「Re:BIRTH UNIONファンミーティング前半の部」
引っ越しと連休明けの忙しさでかなりギリギリまで構成に悩みました。
Re:BIRTH UNIONの運営企業、株式会社リザードテイル本社。地下階のスタジオにて石楠花ユリアは緊張を隠せずにいた。スマイルムービー主催の大型イベント、その中のコンテンツであるVtuberファンミーティング当日。本番数十分前になり、急に不安に襲われていた。
「気持ちは分からなくはないですが、落ち着きましょう」
「まぁ今まで顔の見えない、数字や文字でしか見えなかったファンの姿が可視化されるわけだからね。気にするなという方が難しいさ」
Re:BIRTH UNIONからのもう一人の参加者である正時廻叉と、アルバム楽曲の収録の為にスタジオを訪れていたステラ・フリークスがユリアを宥める様に声を掛けるが、彼女はそれに応じる余裕も無い様子だった。
配信上では問題なく話せるユリアではあるが、対面での会話には若干まだ気後れしている部分がある事は彼女自身も自覚している部分であり、他者から見ても明確な欠点、とまでは行かずとも改善の余地がある部分である事は確かだった。
何を話そうか、何を聞かれるのだろうか、そもそも自分のファンは一人も来ずに全員が正時廻叉のファンだったりするのだろうか、だとしたら私は邪魔者ではないだろうか。
声に出せば一笑に付されるほどのネガティブ思考が渦を巻いていた。彼女の自己評価の低さだけは、生まれ変わってなお彼女を縛り付ける枷になっていた。
「はい、ユリアさん。こっちを見ましょう」
廻叉に呼びかけられ、半ば条件反射でそちらを向く。と同時に、目の前に紅茶のペットボトルが差し出されていた。廻叉自身はブラックの缶コーヒーを啜っていた。
「本当なら、練習の成果を見せる意味でもティーセットを用意して紅茶を淹れる所ですが、今日は流石にそんな時間が無いので。これでも飲んで落ち着きましょう」
半ば言われるがままペットボトルを受け取って目を白黒させていると、スタッフから「準備出来ました」の声が響く。ハッとしたようにスマートフォンの時計を見ると、予定時刻の十分前になっていた。
「大丈夫ですよ。貴女は、貴女が思っている以上に愛されてますから」
照れ笑いとも苦笑いとも取れない表情でそう言った廻叉は、さっさとブースへと向かってしまう。
「……廻叉さんはズルいです」
「本当にね。『正時廻叉』という人格を半ば憑依させてるとはいえ、ああいうセリフをシレっと言えるのは最早才能だよ」
緊張以外の理由で火照る顔をペットボトルで冷やしながらユリアが呟けば、ステラが楽しそうに笑いながら同調する。ただ、彼女が単に同調するために口を挟むはずもなく、容赦のない追撃がユリアへと放たれた。他のスタッフに聞こえないように、耳元に小声で。
「そんな廻くんに一番愛されてるユリちゃんは幸せ者だね?」
「ひゅひょあ!?」
「奇声シリーズにまた新作がでたね。うーん、配信中じゃないのが残念だ」
「す、すてらさん!!!」
「ごめんごめん。でも緊張は解けただろう?よく周りを見渡してごらん。ここは、いつものRe:BIRTH UNIONだ。君のホームだよ」
そう言われて、改めて落ち着いて周囲を見渡す。配信画面、および会場と中継の繋がったWebカメラの説明を受けている廻叉と、機材の最終調整に勤しむ多数のスタッフ。目の前では不敵に笑いながら、見た事のない銘柄の缶ジュースを持っている事務所の大看板であるステラ・フリークス。缶の色合いからメロンソーダ系統の何かである事は分かるが、自販機やコンビニでは見た事のない銘柄だった。
「あ、これ?近所のディスカウントストアで売ってたんだよね。58円で投げ売りされてたから半信半疑で買ったんだけど、『かき氷のメロンシロップを炭酸で割りました!』って味がして最高に安っぽくて美味しいよ。事務所の冷蔵庫にワンダースあるから好きに飲んでいいからね。スタッフからは大不評だったけど」
「ええ……」
事務所の大看板にはもう少し良い物を飲んで欲しいと、石楠花ユリアは心からそう思った。
※※※
『い、い、い、いつも動画や配信見てます!リバユニ箱推しです!!』
