「仮想世界の皆さんは現実でもフィクションのようでした。 by石楠花ユリア」
気付けばブックマーク数が2000を超えていました。いつもご愛顧いただきありがとうございます。
「初めまして。弓奈さんの同僚で、今回のイベントでの共演者の境正辰です」
「妹がお世話になってます。なんでも、境さんの影響で弓奈がVtuberを志したとか……その、本当にありがとうございます」
「いえ、むしろ私の方が彼女から学ぶ事も多いですし、良い刺激を頂いていますから。弊社の期待のエース候補ですよ」
「いやいや、そんな……!妹からは境さんや、先輩の皆さんがいかに凄いかは何十何百回と聞かされてますから……!むしろ妹が何かご迷惑おかけして無いか心配で心配で」
「お、お兄ちゃん……!そういうのは、その、外でやらないで……!」
石楠花ユリアこと、三摺木弓奈の自宅最寄り駅。事前に宣言した通り迎えに来た正時廻叉こと境正辰と、彼女を駅まで車で送った弓奈の兄が延々と頭を下げ合う様を見て、思わず兄の腕を掴んでやめさせようとした。
「今日は事前説明がメインですし然程遅くはならないと思います。また駅までは私が送りますのでよろしくお願いします」
「そんな、そこまでして頂かなくても。恐らくですけど、遠回りされてますよね?」
「いえ、今日の目的地に行く分には途中下車を一回挟むだけですし、そこまでの負担ではないですから」
申し訳なさそうな弓奈の兄に対し、正辰は何も気にしていないかの様にそう答えた。実際には、若干遠回りになっているのも事実ではあるが、それをここで明かしても三摺木兄妹に気を使わせてしまうだけだと正辰は考えた。
大学生である弓奈の兄は、元俳優である正辰の自然な受け答えから、彼の言っている事はその通りだと解釈して、若干申し訳なさそうにしながらも正辰の申し出を受け入れた。
「それじゃあ、駅に着く前に連絡入れること。俺か父さんか母さんが迎えに行くから」
「うん」
「重ね重ねになりますが、妹をよろしくお願いします」
「勿論です。それじゃ、行きましょうか」
停車していた車が走り出し、交差点を曲がって見えなくなると弓奈は正辰の服の裾を摘み、抗議するように引っ張った。
「……エース候補とか、その、嬉しいですけど、身内に言われるのは、恥ずかしいからやめてほしいです……」
「事実なんだけどな、俺から見ると」
「……本当ですか?」
平然と語る正辰の顔を、訝しむような表情で見上げる。だが動じる事もなく見つめ返す正辰にたじろいだように視線を逸らしてしまう。
「あ、あの……」
「似合ってるよ、その服」
「ぴゃっ……!?」
弓奈の私服は、淡い色合いのプリーツスカートとブラウス、というシンプルな夏服姿だったが、彼女の雰囲気に良く似合っていた。それを素直に伝えた結果、弓奈がフリーズした。どうやら、シンプルな褒め言葉ほど弓奈には効果的であると正辰は確信した。
一方の正辰は青のオープンカラーシャツと黒のデニムパンツという弓奈に負けず劣らずなシンプルな格好だった。Tシャツだけで行く事も考えたが、多少は執事っぽい方が良いという考えから、シャツコーデに切り替えた。
「それじゃ、行こうか。あんまり外に立ってると暑いしね」
「ま、正辰さんも、似合ってます……!」
「うん、ありがとう」
反撃のつもりで放った褒め言葉をさらりと受け止められ、観念したように弓奈は正辰の背を追うように駅へと向かった。
***
スマイルムービー本社の存在するビルは、都心らしい高層ビルの中層階にあった。『本社』と名の付いたイベントスペース兼オフィシャルショップの方が有名ではあるが、そちらに本社機能は存在しない。ライブ配信用のスタジオがあり、スマイルムービーを拠点に活動している配信者や歌い手、踊り手らのイベント、あるいはアニメ・ゲーム等のコラボ公式配信が行われる場所として有名だ。一方、スマイルムービー運営の不手際があった際にMAD動画で爆破炎上される為の的としても有名である。近年ではオチに困った動画作成者が手軽な爆発オチに使える場所として重宝されている。『本社』の一階に必要以上の消火器や防火バケツが常設されているのは、そんなミームを逆手に取った運営の茶目っ気の現れだ。
「あの、ここで、いいんですよね?」
「正直場違い感は凄いけど……ここであってる。ほら、ここに株式会社スマイルムービー.coってある」
「いっそスーツとかで来た方がよかったでしょうか……」
