「ちょっと考えれば分かりそうな事」
実際のイベントがどのような形で行われているか分からなかった為、作中ではこのような形になります。
実際に出掛けるなり、Vtuberの方にお話を聞くなど取材に行くべきなんでしょうが、御時世的にイベントごと自体が減っている上に、プライバシーに関わる可能性もあるので難しそうです。
なので、あくまで作中世界では大まかにこのような形で行われてる、という風に解釈して頂けると幸いです。
「あ、直接会場に出向くわけじゃないんですね」
「いや、そりゃそうだよ。リアイベだからって参加するVtuber全員会場に連れて行ったらどんだけパソコンやら何やら用意しなきゃいけないと思う?」
「あの、私も同じような勘違いしてたので……大丈夫です、大丈夫ですよ……!」
自身の勘違いをステラに正され、廻叉は何とも言えない表情で固まった。
ユリアのフォローが、胸に刺さる。
ゴールデンウィークに予定されたイベントについて、改めて予習しようという理由でステラ、ユリア、廻叉の三人が通話を繋げて昨年の様子や実際の自分達の動き等を確認していた所、何気なく呟いた一言にステラから思い切りツッコミを入れられた所であった。
「しかしこれだけの人数のVtuberの機材を用意するのも大変でしょうね」
「……え?何を言っているんだい、廻くん」
曰く、ファンミーティングはリモートで行うので企業運営のVtuberはそれぞれ企業のスタジオでファンとの通話を行う。専用のスタジオ等がない企業や個人運営のVtuberはスマイルムービーのスタジオを使用する、との事だった。
「去年は人数が少なかったから現地にスタジオを簡易的なものを作って出来たけど、今年は業界の規模が拡大したこともあるし、同じ形では出来ないっていう判断だったみたいだね。まぁ廻くんの勘違いも仕方ないさ」
「配信中でなくて良かったです、本当に」
「でも、最終日のステージトーク……これは、現地じゃなきゃできないですよね……」
それぞれが持っている企画書を確認しながら、話を進める。今回のイベント自体は三日間あり、初日と二日目がファンミーティング、最終日には参加Vtuber達によるトークライブとなっていた。
「これは、流石にね。最終日だけは会場のスタジオを使ってMCとトークって形になるね。リモートだとラグが出たりするからね」
「なるほど……」
「MCは……月影オボロさんと七星アリアさんですか。運営の『最悪喋れなくても絶対にトークを回す』という心意気が垣間見えますね」
「本来はアポロとアリアだったらしいけど、これだと本当に二人だけで延々喋ってゲスト放ったらかし、という可能性があったからオボロになったらしい。アポロが愚痴ってたよ」
ステラが苦笑いを浮かべるが、廻叉としては納得のいく理由だった。直接的な絡みはなくとも、昨年末のフェスでの様子を見れば、あの二人だけでトークライブをすればさぞ盛り上がるだろうと言うのは予想ができる。しかし、ゲストを迎えてのトークとなるとまた話は別だろうというのも想像が付く。その辺のバランスを見た上で月影オボロが選ばれたのだろう。
「まぁあの二人は聞き上手でもあるからね。アリアが多少暴走してもオボロがなんとかするだろう。最終的には物理で」
「物理」
「彼女、何故か総合格闘技を習ってるらしいからね」
「総合」
「ボクササイズと同じようなものって言ってたけど、本格的にハマってしまったみたいでね。きっとアリアの暴走を止めてくれるだろうさ。RNCで」
「あの……RNCって何ですか……?」
「リア・ネイキッド・チョークの略だね。いわゆる、裸絞めって奴だね」
「もしそれが実現した場合、放送事故どころか放送事件では」
国内トップクラスのVtuberが、3Dモデルで絞め落とされる姿を会場とお茶の間にお届けする可能性を想像した。恐らく会場は大盛り上がりになるか、ドン引きするかの二択であろうことは間違いない。
「まあ、二人とも最低限の常識と良識が働くと信じて頑張ってきてくれ。事前打ち合わせやリハーサルで顔を合わせるだろうし」
「……あの、廻叉、さん?」
「ユリアさん?」
日程にそれらが書いてある事を既に把握していた廻叉は特に反応しなかったが、何故かユリアが狼狽えた。訝しむ様に廻叉が呼び掛けると、お願いと呼ぶにはあまりに悲壮感に満ちた言葉が返ってきた。
「……廻叉、さん……会場入り、一緒に来てもらって、良いですか……?その、リバユニ以外の方とオフで会ったことあるの、シャロちゃんだけで、それもスタジオまで来てもらっただけで……」