最初のファンは学生らしき男性だった。先程のユリアの様子を遥かに上回る緊張具合がWebカメラ越しにも見て取れる。自己紹介を飛ばしてのファンアピールにはユリアも緊張より先に苦笑いが浮かんでいる。自分より緊張しているファンを見て、若干冷静さを取り戻した様子だった。
「ありがとうございます。こんにちは、初めまして。石楠花ユリアです……その、なんてお呼びしたらいいですか?」
『あ!じゃ、じゃあSNS用ハンドルネームのチェルシーでお願いします!』
「初めまして、正時廻叉です。お名前から察するにサッカーファンの方でしょうか?」
『そうですそうです!プレミアリーグすっげー好きで!でも最近はVtuberの配信追い過ぎてあんまり見れてないんですよ』
ハンドルネームの由来から、サッカー、スポーツの話に派生する。詳しく知らないユリアに、ある程度の知識がある廻叉がザックリと解説しつつファンの男性が熱く語る、という構図だった。
「しかしお詳しいですね」
『シンプルにサッカー好きなんですよね。高校までは部活でもやってたんですけど、膝やっちゃって最後の大会出れなくて』
「それは……その、辛かったですよね」
突然重い話を放り込まれるが、それを話す当の本人が然程気にしていない様子ではあった。流石にユリアがフォローを入れる。
『正直凹んでたタイミングでリバユニさんをTryTubeで見つけて。最初はなんとなくだったんですけど、見てる内に皆さんが挫折乗り越えてVtuberやってる人って知ったんです。それで吹っ切れたっていうか、なんというか……確かにプレイヤーとしては中途半端な終わり方だったけど、サッカーに関わる方法は山ほどあるなって考えになって。今日、本当はそれを一番に伝えたかったんです。リバユニのお蔭で挫折をバネに出来ました、って』
「……配信者冥利に尽きます。ありがとうございます」
「嬉しいです……!」
自分達の活動が一人の生き方や考え方に良い影響を与えられている事を、本人から直接伝えられた二人は想像以上の達成感を感じる。最初の一人目で既に今回のイベントに参加して良かった、と二人は心から思う。
『というわけで、バーチャルスポーツキャスターやろうと思ってるんでもし見掛けたら生暖かく見守ってもらえると……』
「ええ……!?こ、行動力凄いですね……!」
「すいません。その展開は流石に予想外でした。いや、新規参入のハードルが下がっている事を考えれば良い事ではあるのですが」
※※※
国内においてはTryTubeと同等の古株動画サイトであるスマイルムービーの大型オフラインイベントは年に数回あるが、最も規模が大きいのが今回の様にゴールデンウィークに開催される、通称『春祭』である。つまり、参加者数も桁外れに多くなる。
Re:BIRTH UNION自体は中堅どころのVtuber事務所であるが、それでも全国各地から参加者が集う『春祭』である以上、現地にやってくるRe:BIRTH UNIONのファンの数も多くなる。
余談ではあるが、人気事務所であるオーバーズ、エレメンタル、にゅーろねっとわーくへのファンミーティング参加者数が跳ね上がっており、大型テーマパークのアトラクション、或いは東名高速道路の渋滞と称されるほどの待ち時間になっていた。
かといって、他の個人勢や中堅、新興事務所が閑古鳥が鳴いているかと言えばそんなことはなく、少なくとも列が途切れる様子はない。元々のファンがこの機会を逃さず会場に足を運んでいる事もあれば、会場内で流されている参加者紹介クリップ集を見て興味を持った初見のファンがやってくる、という事もあるようだった。
結果的に、多種多様なファンがRe:BIRTH UNIONのブースを訪れていた。
『会場でユリアちゃんのピアノ弾き語り見て来ました!』
「わ、ありがとうございます!」
『あと、執事さんの映像もあったんですけど、あれってどういうシチュエーションなんですか?』
「恐らく1万人突破記念配信でしょうか。私自身の内面の話になるので、解釈は皆様次第……という風にお答えしております。いずれ、また続きがあると思いますのでよろしくお願い致します」
『いやー、やっぱ執事さんの肝の太さっていうか、腹の据わり方が見てて気持ちいいんですよ』