「それだと最終的に浮く気がする。まぁ呼ばれてきてるんだから、問題ないさ」
ずっとそわそわとしている弓奈を引き連れ、エレベーターホールへと正辰が進む。幸い、このタイミングでエレベーターを使うのは自分達だけらしい。日曜日という事もあり、他階層の企業は総じて休業日の様だった。数分ほど待った後に一階へと降りて来たエレベーターへと乗り込み、スマイルムービー本社……ではなく、説明会の行われる会議室のある八階のボタンを押し、扉が閉じようとした瞬間、より場違いな叫び声が飛んできた。
「そのエレベーター待ったああああ!!」
「乗せてくださあああああい!!」
弓奈が身を強張らせ、正辰も反射的にドアを開けるボタンを押しながらも弓奈を自分の背に隠す。ドタドタと足音を立てながら駆け込んできた二人の青年が、息も絶え絶えに礼を言う。
「あ、あざっす……!すいません、八階お願いしやす……!」
「お前ざけんなよ、エレベーター何基あったと思ってんだよ……!!待てば良かったじゃねぇか……!」
「いや、お前だろうがよ『やべぇ閉まっちまうぞ』とか言ったの……!そりゃ、俺なら走るだろうよ……!!」
息切れしたまま小声で罵り合う二人に弓奈は完全にドン引きしていたが、正辰だけはその声に聞き覚えがあった。更には自分達と同じ八階という事も、ある種の確信を持つ大きな要素となった。
「……もし心当たりが無ければ何も聞かなかった事にして頂きたいのですが」
「あい…?」
「え、あ、はい」
「センブリ茶は美味しかったですか?」
「……いや、普通に苦かったな」
金髪に染めた青年が普通に思い出すように答える。
「いやなんでそれを……ってか、その感じの無感情ボイス、まさか……?」
数ヶ月前に配信で行った罰ゲーム配信の事を尋ねられた事を疑問に思い、更にはその質問してきた相手の声色から察したのは、黒髪をワックスで逆立てるように纏めた青年だった。
「こちらの世界では初めまして。Re:BIRTH UNIONの正時廻叉です。後ろにいるのは、私の後輩の石楠花ユリアさんです。……そろそろ八階ですし、立ちませんか?フィリップ・ヴァイスさん、秤京吾さん」
「……あ、ども」
「……なんかその、すいません」
「は、初めまして……?」
***
会議室の中は、既に十名以上の男女が居た。指定の席に腰を下ろして先に配られていた資料に目を通している者も居れば、何人かで集まり飲み物片手に雑談に興じている者も居た。廻叉達がドアを開けると、視線が一斉にこちらへと向かう。
「「「おはようございまーす!」」」
「おはざーっす!オーバーズ、秤京吾っす!」
「あ、おはざっす。フィリップです」
「おはようございます。よろしくお願いします。Re:BIRTH UNION、正時廻叉です」
誰からという事もなく、自然発生的に挨拶が飛び交う明るい空気感にユリアが気圧されている間に、オーバーズの二人と廻叉が平然と挨拶をする。ユリアと同じく廻叉もこういう場は初めてではあったが、真っ先に反応した秤京吾がVtuberとしての名前を名乗った事に便乗する形でVtuber名を名乗る。なお、フィリップも同じく便乗だった。
「おお、あの人が執事さん……!」
「オーバーズの二人もなんかイメージ通りって感じ……!」
「ってことは、あの清楚系美少女がユリアちゃん?!わ、シャロちゃんの言った通りだった……!」
オーバーズ、そしてRe:BIRTH UNIONという企業名を名乗った事で何人かが驚きと好奇心に満ちた反応を返す。緊張と驚きでユリアが目を白黒させながら改めて見渡すと、本当に様々な人が居た。キャリアウーマン、という雰囲気のスーツ姿の女性も居れば、青色に髪を染めて唇にピアスを開けている男性もいる。恰幅の良い体格にサングラスを掛けた、一見すると怖そうな男性も居た。そして、その誰もがVtuberだという事が、上手く飲み込めずにいた。
「ほら、ユリアさん」
廻叉に促され、ようやく自分がまだ挨拶も何もしていない事に気付く。普段、何百人と居る前でピアノ演奏や雑談をしているにも関わらず、目の前の十数人の方が何百倍も緊張する。思考のリセットと、視線から逃げるという二つの理由で、ユリアは大きくゆっくりと一礼する。
「あの、Re:BIRTH UNION所属の、石楠花ユリアです……!初めまして、よろしくお願いします……!」
