「私たちは一度死んでいる」
不穏なタイトルですが、Re:BIRTH UNIONを外部から改めて見た場合、という確認の様な話になりました。
フィリップ・ヴァイスの頭頂部と集まったVtuberの腹筋にダメージが入るちょっとした一幕があったものの、説明会は恙なく終わる事になった。MC役の二人が別件で早々に退席した事もあり、集まったVtuber達も三々五々で帰り始める。時刻は午後三時を回った所であり、自身の配信の為に帰宅する者も居れば、この機会に親交を深めようと親睦会という名の飲み会に向かう者も居た。
「あの、Re:BIRTH UNIONの正時廻叉さんですか?」
石楠花ユリアを伴っている事もあり、飲み会の誘いを断った廻叉に声を掛けてきたのはスーツ姿の壮年の男性だった。人の良さそうな表情をしているが、どこか陰のある雰囲気を持つ男性だった。その背後には、若い女性二人が何となくバツの悪そうな顔で立っている。
その二人がラブラビリンスのエリザベート・レリック、淀川夏乃である事に廻叉は直ぐに気が付いた。
「そうですが……」
戸惑いながら廻叉が頷く。ユリアも同様に困惑したような表情を浮かべていた。男性は丁寧に一礼し、名刺を差し出しながら名乗る。
「ラブラビリンスを運営しております株式会社MAZE代表取締役社長、細川智仁と申します。この後お時間がありましたら、彼女の謝罪にお付き合いいただけないでしょうか」
予想外の人物からの、予想外の誘いに二人が絶句する中、エリザベート・レリックと思しき少女が、苦い顔のまま頭を下げ、淀川夏乃が納得のいかなそうな顔をしているのが酷く印象的だった。
※※※
「まず、以前は弊社所属Vtuberであるエリザベート・レリックがご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。彼女の行った……行ってきた行為にも問題がありますが、それも含め我々の監督不行き届きでした。……エリ、君も」
「……すいませんでした」
都内某所、MAZEのオフィスにある会議室へと招かれた二人は正面に座った細川とエリザベートからの謝罪を受けた。細川の運転する車でここまで来たが、その道中はなんとも言えない沈黙に包まれていたのを、ユリアは思い出す。運転席に細川が、助手席に淀川が座り、後部座席に廻叉、ユリア、エリザベートの順で座り、以前の炎上騒動の当事者たる二人に挟まれたユリアからすれば、必要以上に緊張する移動だった。幸い、十数分で到着したものの、それ以上に長く感じる十数分だった。
「私としては、特に気にしてはいません。炎上と呼ばれるような状態に陥ったのは私の舌禍が最大の理由ですし、何よりエリザベートさんのファンを揶揄するような言い方をした私の方に問題がありましたから。その節は大変失礼を致しました」
廻叉も改めて頭を下げる。実際、ユリアから見ても廻叉のやった事は火に油どころか爆薬を放り込むような言動だったと感じていた。何故か御主人候補と呼ばれる廻叉のファン達は『執事の新たな一面……!』という謎の興奮と熱狂に包まれていた。怖かった。
「……ねぇ、社長。私が呼ばれた理由は?」
「今後の事を考えて、だ。Re:BIRTH UNIONさんとラブラビリンスが対立状態にある、という憶測を基にしたデマが一部の『まとめブログ』に出回っている。そしてそれを真に受けた、あるいは真に受けたフリをした者も多数いる。明確に和解、そして良好な関係を築く方向に向かわなければ私達だけでなくRe:BIRTH UNIONさんにも迷惑をかけてしまう。……憶測だけで物を言う連中の厄介さは、夏乃が一番よく知っているだろう?」
「…………」
夏乃からの問いかけに対し、細川は冷静に、或いは諭すように答える。しかし、その答えは夏乃としては納得のいく話ではなかったらしく、憮然とした表情を隠そうともしない。緊張感のある空気に耐えるユリアは自然と視線を廻叉の方へと向ける。
当の廻叉が薄く笑っているのを、彼女は見逃さなかった。
「会社同士の関係性に関しては、我々二人よりも弊社社長である一宮とお話された方がいいかと。Vtuber同士としての交流という点でしたら、私個人は問題ありません。ユリアさんはどうですか?」
「え?あ、はい。私は、その、大丈夫です」
