「ゴールデンウィークは波乱の気配」
お待たせいたしました。土曜日が出勤日になっているのは悪い文明だと思います。
「というわけで、案件です!」
「は、はぁ……」
「どういうわけですか、一体」
リザードテイル本社、統括マネージャーである佐伯によってミーティングルームに集められたのは、石楠花ユリアこと三摺木弓奈。正時廻叉こと境正辰の二名。何故か佐伯側の方に座って困惑気味の二人へと意味深な笑みを浮かべているのはステラ・フリークスこと星野要。ある程度事情を知った上で、二人の反応を楽しもうと考えているような笑みだった。
「毎年五月のゴールデンウィークにスマイルムービーの大型リアルイベントがあってね。去年、そこでVtuberファンミーティングイベントがあったんだ。ブース内で五分から十分くらい、対面で話せるっていうイベントなんだけどさ」
「去年は私もやったよ。他にも、エレメンタルのアポロや、オーバーズのアリアや雛菊さん、にゅーろからも何人か出てたかな。あと個人勢の有名どころにも声が掛かっててね。意外とこれが盛況だったんだ」
「ええっと……もしかして、それに、私達が……?」
「そうなんだけど……二人、コンビで。廻叉&ユリアで一つのブースを担当してもらう」
「あの、ついさっき一対一って言いましたよね?」
お前は何を言っているんだ、という表情で佐伯に聞き返す廻叉。社内という事もあり、Vtuberとしての案件に関わるミーティングという事もあり、Vtuberとしての名前で呼び合っている。
「いや、人数が増えたけどブースに限りがあるから『ある程度グループでまとめてしまおう』っていう感じらしくてね。もちろん、一対一で話すことも出来るけど」
「そりゃまぁ、ユリアさんのファンがイコール私のファンという事にならないですし、そういう場合私は邪魔者になりますからね」
「で、でも廻叉さんのファンの方からすれば、私も邪魔なんじゃ……」
「いえ、うちの御主人候補の皆様は基本的にユリアさんに好意的ですよ。妹とか娘とかを通り越して孫を見るような目で見ているフシがあります」
「ま、孫……?」
廻叉が佐伯の説明で納得したように頷く。孫として見られていることを話の流れから知ってしまったユリアはどこか微妙な表情を浮かべていたが、小さく咳払いをしてステラが真剣な表情でこのような形式になった理由を告げた。
「スペースの問題だけじゃなくて、一対一だとちょっとね……言い方は悪いけど、不審な言動を取る人物への対処の為に、誰か一人は近くに居た方が良いって理由もあるんだ」
「あー……スタッフがずっと張り付いている訳にもいきませんからね」
「その上、一人だけだと助けを呼ぶことすら出来ない事もあり得るからね。仮にセキュリティ用ボタンの様なものがあったとしても相手に呑まれてしまって押せない、なんてことも考えられるからこそ、複数人で対応するという形にしたわけだ」
「……正直、私一人だと対応できる自信が無いから助かります」
「ただ、これはこれでVtuberに負担をかける形式であることも間違いない。一番いいのは、来てくれるファンが良識的であり、万が一の際に即座に警備スタッフを動かせる体制になっている事なんだけど……こればかりはスマイルムービーの運営に頑張ってもらうしかない訳で」
頭の中でメリットとデメリットが混ざり合っているのか、溜息交じりに説明する佐伯の表情は複雑なものだった。ユリアも万が一の危険を想像してしまったのか、表情から緊張感が拭いきれずにいた。
「何にしても、出ないという選択肢はないでしょう。ユリアさんが安心してファンと交流できるように微力を尽くします」
「それはうん、安心してるとこではあるんだけど」
「問題はもう一つあってねー……これは主に廻叉くん側の問題でもあるんだけど」
苦笑いを浮かべながらステラが一枚のコピー用紙を取り出した。テーブルに広げたそれは、まだ仮決定のものではあるが当日のブース配置表だった。見ればエレメンタルやオーバーズ、にゅーろねっとわーく等、業界を代表する企業の名前が見て取れた。他にも個人勢内でのグループや新興企業の名前も少なからず存在している。
「……これのどこに問題があるのでしょうか?」
「これ、あいうえお順なんだよね。つまりさ」
ステラがRe:BIRTH UNIONのブースを指さす。その指を横に動かすと、ようやく廻叉は納得がいった。
Re:BIRTH UNIONのすぐ隣のブースを担当するのは、かつて炎上沙汰で関係悪化がごく一部で囁かれた『ラブラビリンス』だった。
※※※
