「人の家でラブコメするな by清川芽衣a.k.a.魚住キンメ」
タイトルの通りです。
「正辰お兄ちゃん、弓ちゃんはアリ?」
「その質問の意味がちょっとわからないな……!」
「えー、弓ちゃんが正辰お兄ちゃん好きっぽい感じだったから、お兄ちゃん的にはどうかなーって」
「亜依ちゃん……!?」
「ひゃああああ?!」
オーバーズとのコラボ企画を終え、諸々の片付けなどを済ませてようやく清川家に到着した正時廻叉こと境正辰を待ち受けていたのは、清川亜依による爆弾発言のゼロ距離水平射撃だった。なお、撃ち込まれたのがクラスター爆弾だった為、三摺木弓奈も被弾した。むしろダメージは彼女の方が大きかった。
「見ろ、圭祐。ラブコメだぞ、ラブコメ」
「コメの割合が9じゃないですか」
「正辰くん、困ってるねー。弓奈ちゃんは、まぁ、頑張れ」
「そりゃ、彼は鈍感どころか聡い方だからね。なんというか、時間の問題だったというか……」
同僚たちに助けを求めるが、どうやら当てに出来ない事がすぐに判明した。尤も、自分があちら側に居たら同じような反応をするという確信があった為、正辰は文句を言う事も出来ない。視線を下げると、身近な大人による恋愛模様に興味津々なおませさんが輝いた目でこちらを見ている。視線をずらすと、しゃがみ込んで亜依にすがるような体勢で止めようとする三摺木弓奈の姿があった。顔は風邪を疑うほどに赤く、目があちこちに泳いでいる。漫画やアニメで表現するなら、大きく渦を巻いているような目で表現されるだろうな、と考える。
「……あーいーちゃーん?なーにやってるのかなー?」
目を輝かせたまま、少女はフリーズした。そのままゆっくりと声の方向へと顔を向けると、笑顔で鬼のオーラを放つ母が居た。
走った。
清川亜依は走った。
捕まってはならぬ、という本能に従って走った。
なお、数秒後に逆サイドから詰めていた父に捕まった上で母から「弓奈ちゃんと正辰くんを困らせるな」というシンプルな説教を喰らう羽目になった。
※※※
「という訳で全員揃ったところで、改めて乾杯」
乾杯の音頭を取る要の声に合わせて、乾杯という声が響く。リビングのテーブルには芽衣の手料理と、デリバリーピザなどが大量に並んでいる。グラスにはそれぞれ飲み物が入っているが、アルコールとソフトドリンクが半々くらいの割合だった。具体的には1期生の二人と清川夫婦がアルコール、それ以外がソフトドリンクだった。
「それにしても、良かったよーイケメニスト」
「ありがとうございます。流石に青薔薇さんと備前さんには届かなかったですけどね」
「まぁなぁ……青薔薇がスゲェのは知ってたけど、備前があそこまでカマしてくるとは思わなかったわ。ナチュラルイケメンな発言が普段から多かったから、やれるとは思ってたけどなぁ」
「廻くんはちょっと前提として『普段の廻くんを知ってる』と刺さる台詞だったからね。それでも1位と2位に肉薄できたのは君の演技力の賜物だよ」
話題の中心は昼間に行われたオーバーズでのコラボ配信だった。配信用ハッシュタグがSNSでトレンド入りしただけでなく、青薔薇、MC備前、正時廻叉とそれぞれ上位勢の個人名もトレンド入りするなど、大きな反響を残していた。正時廻叉のチャンネル登録者数も、企画開始前に比べても明らかに伸びていた。
それ以上の伸びを見せていたのがMC備前だったが、本人は気にするでもなくSNSで『見てくれてありがとう。音源制作中なので、それが一段落したら配信でまたお礼を』という短い文章を残すに留まった。
「いやー、それでもまだまだって思いましたけどね。良くも悪くも普段の自分の配信向けのようなやり方でしたし」
「それでコアファンが増えるのもまた一興よ。つーか、今のペースで増えれば4月頃には2万まで行くんじゃね?」
「何にしても配信とはいえ、堂々と表に出れるだけ凄いよ。俺には真似できないなぁ」
「そうですよね……廻叉さんみたいに、私も堂々と出来たら……」
ケタケタと笑いながら正辰をおだてるように言う竜馬に対し、清川芽衣の夫である清川秋良は心からのリスペクトを込めたように言う。それに同意するのが、同じようにVtuberとして活動している三摺木弓奈だった事に正辰は苦笑いを浮かべる。