「お褒めに預かりまして」
『他のVtuberだと「いやそこに踏み込むのマズイって!」ってなるけど、執事さんだと「いいぞもっといけ」って思っちゃうんですよね』
「あはは……あの、本当に危ないと思ったらコメントで止めてくださいね?」
『ファンアートでお二人の漫画書かせてもらって大バズりしました。本当にありがとうございます』
「あ、もしかして私と廻叉さんが本当の主従関係、みたいな漫画ですか?」
『それです。実はあれがブッ刺さってリバユニさん見始めたって感想も多く頂いてまして。その報告と、御礼の為に今日は来たんです』
「こちらこそ、我々を描いてくださって本当にありがとうございます。ファンアートタグはRe:BIRTH UNION一同の励みです」
『実はリバユニ知ったのが龍真くんの生前葬で。なんかすごい事してるVtuberが居るって衝撃が凄かったです』
「あれは思い付いたのは龍真さんですからね。私達はお手伝いしただけですから」
「龍真さんの行動力って、凄く見習う所いっぱいあります」
『その龍真くん、こないだパチスロでボロ負けしてステラ様やキンメさんにクッソ煽られて死にそうになってましたけど、あれはいいんですかね?』
「……あの件に関しましてはSNSで表明した通り、彼の自業自得です。撤退するチャンスはいくらでもあったでしょうし」
「ギャンブルって怖い、って思いました……」
『お二人でコラボ歌ってみたとか出す予定とかありますか?』
「えっ……と……その、今の所は決まってないです……」
「実はたくさんリクエスト自体は頂いています。だからこそ、より良い物にしたいのでタイミングを見計らっている状態です。どうせなら、最高のタイミングでお出ししたいので」
『おお……!ありがとうございます!生きる理由が出来ました!』
『お二人の歌ってみたって選曲が特徴的だなって思うんですけど、どんなアーティスト好きなんですか?』
「うーん……ちょっと、すぐには絞り切れないです……」
「ユリアさんはかなり音楽を深掘りされる方ですからね。私はどちらかといえば曲単位で好みがあるせいか、このアーティスト、というのが本当に少ないです。よろしければ後日、我々の好きなアーティスト3選、のような形で配信企画にしようかと」
『え、もしかして今の私の質問から企画の原案まで……?』
「はい、Re:BIRTH UNIONのメンバーだけでなく、可能であればゲストも呼んでという形を取れれば、という所までは。正式にやると決めた場合、今日のこのイベント終了後に企画書でも書こうかと考えています」
『執事さん、役者だけじゃなくて、放送作家としてもやっていけるんじゃないですかね』
「つ、疲れました……」
「流石にこれだけの人数が来られるとは、予想以上でしたね。幸い、妙な言動をされる方が居なかったのは安心しました」
「みなさん凄く嬉しそうだったのが、私も嬉しくて……」
休憩時間に入るとユリアは背もたれにぐったりと身を預け、廻叉は首元を抑えながら軽めのストレッチの様な動きをしている。普段は顔の見えない何百人単位を相手にしているとはいえ、顔の見える相手と対面して数分間のトーク、という形は二人とも初めての事であったため、想定以上の疲労があった。
「まだ後半も、そして最終日のステージトークもあります。気を引き締めていきましょう」
「はい、頑張りましょう」
二人で気合を入れ直していると、良く冷えた見慣れない銘柄のメロンソーダの缶が二本差し出された。その手の先を辿ると、満面の笑みのステラ・フリークスが立っていた。
「お疲れ様、陣中見舞だよ」
「二本で116円の陣中見舞ですか」
「け、結局これを飲むんですね……」
なお、味の感想はそれぞれ『本当にかき氷のシロップを炭酸で割った味』『メロンという果物の名を冠する飲み物にあるまじきケミカル感』との事だった。
作中登場人物の好きなアーティスト三選は作者ツイッターで時間がある時にでも投稿しようかと思います。
御意見御感想の程、お待ちしております。
拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。