「真剣な話と、これからの話、大事な話」
引っ越しの準備やら仕事やらで、色々と大変ですが、なんとか5の倍数の日に更新できるようにしたいです。
「……初めまして、備前さん。あのラップの曲、何人かで歌ってたの。凄く良かったです」
「ありがとう。メンバーにも伝えておくよ」
「ちょっと、お話したい事があるので……ちょっとあっちの方まで、いいですか?」
「ああ」
初対面にしては警戒心を露わにするエリザベート・レリックの呼びかけに、MC備前は表面上は平然とした顔で応える。内心は随分と変わってしまった顔見知りの姿に、身勝手な罪悪感を感じていた。
尤も、彼女が初対面として最初から最後まで貫き通すならば――過去の負債を一生抱える覚悟もしていた。いい歳した大人が、子供の色恋沙汰と甘く見てサークルが崩壊するまで何も出来なかった、あるいは何もしなかったという事実を一生抱えていく事にする。
「ちょっと、どうしたの?」
ラブラビリンスからのもう一人の参加者、淀川夏乃が訝しむように尋ねる。彼女も随分と若く見える。社長令嬢というのはキャラだけでなく事実なのか、服装などからは品の良さや育ちの良さが感じられた。
「ん、ちょっとラップに興味があるからどんな感じなのか教えて貰おうと思って。次の歌ってみたでやったらみんな驚くと思うから、コッソリ話そうって思っただけ」
「……それならいいけど。えーっと、MC備前さん、ですよね。エリのことお願いします」
「ああ、勿論。通話の連絡先交換とか、日程とかを決めるだけだからすぐに終わるさ」
顔に張り付けた平常心の裏側にある憔悴を見抜かれぬように、初配信の時以上に気を張って答える。丁度そのタイミングで室内に居たVtuber達の挨拶が聞こえた。入ってきたのは、備前と縁の深いRe:BIRTH UNIONの二人と、勢いとテンションの高さに定評のあるオーバーズの名物コンビだった。
全体の注目が廻叉達に集まったタイミングを逃さず、二人は部屋の隅へと移動して久しぶりの会話を始める。連絡先交換をカモフラージュするために、スマートフォンも出しながら。
「……お久しぶりです、備前さん」
「ああ、久しぶりだ。……桃瀬、すまなかった」
「……何がですか」
「あの時、何もしなかった事」
備前の謝罪に、困惑するような表情を浮かべるエリザベート・レリック。彼女からすれば、何を今更という気持ちしかない。同時に、当時同じグループに居たとはいえ、然程深い交流があった訳でもない彼に謝られる筋合いもない。それも分かった上で、備前はハッキリと頭を下げた。普段なら、他人の謝罪は蜜の味と考えるエリザベートであるにも関わらず、彼からの謝罪には心が動かない。ただ、何故という疑問だけが浮かぶ。
「……悪いのは、あの二人です。まぁ、桃瀬まゆが消えてからのグチャグチャ具合は、見てて最高に愉快でしたけど」
「あの二人がどうしようもねぇ奴らだってのは分かる。だからこそ、俺らは全力で桃瀬の事を庇わなきゃいけなかった。特に、あの時とっくに30過ぎのいい大人だった俺が――子供の色恋沙汰だと甘く見てた結果がこれだ。幸い、エリザベート・レリックとして復活してくれたのは嬉しかったよ」
冷笑するエリザベートの表情を複雑そうに見据える備前からすれば、彼女の復活が本当に良い事だったのかは判断できない。判断する立場ではない。ただ、彼女がどんな形であれこの世界にもう一度関わろうとしてくれた事は、VtuberMC備前としては喜ばしい事ではあった。
「……まぁ、本当に今更だ。今更だけど、桃瀬を前にして知らぬ存ぜぬの顔で『初めまして』とか言い出したら、あの二人以上のクソ親父だ。身勝手な謝罪だが、受け入れてくれるとありがたい」
「……備前さんに思う所はないですからいいです。受け入れますし、許します。あの二人は一生許しませんけど。っていうか、30過ぎてたんですか」
「来月で36だ」
備前の年齢に驚くエリザベートの表情に、備前は少しホッとしたような苦笑いを浮かべる。
「まぁ何だかんだで新しい箱で……なんだその、良くも悪くも好きなように出来てて安心したよ」
「……てっきりお説教でも始まるかと思ったんですけど」