「自分一人でたくさんVtuberがいる所に行くのは怖い、と」
「…………はい」
これもこれで、ちょっと考えれば分かりそうな事だった。石楠花ユリアとして活動が順調であり、三摺木弓奈としても成長したと言っても、彼女のキャリアはまだ一年に満たない。外部コラボも片手で数え切れる程度しか行っていない。
そんな彼女が、見知らぬVtuber、それも現実世界の姿で会う事に尻込みしてしまうのも無理のない話だった。
「分かりました。当日は迎えに行きます。本番当日と現地リハーサルはともかく、打ち合わせは都内ですし公共交通機関で向かうことになりそうですが、最寄り駅まで迎えに行きますよ」
「うん、まあ廻くんと一緒の方がユリちゃんも安心するだろうしね」
「ありがとうございます……!」
「あんまりイチャつかない様にね?手を繋いで現地入りとかしたら、あっという間に噂の元だよ?」
「さ、流石にそこまでしません……!」
どうかなー、とニヤニヤしているのが通話越しにも分かるステラの言葉にユリアは慌てふためく。一方の廻叉はスマートフォンで当日の予定を考え始めていた。
※※※
「という訳で、ステラさんとユリアさんの前で大恥を掻きまして」
「草」
《草》
《草》
《意外な一面》
《まぁ知らなきゃしゃーない》
その日の夜、ほぼ二週間に一度ペースで行われる廻叉&龍真の無軌道ラジオで昼間の出来事を端的に説明した所、先輩である龍真に漢字一文字で処理される羽目になっていた。当然リスナーからも草を大量に生やされ、薄らと憮然とした表情を浮かべるも、2Dモデルに反映される事はなかった。
「まぁなんだ。しっかり顔売って来いよ。お前とお嬢が一番初見に取っつきやすい二人なんだから」
「おや、四谷さんではなく?」
「アイツは文脈に沿った形で唐突なホラーブチ込んでくる悪癖があるからなぁ」
《それはわかる》
《属性として明確なのは強みよな。執事と令嬢》
《四谷は狭い範囲に深々と刺さるタイプだもんな》
《草》
《リバユニブース行くぞー。待ってろよ執事&お嬢》
「四谷さんがスケジュールNGだったのが惜しかったですね。来てくれた皆様を恐怖のどん底に陥れて見送るファンミーティングというのもそれはそれで話題になったかもしれませんが」
「完全に悪い意味での話題だけどな」
「それよりも龍真さんと白羽さんは良かったのですか?キンメさんも先にスケジュールNGが出てたとはいえ、お二人は日程としては問題なかった筈ですが」
廻叉が話題の矛先を龍真へと向けると、考えをまとめる様に少し唸ってからこう答える。
「んー、白羽も白羽でファンと直接交流を取る事にそこまで熱心じゃねぇしなぁ。俺はちょっと前に身バレ騒動あったばかりだし、一旦引いておくかー的な?」
「確かに、遺影で顔バレしたのもつい先日の事ですからね」
「俺がバレてんのは仕方ねぇけど、そこで『龍真と一緒にいるって事はあいつもVtuberか!』みたいな?芋蔓式に顔バレ身バレが起こったら申し訳ねぇもん。トークショーだけ出演NGってやれば出来たかもしれねぇけど、それはそれでなんかアレだろ?もしかしたら、俺とオボロさんやアリアさんと話すとこ見たいっていう奇特なのが居るかもしれねぇのに」
「奇特は流石に言い方に問題がある気がしますが」
《あー、そういう事なら仕方ない》
《ビート持ち込んで龍真にバトル仕掛けたかった》
《草》
《奇特て》
《絶妙に否定しにくいのがなんとも》
《他の箱のファンから見るとリバユニファンって相当特殊らしいけどな》
凡そ奇特であることを認めるコメントの数々に、龍真は爆笑し廻叉は何とも言えない表情で固まる。確かに自分達がVtuberの本道からは若干外れた存在であることは認めるところではあったが、ファンも同様の認識であるとは思っていなかった。尤も、『龍真&廻叉の無軌道ラジオ』という極めて客層を選ぶ番組のリスナーである事を鑑みればその割合が高くなるのも必然ではあったが。
「まぁ俺らもリスナーのお前らも頭のおかしい事を誇らしいなんて思っちゃダメだからな?可能な限り擬態しろ。さも『僕達私達は普通のVtuberファンです』みたいな顔を外ではしとけ。その分、俺や廻叉の配信で本性剥き出しにしていけばいい」
「しれっと私の配信を巻き込まないでいただけると助かるのですが」
「いや、だってお前のとこのリスナーさぁ……極端なマゾか極端なサドしか居ねぇじゃん」
《こんな注意喚起受ける日が来るとは思わなんだ》
