」
「えええ?!そ、そっちなんですか!?」
ほう、と少し意外そうな反応を見せるMEMEに対し、本気で驚いてるユリア。どちらの反応にも敢えて気付かないフリをしながら淡々と配信の内容を説明する。
「彼女、石楠花ユリアさんとその友人でもあるにゅーろねっとわーく所属Vtuber、如月シャロンさんのお二人による配信シリーズです。ゲーム初心者の二人による奮闘と、天の声兼コーチ役であるRe:BIRTH UNIONメンバーによるサポートとガヤで目標をクリアしよう、という企画ですね」
「まだ三回目なんですけど、あの企画を見てチャンネル登録してくれた方もいるみたいです……でも、私としては下手なゲームを見られて恥ずかしいんですけど……シャロちゃんは上手なのに……」
『あー、最新のACT HEROES回、キーマウ操作に超苦労してたもんね、ユリアさん』
天の声役に小泉四谷を迎えて行われた人気FPSゲーム『ACT HEROES』を題材にした回は、非凡なセンスを見せるも調子に乗って動き回り完全にチームメンバーを見失う如月シャロンと、基本操作の時点で大苦戦した上にフラフラと他プレイヤーチーム同士が戦闘している所に迷い込む石楠花ユリア、必死に二人のフォローに回るも力尽きた小泉四谷という半ばコント回と化していた。そのおかげか、切り抜き動画も多く出回っており神回扱いすらされている。
「姫プレイと最初は言っていたコメント欄が『老人と幼児を同時に世話する小泉四谷頑張れ』とか『悲鳴プレイ』とか言い始める様は中々愉快ではありました」
「い、今はもう少しちゃんと動けますから……!練習しました……!」
「まぁでも、いい意味で普通の女の子として楽しんでいるユリアさんを見られる企画です。彼女は歌もピアノも上手いですが、そもそも人として魅力に溢れている事を知って頂きたいですね」
「ひょあ!?」
『出た、照れ悲鳴』
典型的な落としてから上げるパターンではあったが、単純だからこそユリアには効果的だった。コメントも今の悲鳴とも奇声とも判別の付かない声にカワイイカワイイと大絶賛だった。
『さて、一方のユリアさんは廻叉くんのどの動画が好きなのかな?』
「……迷ったんですけど、チャンネル登録者一万人突破記念の、配信です」
その瞬間、MEMEと廻叉が同じように、小さく笑みを浮かべた。ユリアは配信内容の説明の台本を脳内で必死に書き上げている最中だった為、それには気付かなかった。
「正時廻叉さんは執事であると同時に、その、俳優さんなんです。朗読や、RPGゲームの一人フルボイスとかも凄くお上手で……でも、どこかやっぱりミステリアスな人なので。そんな廻叉さんの内面や、過去が……えーっと、断片的、でいいのかな。断片的にでも知ることが出来て、その、Re:BIRTH UNIONのメンバー全員で協力した配信で……凄く、凄く楽しかったし、参加出来た事が嬉しかった配信です」
『いやー、あれは俺も滅茶苦茶頑張ってイラスト書き下ろしたよね。興が乗っちゃって、必要以上に書いちゃったけどスタッフさんが上手い事纏めてくれて』
「……私にとっては、白昼夢の様な感覚なのですが。アーカイブを見返しても、本当に自分の事であるか怪しく思ってしまう瞬間もありましたね。……恐らくは、気のせいだと思いますが」
ユリアとしては憧れの先輩の晴れの姿でもあり、正時廻叉という物語に登場出来た喜びから選出したが、自身が大きく力を入れたMEMEからしても、予想外ではあるが喜ばしい選出だった。
一方で若干のわざとらしさと共に、とぼけて見せたのは廻叉だった。あくまで、現実と架空の境目をハッキリとさせないつもりだった。
『さて、こんな感じでRe:BIRTH UNIONのお二人との中継もそろそろ〆のお時間なんだけど……では、改めてスマイルムービーの視聴者に一言貰える?』
撮影スタッフから終了数分前を知らせる伝達がMEMEへと向けられ、〆の言葉を二人へと尋ねた。先に答えたのは意外にもユリアの方だった。
「えっと、私たちは、今までの自分から脱け出して……生まれ変わる為に、Re:BIRTH UNIONへと参加しました。もし、今がとても辛い人や、苦しんでいる人が……私たちの配信を見て、少しでも一歩踏み出す為の切っ掛けになれたら、って思います」
「度々配信やSNSなどで公言していますが、我々はある種……一度死んだ身です。もし、生まれ変わりたいと貴方が本気で思うのならば……私達と共に、歩みましょう。尤も、オーディションはありますが。ちなみに四期生募集の予定は現時点ではありません」
『いや、無いんかい。てっきりその流れから開催予告みたいな感じかと思ったら』
配信コメントも同様に『無いのかよ!』『完全にオーディションがある流れだったのに』とツッコミともボヤキとも取れるフレーズが流れる中、二人の配信や動画を見ようとするポジティブな反応も多数帰って来ていた。視線だけをサブモニターに移し、無表情を貫く正時廻叉だったが、内心では確かな手ごたえを感じていた。
MEMEと中継班がハケると再びファン同士との会話となるが、大きなトラブルもなくイベントは終了した。
二日目も同様に問題なく進行出来ていたが、『昨日の中継見ました』というファンがかなり多かった事が二人の印象には強く残っていた。実際に、チャンネル登録者数も相応に伸びており、大規模イベントの影響力を廻叉もユリアも思い知る事になった。
そして最終日、二人に取っての最大の試練。
人生初のステージイベントの幕が上がる。
同じような流れになってしまうので、二日目はカットしました。
次回、Vtuber内でもトップクラスのトーク巧者に挑みます。
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