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「怪物になった少女、人間になりたい少年」

暑いですね。先日、朝起きたと同時に立ち眩みを起こしました。休日で良かった。

寝る前の水分補給、マジで大事です。あとアイスコーヒーは水分じゃないって前にお医者様から怒られたのを思い出しました。

『桃瀬は自分でイラストも描けて、それを2Dアバターに落とし込む技術も地力で習得した天才って言われててな。でも、人柄は元気がよくて明るい、本当に普通の女の子だったよ。ゲームコラボだとむしろ先頭切って皆を引っ張っていくリーダータイプ。俺は別の奴に誘われて“バーチャル遊ぼう会”に参加したけど、間違いなく中心人物はあの子だった』


 MC備前の語る桃瀬まゆ像と、自分の知っているエリザベート・レリック像が上手く重ならず、廻叉は相槌一つ打つ事も出来ず彼の話に聞き入っていた。とはいえ、彼女の泣き声が演技だと看破した廻叉からしてみれば、あれくらいキャラを変えて配信を行い、尚且つ前世が露見していないという事実から、実際に彼女には配信者としての才能を持ち合わせている事は間違いない。


『正影と付き合うみたいな流れになって、その直後だよ。俺がオフ会であの子に会ったのは。あの子は正影にピッタリ付いてたし、邪魔するのも悪いかと思ってその時は挨拶とちょっとした会話しかしてなかったんだけどな……素の笑い方が、今のエリザベート・レリックそっくりだったよ。配信上では大袈裟に笑う子だったから、随分控えめな笑い方するんだなーって思ったのをよく覚えてる』

「……あまり話されなかったんですか?」


 則雲天歌については会話の詳細まで語っていたにも関わらず、桃瀬まゆについての情報が少ない事に違和感を覚えた廻叉が尋ねると、備前は少し逡巡し、その理由を話した。


『話せなかったんだよ。正影と一緒に居たってのもあるし、何より夜の飲み会の前には帰っちまったからな』

「交通機関の事情、とかですか?」

『いや、シンプルに門限……というか、その時間まで桃瀬連れ回してたら――大問題になる』

「……まさか」


 門限、そして連れ回しているだけで問題になる、という二点から廻叉はその理由に思い至る。


 そして、その答えは予想通りだった。



『うん。桃瀬は当時中三の15歳だ。今は高校生なんじゃねぇかな……ちゃんと学校行ってれば。ちなみに正影が当時高校二年、郷田が21の女子大生……桃源郷心中ってな。本命の年齢が理由で手を出せなかった正影が、年上の女の誘惑に秒で負けたのが原因で起きた事件なんだよ』




※※※




「ねぇ、今日帰りにどっか寄らない?ほら、最初のスクーリングの後だし、親睦を兼ねて、みたいな感じでさ!」

「……ごめんなさい、今日、予定があるんです」

「そっかー。うん、それなら仕方ないか。でも、気が向いたらいつでも言ってよ。年齢も性別も境遇もバラバラだけど、どうせなら仲良くやりたいからさ……えーっと、百田(ももた)アユミさん、だよね。年齢だけ聞いていい?アルコール飲める年齢の人も居るから、一応みんなに聞いてるんだけど」

「……はい、百田です。15歳、です」

「よかった、いきなり名前間違えてたら失礼すぎるもんね。で、そっちの君は?」

「あ、俺は15です。名前は葉月玲一(はづきれいいち)っていいます。……俺も、今日病院寄らなきゃいけなくて。すいません」


 とある通信制高校。スクーリングと呼ばれる登校日に、年齢も性別もバラバラな生徒が懇親会の計画を立てる中、その誘いを固辞する少女と少年の姿に、彼女たちより少し年上に見える少女は残念そうに肩を落としたが、すぐに表情を切り替えて。


「うーん、若い子と交流深めたかったけど仕方あるまい!また今度ね!」

「……はい」

「はい、今度は是非俺らも行きますから」


 勝手に自分まで参加することを約束する男子生徒を、少女は不意に睨みつけるが、彼は動じない。そうこうしている内に、年上の同級生は人の集まっている机の方へと向かって行ってしまった。