「説教されるような事してる自覚はある、って事か?」
バトル慣れ、サイファー慣れしているMC備前からすれば、エリザベートの嫌味や皮肉は可愛い物でしかない。思わず目を逸らしたエリザベートに対し、備前は淡々と持論を述べた。
「正直に言えば、ファンを扇動する……とも違うか。同情させて動かすやり口に思う所がねぇわけじゃないが、な」
「……いいじゃないですか。正影やエレンが無様を晒す様を見て、思ったんです。どうせみんな、上っ面だって。だから私も上っ面をか弱くて庇護欲を誘う少女になって、他の奴らの上っ面を剥いでやろうって思ったんです。私には、その権利が」
「ない。お前が上っ面を被ってる以上は、な」
お前に何が分かる、と叫びそうになるのを堪えてMC備前を睨みつけるエリザベート。部屋の隅とはいえ、衆人環視の状況である事が、ギリギリのところで理性のブレーキを働かせた。
「いいじゃねぇか、悪意だろうがそれが本音で魂から出た言葉なら。こうして戻って来たお前が弱い訳ねぇんだ。俺はお前を買ってるんだよ、エリザベート・レリック。そして今、まるでMCバトルみたいにお前の本心を測ってるんだ。やるなら変な上っ面被せず真っ直ぐやれって思うだけでな。さぁどうする、俺に喰って掛かってくるか?」
「それこそ、さっき備前さんが言った通りの今更です。エリザベートも、夏乃も、もう今更後に引けない。私達に酷い事をしたのは、この世界の人達だ……!私達が、良い目を見たいと思って何が悪いんですか……!」
「今のお前の方が余程良い眼をしてるけどな」
「何なんですか、謝りに来ただけじゃなかったんですか……!」
「謝りに来たし、これ以上誤らないようにする為に来たんだよ。俺が。そしてお前もだ」
誤り、という言葉に苛立ちを隠し切れなくなったエリザベートが舌打ちする。MC備前の目的が分からない。
「今お前が被ってる上っ面、それはいつか必ず剥がされる。そうなる前に、ちょっとずつ自分で剥がしていった方がいい――まぁ干支が三週目に入ったオッサンの個人的な感想だ。そんで、俺はそういう本音剥き出しの奴のが好きでね。マジで一度俺らとMCバトルしてみねぇか。か弱いお嬢様が、大の大人を口先だけで叩き潰せるぞ」
「……ラップなんかやった事ないですし」
「俺が教えるし、あそこの縦横比がおかしい奴も教えられる。しかし、執事さんが細長いせいで物凄ぇ絵面になってるなあの二人」
談笑するダルマリアッチと正時廻叉の方へと視線を向ける。どちらも、バーチャルの姿と生き写しとまでは行かずとも面影は確かに残している。複雑な顔を浮かべるエリザベートに気付くと、MC備前は挑発するように尋ねた。
「関わりたくないか?お前の誘導したファンをバッサリ切って捨てた正時廻叉とは」
「……割に合わないだけです。何なんですか、あの人」
「俺も最近ちゃんと仲良くなったばっかりだからなぁ。間違いなく言えるのは、Re:BIRTH UNIONって所は『一度死んだ』って本気で思ってる奴らの箱だよ。そういう意味じゃ、一度痛い目を見たお前さんや、痛い目にあったらしい社長令嬢さんのいるラブラビリンスとは近いのかもしれねぇな。浮雲は別枠だが。マジでなんなんだアイツは」
「……あの人は例外過ぎるので」
この場に居ない三人目のラブラビリンス所属Vtuber、則雲天歌の明け透け過ぎる本性を知る二人は思わず同時に溜息を溢した。
※※※
正時廻叉と石楠花ユリアの周りには常に誰かが話しかけに来ていた。単純なチャンネル登録者数やSNSフォロワー数であれば過半数が自分達より多い面々ばかりにも関わらず、必要以上に注目を集めているように廻叉は考える。とはいえ、まずは目の前の青い髪の男性からのオファーにどうするかを考えていた。
「基本的にはVtuber集めて……なんというか、いい意味で草野球みたいなノリでやろうってウチの頭が言ってるんですよ。それでその、最近何かと話題のリバユニさんから何人か参加して頂けると嬉しいんすよね……シャッフルチームになるんで、気後れされるとは思うんすけど……つか、俺が今気後れしてるんすけど……」