突如話を振られ、狼狽えながらも頷く。実際、ユリア自身はラブラビリンスに対して思う所はない。炎上沙汰が起きた時、彼女はまだデビュー数ヶ月であり、当事者であった廻叉や四谷を心配はしたがそれ以上は何も考えなかった。
「ユリアさんが良しとするならば、恐らく他のメンバーも大丈夫だと思われます。ただ、1期生二人は若干教育によろしくない部分も……」
「廻叉さん……!先輩をそういう言い方するのは、その、例え事実でもダメかと……!」
「ユリアさんも大分遠慮がなくなってきましたね。本人たちの前で言えるようになれば完璧です。兎も角、何度も言う通り私は例の一件に対し、自身の発言を反省する機会になりましたし、エリザベートさんに対しても他意はありません」
平然と言ってのける廻叉に対して、細川は自社所属の二人の様子を伺う。その表情は、企業の社長というよりも、娘を心配する親の表情であった、と廻叉は後に述懐する。
短い謝罪の言葉以降、一切口を開かなかったエリザベートが廻叉の様子を窺うようにしながら一つの質問を投げかけてきたのは、その直後だった。
「……MC備前さんから聞きました。リバユニは『一度死んだ』と思っている人しかいない、って。……それって、本当なんですか?」
「ちょっと、エリ……?」
「……もしよろしければ、お聞きしてもいいでしょうか。勿論、ここでされたお話は口外致しません」
「お父さんまで!」
「……今この場では社長、だよ。夏乃、同業とはいえ他社の方の前だ。そこは、弁えよう」
二人の会話から、どうやら社長令嬢というのは現実と同期した設定である事がわかる。とはいえ、今はそれを口に出すべきではないと廻叉は判断し、触れないまま話を進めることにした。
「かなりボカした形では配信でも言っているので構いませんよ。……私は、かつて舞台俳優として小さな劇団に所属していましたが、その劇団は若干……いや、酷いレベルでモラルとモチベーションが落ち切っていました」
廻叉が過去の話、即ち、前世の話を始めると、エリザベートや細川だけでなく夏乃もこちらへと向き直り話に耳を傾け始める。もっと興味がなさそうに話を聞く姿を想像していた廻叉としては、この時点で少々予想外の展開ではあった。
「中心人物たる俳優が退団して以降、そのような傾向に歯止めが掛からず、そして私自身も『自分は自分の演技をするだけだ』などと嘯いて、見て見ぬふりをしました。結果、その劇団は解散……いえ、崩壊しました。私は自身が表現する場を失い……同時に、私の活動に理解を示してくれていたアルバイト先も、店主の方の引退を切っ掛けに閉店となり、私は社会生活の基盤と、生き甲斐を同時に失いました」
何かを言うべきか迷うエリザベートや夏乃、真顔で耳を傾ける細川に対し、廻叉は自嘲する様な笑みを浮かべてこう言った。
「その時、私は一度死んだのです。お前のやってきた事は間違っていた。役者なんぞ目指したから、こうして人生の袋小路に追い詰められた。そのままお前は飢えて死ね――神様がそう言ったような気がしましたね。実際、Re:BIRTH UNIONという存在に出会うまで、生きる理由を失っていました。自殺したいとは思いませんでしたが、死ねるチャンスがあれば無抵抗に死んでいたでしょうね。演劇も、恩のある職場も失った私に生き続ける理由なんてありませんでしたし」
当時の感情を思い出しているのか、口元は嗤っている形を作ったまま、目に生気が一切浮かんでいない幽鬼の様な表情を正時廻叉は浮かべていた。真横に座るユリアが心配そうに様子を伺い、正面の夏乃は明らかに引いていた。細川はどう言葉をかけて良いか迷っているのか、真剣な顔のままだった。やはり、彼が良心的な人物なのだろう、と廻叉は考える。
そして、エリザベート・レリックの顔には明らかな怯えが浮かんでいた。話の内容以上に、淡々と語る正時廻叉の表情の生気の無さが、本当に死者の顔を見ているようだと彼女は思ってしまった。自分の境遇の不幸さを散々嘆き、逆恨みした自分よりも――深い絶望をこの人は味わったのだと理解してしまった。
まだ高校生であり、社会人生活の事はよく分からない。だが、大人の男性が『生きる理由なんてない』『死ねるなら死んでいた』と語る姿に恐怖を覚えた。