「……ねえ。なんで、勝手に私を巻き込んだの。私、出る気ないんだけど」

「え?通信制だからって3年ボッチは辛くない?」

「別に辛くない。それに、私は仕事があるから通信制を選んだの。遊んでる暇があったら、仕事したい」

「おお凄い……!同い年で既にちゃんと仕事してるのか……」


 本気で感心するように大仰に頷く葉月と名乗った少年に、アユミはわざとらしく舌打ちをした。


 百田アユミ、ラブラビリンス所属Vtuber『エリザベート・レリック』の正体であり、かつて個人運営Vtuber『桃瀬まゆ』として活動していた少女。

 高校入試の直前に、『桃源郷心中』と呼ばれる事件によってその命運を断たれながら、その才能を惜しんだラブラビリンス運営、および淀川夏乃のスカウトによって生まれ変わった少女である。


「それと。あんまり馴れ馴れしくしないで。そうやって気軽に近付いてくる男の人、信用できないから」

「わぁ刺々しい。まー、陰口叩かれるより百倍良いけどね。『受験トバして、あいつ社会的に死んだな』とか同級生が言ってるの聞いた時の衝撃に比べたら全然いいや。いやー、病気で死にそうなのに自殺しそうになったよね、流石に」

「……とにかく。私、急いでるから」


 彼女は既に人間不信を大いに拗らせている。高校生になったらちゃんと付き合おう、と言ってくれた源正影は、郷田エレンという後から現れた女と関係を持っていた。事が露見したあと、正影とエレンは私の事はそっちのけで罵り合い、自身のファンを用いて互いを攻撃することに終始し、最終的には二人とも電脳の世界から姿を消した。桃瀬まゆは、その事実が判明した直後にすべての活動へのモチベーションを失い、何も残さずに消えた。


 エリザベート・レリックとなった今になって、あの時の出来事によって、自分は変わったと自覚する。証拠として押さえて置いた方がいい、と言われてスクリーンショットに収めた正影とエレンの最後の謝罪文。


 あんなにカッコよく思っていた正影がみっともない言い訳に終始する様は、余裕綽々だったエレンがヒステリックなお気持ち表明文を書き散らかす様を見て、彼女は嗤った。


 ――ざまぁみやがれ。


 暗い感情である自覚はある。だが、それ以上の――絶頂にも似た快楽を覚える程の、愉悦。


 上っ面を剥ぎ取り、人間の本性を暴く快感が少女を怪物へと変えた。


 そして、彼女は――エリザベート・レリックは、己を弱さで覆い隠し、そんな姿に騙された視聴者を誘導して攻撃させる事で、その衝動を満たす。自身は弱者の立場で、薄っぺらな称賛と慰めで、薄っぺらな優越感を得る事が出来る。どうせ、Vtuberだろうとなんだろうと、一度火がついてしまえば誰もが同じだ。私も同じだ。


 どうせ、どいつもこいつも――薄汚い。


 だからこそ、例の言い返してきた執事に関しては腹が立って直接攻撃を目論んだ。元々攻撃するつもりはなかったが、視聴者が勝手に特定してやり始めた事だ。文句を言われる事もあるが、どうせ私には制御する能力などないし、私もみんなも大好きな上っ面の謝罪で済んできた。だが、初めて真正面から中指を立ててくる相手が現れた。


『そちらのエリザさんという方にお伝え願えますか?私はそこまで上手くないので、貴女のファンが望むような八百長は出来ません、と』


 今思い出しても腹立たしい。自分自身が煽られた事でも、ファンを馬鹿にされた事でもなく、その瞬間から今に至るまであの仮面の男が小揺るぎもしなかった事が腹立たしい。だって、そんな風な姿を見せられてしまったら、私が、惨めだ。


――揺らいで、怖がって、焦って、嘆いて、壊れた私はなんなんだ――


 そういうのじゃないんだ、私が見たいのは。本物なんていらない。みんな偽物であればいい。上辺だけの偽物の見世物だ。Vtuberなんてそんなものだ。そういう風に考えなければ、丹念に上塗りしてきた弱さの意味が持てなかった。


「……あー。初対面の俺が聞くのもアレだけどさ。仕事楽しい?」

「なんでそんな事聞くの。っていうか、着いてこないで」

「しょーがないじゃん、最寄り駅一つしかないんだから。で、聞いた理由は楽しそうに見えないから。ここで唐突な自分語り始めるんだけど、俺昔から病気がちで去年の年末から年始にかけてガチで死にかけるレベルで病状悪化してねー。まぁ受験シーズンだけど、それどころじゃなくなって結局受験出来ずに通信制に入学したわけだけどさ。お蔭で、ある程度回復した今は人生楽しみたくて仕方ないワケよ。もしかしたら、無かった筈の今日だもんよ」