「でしょうね」
ド派手な見た目をしているがどことなく弱気な態度を見せる青年、バーチャルの世界では真っ黒な戦闘服に身を包んだ凄腕のFPSプレイヤーである。電脳銃撃道場所属、ホークアイキッド。FPSゲーム全般が非常に上手く、特にスナイパーライフルの扱いでは界隈内でも屈指の腕前だが、配信という点では初心者だった。ゲーム画面が映らない、音が無い、そもそも声が小さいなどを視聴者からイジられる反面、戦場での異常な精神力で度肝を抜くなど、18年9月デビュー組の中でも注目株の一人。
「近いうちに、改めてオファーしますので、もし考えておいてくれると助かるっす……そろそろ時間なんで、戻ります」
そう言い残して自分の席へと戻っていく青髪の青年を見送ると、『女子会』から戻って来た石楠花ユリアがよろよろと隣の席へと腰を下ろす。明らかに疲れ切っている姿を見て、苦笑い交じりに尋ねるが、当の本人はどこか満足げではあった。
「お疲れ様。……大丈夫?」
「みなさん、凄くテンションが高くて元気で……」
「まぁ友達が増えたみたいで良かったよ。特に、ピアノ弾きさんと話が弾んでたみたいだけど」
「練習方法だったり、機材のお話だったり……色々お話出来ました。本番でも、ファンの方とこんな風に話したいです」
先程のホークアイキッドとの会話ではないが彼女が気後れしてしまうのではないか、という懸念を持っていた廻叉だったが、杞憂だった様子である。イベント当日を楽しみに出来るだけのモチベーションを持てたのならばそれに越した事は無い。
もう一つの懸念は、やや離れた席に座っているラブラビリンスとの距離感についてだ。かつての炎上沙汰はすでに終息しているが、当の本人と直接話した事はない。MC備前との会話もどういう形だったのか、今の時点では知る由もない。
「まぁなるようにしかなりませんか」
「え?」
「いや、こっちの話だから大丈……」
「お、集まっとるやん」
「いやー、重役出勤ですねぇ私達」
入口からそんな声が響いた瞬間、全員が振り返って立ち上がり一礼する。文化系部活のような空気感だった会場が、突如体育会系の雰囲気になった。そんなVtuber達の姿を見て苦笑しつつも片手を軽く上げて応えるエレメンタル所属の月影オボロ、そして大音量の挨拶に驚いたのか、跳ね上がる猫のようなリアクションを取るオーバーズ所属七星アリア。
今回のイベントのメインMCを務める二人の登場だった。
※※※
「まぁこんだけ集まると壮観やけど、最終日のトークイベント以外は基本的にはそれぞれ事務所や自宅での配信やから、ある意味いつも通りやな。ただ、お客さんの顔を写す為のカメラがあるから、ちゃんと相手の顔見て話さなきゃあかんで」
「スペック的に厳しかったりする人は、以前にも伝えてある通りスマイルムービーさんの用意してくれたスタジオが使えますのでちゃんと申請してくださいねー。飛び込みで来ても使えませんからねー」
スタッフではなく、MCである二人がテンポよく説明を繰り広げていく。それをしっかりと話を聞く者も居れば、目の前に立つ大人気Vtuberの姿に気圧されている者も居た。ふと視線を向けると、ラブラビリンスの二人が真剣な表情で話を聞いている。どちらも若いという事もあり、まるで授業を受ける学生のようだった。
逆方向に目を向けると、オーバーズのフィリップ・ヴァイスが腕を組み真剣な表情で寝ていた。ゆっくりと近付いて来た七星アリアが手に持ったペットボトルを素振りしながら近付いてくるのを確認して、目を逸らした。
恐らく数秒後には、乾いた音が部屋に響くであろうことは予想出来た。
勿論スマイルムービーの社員や、各事務所のスタッフも居るのだが、Vtuberばかりが集まると、本当に退屈しないな、と廻叉はしみじみと思うのだった。
なお、ペットボトルで頭を叩く音は聞こえてこなかったが、ゴスッ、という鈍い音と『ぐぇっ!!」という潰れた悲鳴が聞こえた。どうやらペットボトルのキャップの部分で突くように頭頂部へ叩き込んだ様だった。
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