「という訳で、来月にスマイルビデオ様主催のイベントにて私と石楠花ユリアさんでファンミーティングブースに出演することになりました」
《おおおおおおお》
《去年ステラが出たやつやん!》
《お嬢のお世話よろしくなー》
数日後、正式に情報解禁が行われた日に正時廻叉は告知兼雑談配信を行っていた。彼の配信では唯一ドネート機能を解禁している事もあり、少額のドネートが時折投げ込まれている。
「もしかしたら今この場でコメントをされている方とも現地でお会いする事もあるかもしれませんね。その時はよろしくお願い致します」
《もしかしたら執事にもてなしてもらえる……!?》
《お願いすれば罵って貰える……?!》
《龍真とのラジオみたいな際どい話も出来る……!!》
《お前ら自重しろ》
《草》
《欲望の方向性が大体歪み散らかしてるんだよなぁ……》
《歪んでる上に散らかってるってもう末期だよな》
《デビューから一周年を前にしてもう末期なのか……》
「そういえば、一周年は流石に記念配信を行いますのでこちらも御覧頂ければ」
《なぬ!?》
《おおおおおおおお!!!》
《情報が、情報が多い……!!》
コメントのネジの外れた欲望から目を逸らしつつ、一周年という言葉だけをしっかりと拾い上げてゲリラ的に告知を行う。実際には数か月前からコツコツと動画や脚本等を水面下で動かしている。今回も2Dモデルのデザイン担当であるMEMEにも動画用のイラストを発注してある。
前回の記念配信は、Vtuberとしては大台である1万人記念。その次が一周年記念。そして、5万人、もしくは10万人記念で『正時廻叉のオリジン』を明かす動画及び配信劇シリーズは終わる予定だ。当初は5万人突破にもうしばらくかかるという予測だったが、ゲームフルボイス配信が想像以上に当たった事もあり、10万を区切りとする事に決めたのもここ最近の話だった。
「また配信頻度が落ちることもあるかもしれませんが、『なんか立て込んでいるんだな』くらいに考えておいて頂けますと幸いです。さて、本日の配信はこれまでとなります。それでは、おやすみなさいませ」
《おつー》
《おやすみ執事》
《いやー、一年経ってもいい意味でブレないなぁ》
《もっと売れて欲しいよなぁ》
《リアイベ、チケット取るか》
《ファンミ行く奴、俺の分まで執事とお嬢に『頼むから売れてくれ』って伝えといてくれるか》
※※※
「すいません。お待たせいたしました、備前さん」
『いや、いいんだ。久しぶりって程でもないか。悪かったな、配信中にDMなんかしちまって』
配信終了後に繋げた通話の相手は、SNSのダイレクトメッセージで『話したいことがある』と伝えて来たMC備前だった。オーバーズの企画配信で一緒になって以来SNSでは相互フォローになったが、どちらかといえば世間話の相手という形に収まっていた。
そんな彼から、端的だが重要そうな内容のDMが来たのは先ほどまで行っていた雑談配信の終盤頃だった。
『来月のスマイルムービーのリアイベ、執事くんも出るだろ?ピアノのお嬢さんと一緒に』
「はい。備前さんもダルマリアッチさんと一緒に出られるみたいですね」
『あいつ、リアルでも丸くてデカいからブースの中狭そうでなぁ……いや、そういう話じゃなくてだな。その、リバユニのブースの真横って、ラブラビだろ?』
「ええ、そうですね……以前、私がボヤ騒ぎを起こしたきっかけになった事務所さんです」
デフォルメしたかのように丸い体型にソフト帽とサングラス姿のアバターがトレードマークのダルマリアッチだが、リアルでの体型も似たような物だという事を、廻叉はこの時初めて知った。確かに、ある程度の体格が無いと出ない声量と声質ではあったが、まさかそのまんまは思わなかった。
だが、それは本題では無かった。備前が少し探りを入れる様に尋ねると廻叉はなんてこともないように答えた。
それに対して、備前は深刻さを増した様な口調で唸る。状況が掴めず、廻叉は備前の言葉を待つ。
『……単刀直入に聞く。エリザベート・レリックについて、どう思う?』
何故そんな質問が出るのかわからないが、口調からこれが重要な問いであると廻叉は気付く。いい加減な回答をしてはいけない質問だ。
廻叉が知っているエリザベート・レリックというVtuberの第一印象は『自分の弱さを武器にしている』という印象だった。泣くことや弱気な態度で庇護欲を煽り、被害者である自分を強く印象付ける事で己の味方を増やす。その為に、2Dアバターという仮面を最大限に利用している狡猾な女性――かなり悪し様な言い方になったが、率直に、備前へとそう伝えた。