「…………」

「で、まぁ俺には姉が居るんだけど、その姉が言ったワケよ。俺が元気に生きている事が大事だって。だから、まぁ元気に楽しく生きて行こうという心構えで人生エンジョイの真っ最中なワケだ。で、そんな俺からしてみると百田さんが楽しくなさそうだったから。どうも初期好感度は底値みたいだし、ならお節介して好感度下がっても別にええやん?そういうのも素敵やんくらいの気持ちで聞いた」

「……病弱な割に、良く喋る」

「血筋だね、間違いなく。まぁ、なんだ。死んだと思ったら生きてて、もう一回人間になりたいゾンビみたいなもんだからさ、俺。やりたいこともまだちゃんと見つかってないし。というワケで、勤労と学業を同時にこなしてる百田さんを参考にしたいなーって待って待って。無視は酷くなーい?」


 一方的に延々と喋り続ける葉月に心底から面倒くさそうな表情を浮かべ、足早に駅へと向かう。相手の境遇も大概重たいようだが、だからと言って相手の言う事を聞いてやる義理などない。所詮、スクーリングでしか会わない相手だ。


 どうせ、こいつだって薄皮一枚剥がせば、正影やエレンと同じだ――。


 それ以降も延々と話しかける葉月玲一を無視し続けて、百田アユミは自身の居場所であるラブラビリンス事務所へと向かった。結局、葉月は自身が降りる駅まで話しかけ続けたが、彼女が彼に返事をする事は無かった。




※※※




【Vtuber全体の流れを後方腕組有識者面で俯瞰するスレ】より抜粋


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今年デビューしたのにめぼしいの居たかね


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去年が豊作だったからなぁ


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個人勢だとガッツリ漫才コンビとして売り出してきてるのが居たな

黄金郷エイリアンってコンビ

見た目がグレイとタコ足火星人


漫才としてはなんかこう、ふつう


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その見た目で普通は逆におもろいまである


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オーバーズの新人は?年始にいきなり入って来たけど


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L.O.Pが濃すぎたからなぁ

まぁその内壊れるだろ(信頼)


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そろそろ主人公の系譜が産まれてくれると俺らがエモで死ねるんだがなあ


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初代主人公がアメリカへ渡るというお手本の様な第一部完


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作麼生(そもさん)、最近Vにハマったんだが主人公の系譜とはなんぞや


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>>629

説破(せっぱ)、主人公の系譜とはVtuber界隈に置いて意図せずメインストリームに乗ったり、エモーショナルな展開に恵まれるVtuberのこと也

少数派であった男性Vtuberから生まれる事が多く、俺達みたいなファンが勝手に呼び始めた通称であり公的な何かは一切ないもの也


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そもさん、せっぱがすぐ伝わる無駄に教養溢れる後方腕組スレ


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ちなみに初代が志熊。二代目が紅スザク。三代目はまだ現れない。


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去年は結局、スザク以上の主人公属性は居なかったもんな

リバユニが伸びたけど、あそこ主人公というか謎のトリックスター集団って感じだしな


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リバユニはヴィラン集団だろ(確信)


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まぁそろそろ女主人公が出ていても良いころだとは思うけど、何故かエモい展開になっちゃうのは男性っていうね

録れ高的な意味合いだと良くも悪くも女性Vも相当なんだけど


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まぁまだ見ぬ新星に期待しようじゃねぇか


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少なくとも年一ペースで現れてるんだ、今年も現れるだろうな


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今年のVtuber群像劇の中心人物はどんな奴なんだろうな

誰なんでしょうね、三代目主人公(棒)

そしてこれは本編と関係ない(こともない)筆者の性癖の話ですが、闇落ちヒロインを主人公が圧倒的な光で灼くのが好きです。大好物です。


御意見御感想の程、お待ちしております。

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[良い点] いつも楽しく拝見しています。 [気になる点] 何度か読み返す内に気になることがありまして 大晦日のVCFでアリアちゃんが弟について話すシーンで 全日制じゃない学校に進学して、元気にやってま…
[良い点] 主人公なぁ……尊いのは確かなんだが、「そんな波瀾万丈じゃなくても良いのよ?」ってなる奴。 [気になる点] 後書きに誤字が > そいてこれは o そしてこれは
[気になる点] ほう、血筋ですか。 [一言] 灼き尽くせ!!幸福の海に降伏するまでなぁ!!(雑韻)
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