《身内ノリは外に出すなってのは、どこの界隈でも言われる事ではあるが》
《ういーっす了解でーっす》
《巻き込まれる執事草》
《極端なマゾか極端なサドwwww》
《やべぇ心当たりがある》
《執事に詰られたい奴と執事を追い詰めて感情発露させたいの二択になってる自覚はある》
《初見さんも一週間で染まるからな。むしろより濃度が高まる傾向にある》
《朱に交われば朱くなる?》
《むしろ『青は藍より出でて藍より青し』じゃね?》
《うーむ、第四の魔境になりかねんな》
龍真の指摘にコメント欄は一様に騒然となる。理由は単純で、図星を付かれた廻叉のリスナーが慌て始めたからに他ならない。実際に彼のファン層は最終的に二極化していた。
一方は、無感情な執事である正時廻叉に冷淡冷酷さを向けて貰う事に血道を上げる者達だった。基本的には大人しくしておきながら、廻叉の見せた僅かな隙を見逃さず『わざと調子に乗る』事で冷たい視線や呆れた声を出させ、やや手厳しいと評判の注意喚起を貰う事で興奮を覚える者達。
もう一方は、正時廻叉という存在が演技ではないタイミングで垣間見せる僅かな感情をより引き出すために彼を極限の環境に追い込もうとするリスナー集団である。比率で言えば少数派に属する彼らではあるが、チャット欄やコメント欄に残すフレーズが強烈な事もあって一部で話題になっている。最近、彼らの発言をまとめた切り抜き動画が5万再生を突破していた。その切り抜き動画でピックアップされた、
『ほら、もっと頑張って煽らないと執事の怒りの感情が見えないだろ!そんなだらしねぇ対立煽りじゃ意味ねぇだろうが!まぁ一段落終わったら報告とブロックするけど!』
『もっと女性Vと絡んでくれよ……!お前のまだ見せてない一面を見せてくれよ……!!お前がガチ恋してる所が見てぇんだよぉぉぉぉ!!!この際愛の有無は問わぬ!!!』
『執事が怒るとこは見たいけど、俺が怒られるのは嫌だから荒らしが来るとちょっとテンション上がるよね』
……と言った、清々しいまでに自分本位なコメントが他のVtuberファンの間で『面白いけど関わり合いになりたくない、可能な限り遠巻きにしておきたいリスナー』という評価を確固たるものにした。なお、この動画に正時廻叉は自らコメントを残している。
【彼らは私の目の届く範囲で暴れているので、ご安心ください。曰く、私の見てない所でやっても意味がないとの事です。理解は出来ませんが、納得はしました】
そのコメントは切り抜き動画の作成者によって固定され、数多くの高評価とごく普通の御主人候補やVtuberファンからの労いと慰めの返信に溢れていた。
「……色々とノーコメントでお願い致します」
「お、おう。まぁなんだ、そういう奴らもファンミーティングに出てくるかもしれねぇけど気を付けろよ?」
「少なくともユリアさんにお見せ出来ないようなハシャぎ方はしないでください、と今のうちに釘を刺しておきます」
「むしろお嬢のファンって落ち着いてるんだよな……一般的に女性Vのファンの方が過激化しやすいて言われてんのにな」
《随分と間があったなw》
《お嬢の前で恥ずかしい所見せられるかよ……》
《執事ソロだったらもう全開だったからな。ユリア嬢は俺らの楔》
《お嬢のファンって穏やかだけど、いざお嬢に危害が加わりそうになったら無言で懐からチャカ取り出すイメージ》
「それはユリアさんの人柄でしょうね。御主人候補の皆様は割と度し難い部分もありますが、ある意味正時廻叉という存在を最も楽しんでいらっしゃる皆様ですから」
「おおう、いい感じにまとめたな。んじゃ、そろそろいい時間だし配信終わるかー」
「はい。次回は恐らくスマイルムービー様主催のイベント終了後になると思われます。それでは、皆様おやすみなさいませ」
なお、この配信を視聴していたユリアから何故か心配するようなメッセージが廻叉へと送られ、お互いに分かった上でふざけ合っているコントのようなものであると廻叉が説明する羽目になるのだが、それはまた別の話であった。
着々と魔窟化する執事のコメント欄。お嬢のコメント欄は基本的には穏やかですが、荒らしが訪れた瞬間に全員が無言で銃を取り出してハチの巣(違反報告からのブロック)にします。一番怖いまであります。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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