『ああ……正直俺もな、彼女のアーカイブをいくつも見て思った。最初は、執事くんとこがまた燃えるみたいなのがSNSで見えてな。そういえば、ラブラビってちゃんと見た事ねぇなぁって思ってみたんだよ。すまんな、完全な野次馬根性だ』
「いえ、正直私も部外者だったら興味を持って調べるくらいはしてたかもしれませんから」
『そう言ってくれると助かる。……で、だな……その、オフレコで頼む。片方は100%間違いないんだが、もう片方は、恐らくイベント当日まで確信が持てない。出来れば、リバユニのスタッフさんやえーっと……ああ、そうだ、ユリアさんとかにも黙っててくれると助かる』
備前の並べる言葉が、不穏さを増していく。廻叉の背筋に冷たい汗が一瞬流れるが、動揺を可能な限り押し殺して了承の意を伝えた。
『……ラブラビリンスのメンバー三人の内、俺は二人とオフで会った事がある。去年の一月頃、新年会って形で十何人かの個人勢Vtuberがお忍びで集まったんだよ。その時は、飯食ってカラオケして終わったんだけどな』
「それは……今の姿になる前の事、という意味ですか?」
廻叉の問いに、何から話すべきか迷っているのか、備前の唸り声が再び聞こえて来た。トークもラップも流暢で迷いなく語るタイプの彼にしては珍しい程、考え込んでいるのがわかった。
『確定してる一人は、個人勢からラブラビに所属ってなった則雲天歌なんだけどな……まぁ、昔っから『出会い厨』って悪評が噂レベルであったんだけど、実際俺もその日に個人勢の男を誘ってるとこ見ちまってな……その時は普通に断られてたし笑い話なってたけど』
「そうだったんですか……そんな何人も集まっている場で誘う度胸は凄いですが……」
だが、備前の説明で廻叉は度肝を抜かされることになる。そしてむしろ則雲天歌はその路線で行った方が絶対に面白いのではないかという確信にも似た考えが浮かぶ。
『いや、もうド直球で今度一発ヤろうって言ってたからな。言われた側も狼狽えるっつーか引いてた。なんつったらいいのかな……見た目は妖艶な女スパイなのに、誘い方が昔の少年漫画のエロ主人公なんだよ』
「ウチの白羽さんと滅茶苦茶話が合いそうですね、則雲さん」
『その後、ちょっとサシで話したけどアレだ。良い男になれそうな男を抱いてより良い男に成長するところがみたいとか、男同士が殴り合って分かり合うように男と女は突き合って分かり合うんだって力説してたな。あ、突撃の突で突き合う、の方だな』
「なんであの人王道アイドルやってるんですか?」
『それは俺にもわからん。やってる事は間違いなく悪女だけど、大分面白いタイプの悪女なのは間違いない。歌やダンスより夜の運動が得意みたいだな、って皮肉交じりに言ったら“例えば相手と昼にデートして夜にやったら疲れててベストパフォーマンスが発揮できない、朝か昼のコンディションが良い状態でやるべきだ”って返されてな。去年の俺的No.1パンチラインだったわ』
「龍真さんにその話してあげてください。間違いなく私との無軌道ラジオでゲストのオファー掛けると思いますよ。断られるでしょうけど」
ラブラビリンスの悪評は、噂・言いがかりレベルのものまで含めて以前の炎上騒動の際に把握していたが、実態はもっと突き抜けたものだった。肉体関係を持つ事をスポーツか何かのように捉えている、というのは流石の廻叉も予想外だったのか呆れたような引き攣り笑いが思わず漏れてしまった。
『いや、天歌のアホの話は良いんだ。問題はエリザベートの方でな……正直、こっちが本題だ。当日、俺も知らないふりして挨拶しにいく感じで確認しようと思ってる。俺の予測が合っているかは、正直半々くらいだ』
「……その口ぶりからして、その方は転生をされている、と考えても?」
廻叉の問いに備前の言葉が止まる。だが、意を決したように、彼は自身の予測を話した。
出来れば、外れていて欲しい予測を。
『もし俺の予測が正しかったら……エリザベート・レリックの前世は、桃瀬まゆ。桃源郷心中の、最大の被害者だよ……』
ラブラビリンスの怪物、その真実の一端。
リアイベ編は、筆者が想定してたより大事になりそうになってきました。
それもこれもプロットを雑にしか組まない犬童灰舎って奴の仕業なんだ。
余談。則雲さんのリアルでの誘い方ですが、某不二子ちゃんが某シティハンターとか某横島とか某赤龍帝の様なアプローチをしてくるとお考え下さい。そりゃルパンも脱がないしダイブもしない。
御意見御感想の程、お待ちしております。
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