「まぁ、今となっては笑い話です。今は、新しい生き甲斐を見付け、『正時廻叉』という新たな人格として生きていく事を決めました。二回目の死がやってくるまで、私は正時廻叉であり続けるつもりです。……参考になりましたか?」
「……貴方の強さの理由が分かった気がしますよ。リザードテイルさんは、本当に見る目がある」
細川が苦笑いを浮かべながら大きく息を吐く。流石に彼からしても、相当に息の詰まる話だったようではある。
ユリアやエリザベート、夏乃の様な、まだ少女と言える年齢の女性に聞かせる話ではなかった、と思いながらも、三人の表情を見渡しながら言葉を続ける。
「私はユリアさんの事情を知っています。お二人にも事情が何かしらあるというのは薄々気付いては居ますが、詳細までは知りません。私よりはマシだったかもしれませんし、私以上に追い込まれていたかもしれません。とはいえ、不幸は主観でしか計れませんから安易な事は言えないですが……一度踏み越えてしまえば、その経験すら己の血肉です。今の私があるのは、あの死んだように生きていた日々があっての事だと思っています」
※※※
「その、それじゃあ、石楠花さんも、なんですか……?」
「……はい。でも、その……大丈夫ですか?顔色が……」
震えるような声で、エリザベートが尋ねる。ユリアは自分に話が振られるとは思っていなかったのか、驚きながらも、顔色から血の気が失われつつあるエリザベートを気遣った。それは、夏乃からも同様に見えていたようだった。
「そうよ、エリ。……もうやめとこうよ。具合悪くしてまで聞いてどうするのよ」
「……だめ。聞きたい」
「なんで!?」
「わかんない、わかんないけど、聞きたいの……!」
止めようとする夏乃を拒絶するように、エリザベートの視線は真っ直ぐにユリアを射抜いていた。弱さの仮面を被って同情票を集めていた少女の泣き顔とは別の、必死に何かを堪えるような泣き顔のままで。
「……私は、ピアノが好きで、ずっとピアノの練習をしてたんです。でも、高校に入って……それを、自慢だと受け止められたんです。そのまま、私はイジメを受けました」
廻叉に確認を取る事すらせず、ユリアは話し始める。当時の事が、鍵をかけて封じた筈の記憶がフラッシュバックする。俯きながら、必死に言葉を絞り出すユリアの肩を廻叉がそっと手を添える。大丈夫だ、と無言のままに伝えるように。
「ピアノは私の唯一の取り柄で、それが全てでした。それを否定されました。その後は人格も、家族も、そもそもその場に居る事すら否定され、不必要だと思い知らされるような事をたくさんされて……私は、逃げました。引きこもり、というのは石楠花ユリアだけでなく……私、三摺木弓奈の事でもあるんです。私は、高校を中退して、自室から出られなくなりました」
細川は苦虫を噛み潰したような表情で俯く。同じ年代の娘を持つ父親として、廻叉の話以上に感情移入してしまったのかもしれない。それは、エリザベートや夏乃も同様だった。
「部屋で見てたTryTubeでステラ・フリークスさんや、正時廻叉さんを知って……匿名で出した悩み相談に答えて貰って、私は変わる為に一歩踏み出す勇気を貰えました。それまでの私は……本当に心が死んでいたんだと思います。一番近くの家族と、ネットの回線を通した、ずっと遠くの廻叉さんが支えてくれなければ、きっともっと……本当に、腐り落ちるように死んでいたんじゃないか、って思うくらいに……」
先に涙が零れたのは、石楠花ユリアの方だった。両親や兄への、ステラや廻叉を始めとする同僚への感謝と、申し訳なさ。家族、同僚の支えが無かったときの自分を想像する恐怖。今、自分が新しい自分として存在できている事への安堵を自覚してしまうと、自然と涙が零れて来た。
「……私は、生まれ変われてなんて、なかったんだ……」
エリザベート・レリックがユリアと同じように俯いて涙を流しながら呟いた。
会議室からは、生まれ変われた少女と、生まれ変われなかった少女の泣き声だけが暫くの間響いていた。
Re:BIRTH UNIONが転生者ならば、エリザベート・レリックと淀川夏乃はゾンビなのかもしれません。
則雲天歌はなんだかわかりません。特殊な何かである事は確かです。
次回、ラブラビリンスとの決着です。
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