頭を上げ、意を決した様に所属企業とVtuberとしての名を名乗ると、盛大な拍手と同時にこちらに駆け寄る何人かの女性の姿が目に入った。
「わー!ユリアちゃんだ!本物だー!あ、私、にゅーろねっとわーくの北条フィーネ!シャロちゃんの同期!ずーっとお話したいって思ってたんだ!」
「あの、あの、初めまして、個人勢のピアノ弾きエトピリカって言います……!あのカバー曲、本当に最高でした……!」
「わ、リバユニさんだ。オーバーズのエキドナ・エレンシアです。1809組共々、四谷くんにはいつもお世話に……じゃなくて、私もユリアさんのピアノのファンで……」
「え、あ、わ、かい廻叉さん……!」
「おいエキドナさんや。直の先輩より先になんでそっち行くのかね」
「そうだ!確かに俺らのヒエラルキーはオーバーズ内の理論上の下限値とか言われてるけど、一応先輩だぞ!」
いつの間にやら業界内のファンが多数増えていたユリアがファンからの挨拶攻勢に呑まれ、オーバーズの男性陣が自分達を無視した後輩へと抗議の声を上げる。Re:BIRTH UNION、そしてオーバーズ男性陣の登場で場の空気が更に賑やかさ……或いは騒がしさを増す中で、対処できずにいたユリアが廻叉に助けを求めて振り向くが、廻叉の視線はこちらには向いていなかった。
「よーっす、執事さん。龍真元気かい?あ、俺がMC、ダルマリアッチだぜ」
「いつもコメントで盛り上げて下さってありがとうございます。龍真さんなら今日は朝からパチスロですよ。夜に結果発表&酒盛り配信をするらしいです。結果によってお酒やおつまみのグレードが上がったり下がったりするとの事で」
「マジかよ、龍真に『俺も打ちてぇし呑みてぇから次やる時は誘え』って伝えとくわ。ってか執事さんなんでDAP対応出来んのよ」
「経験がない訳ではありませんから」
「やっぱ執事さんパネぇな……!」
縦にも横にも大柄なサングラスの男性、個人勢にしてラッパーのダルマリアッチと廻叉がストリート文化でやスポーツでよく見かける手を何度も打ち付け合う握手、DAPをしながら談笑していた。ノリで仕掛けたらキッチリ対応された事にダルマリアッチが驚愕していたが、劇団時代にストリートギャングの役をやった際に憶えていたというだけである。
「ね、こっちでお話しよ!女子会女子会!Vtuber女子会!」
「あの、皆さん凄く優しいですし、ユリアさんさえよければ是非……!」
「そ、それじゃあ、その、いいですか?」
「勿論いいですわよ」
「そうわよそうわよ」
「先輩にこういう事言うの本当に本当に恐縮なんですけど、何しれっと雑お嬢様口調で混ざろうとしてんだ空気読めよ」
「あの、廻叉さん!私、その、お話してきます!」
「ええ、楽しんできてください」
ユリアが新たな交友関係を作ろうとしているのを快く見送る廻叉の笑みに、女性陣がおおー、という謎の感嘆の声を上げる。視線を少し下げると、直属の後輩であるエキドナ・エレンシアに冷たくあしらわれた京吾とフィリップが精神的ダメージで蹲っていたが、恐らく秒で回復すると予想出来たので見なかった事にした。
まだ開始まで一時間近くあるが、人が増える度に挨拶と歓迎の声が部屋に響き渡る。そんな喧騒の中、どこかシリアスな、或いは剣呑な空気を感じさせる一角があるのを、廻叉は目にする。その視線がどこに向かっているかに気付いたダルマリアッチが小声でその理由を教えた。
「……備前がちょっとな。ちゃんと話さなきゃいけねぇっつって、あのお嬢さんとずーっと話してんだよ。流石に立ち入れなくてなー。執事さん来てくれてよかったわ、マジで」
「……あちらの女性は」
「若いよなー。ユリアのお嬢ちゃんより年下なんじゃねぇかな。ラブラビのエリザベートってお嬢ちゃん――あ、そういえば執事さんとも一件あったんだっけか、あの子」
「……ええ。今日お会いできたなら私も話すべきだな、と考えていたのですが」
イメージ通りのストリートファッションに身を包んだMC備前と、学校の制服風の格好をしたエリザベート・レリックが、会議室の隅の目立たない場所で、お互いに真剣な表情で話し合っていた。
恐らくは、MC備前と、桃瀬まゆとして。
Vtuberがリアルで複数集まるという明るい混沌を書けて満足。なお備前さんは現在進行形で過去と向き合っています。
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