「弓奈さんだって、ちゃんと出来てるよ」
「そんな、そんなことないです、まだおっかなびっくりで……」
「おっかなびっくりで20万再生の歌動画は出せないよー?」
「うん、俺の8倍……」
「圭祐ー。再生数比べは不毛だぞ。っつーか、2万再生でも十分スゲェ方だぞ。2ケタ再生の歌ってみた動画がこの世にいくつもあるんだからな」
正辰の言葉も本音だった。全くの未経験から、という点では同じだが彼女は自分とは違い表に出る仕事をしていた訳ではない。むしろ、人との繋がりを極力絶っていた引きこもり少女だった。そんな彼女が数ヶ月とはいえVtuberとして表に出て、翼の言う通り初の歌動画で大きな数字を叩き出した実績もある。
彼女の不安が分からないでもないが、一年後に一緒に歌って欲しいというお願いをするくらいには高いモチベーションを持っているのだから、もう少し自信を持ってもいいのでは、と思ってしまう。そんなネガティブさすら、彼女のファン層からは魅力の様に映っているのだから面白いとも思ってしまうが。
「はいはい、楽しい場でそういうシビアな話はしないの」
「ういーっす。芽衣さんの言う通りだぞお前ら」
「一番シビアな話してたの竜馬さんですよね?」
華麗なる変わり身の早さを見せる竜馬の様に苦笑いを浮かべつつも、正辰の視線は自然と弓奈へと向かってしまう。脳内に再生されるのは亜依からの言葉。
『弓ちゃんが正辰お兄ちゃん好きっぽい感じだったから――』
三摺木弓奈が自分に対して強い敬意を持ってくれているのは知ってはいたが、子供の目から見てもそう見えるような言動があったという事だろう。彼女が時折発する猫の威嚇の様な奇声は、大体自分が絡んだ時に発生している気もしてきた。思い出せば思い出すだけ、亜依の言葉が恐らく真実であるという根拠ばかりが出てくることに正辰は複雑な心境になる。
境正辰として、或いは正時廻叉としても彼女を好意的に見ている自覚はある。幸い隠せては居るが、Vtuberとして、同僚としてではなく一人の女性として魅力的だと思う。危ういながらも、なんとか自分なりに前へと進もうとする少女を傍で支えたいという気持ちは、日に日に大きくなる一方だ。
だが、それを口に出す事は出来ない。仮にいずれ口に出して、今日の配信のように想いを伝えるにしても、それは今ではない。今ではないのだ――――。
「ペコくん、どうしたらいいかね?」
のそり、と膝上に寝そべって来た清川家の飼い猫、ペコに尋ねるが「知るかよ」と言わんばかりに丸まって眠ってしまった。喉元を撫でていた指をガッシリと両前足で掴まれ、中指の付け根辺りを齧りながら目を閉じている様を見ると、本当に寝ているのかも怪しくなってきた。
「ペコ、なんでいつも正辰お兄ちゃんのとこいくのー」
「それは俺が聞きたいかな……あ、痛い痛い痛いそれもう甘噛みじゃないってば」
「だ、大丈夫ですか?」
考え事を甘噛みからマジ噛みに移行したペコへの対策にシフトさせたタイミングで、亜依が弓奈を連れ添ってこちらへとやってくる。二人掛けのソファだったが、まず亜依が正辰の横に腰を下ろし、無理矢理引っ張るようにして弓奈を座らせる。
「何も無理矢理3人で座らなくても。亜依ちゃん、狭くない?」
「えー、大丈夫だよ」
「まぁ、大人三人詰め込むよりは余裕あるけど。弓奈さん、大丈夫?」
「え。あ、はい、大丈夫です……!」
「うん、それならいいんだ、それなら……」
間に子供を一人挟んでいるとはいえ、距離が近い。弓奈がこういう反応をするのは、正辰もある程度予想が出来ていた。だが、自分も思ったよりも上ずった声が出てしまった事に気付くと、アルコールを入れた訳でもないのに顔が赤くなるような感覚を覚える。
「……その、今日の配信、本当にカッコよかったです……」
「あ……うん、ありがとう」
「その……なんていうか、廻叉さんだけど、正辰さんでもあった感じがして……凄く、ドキドキしました」
「そ、そっか。それはそれで、なんか気恥ずかしいな」
会話のぎこちなさに頭を抱えたくなる衝動を正辰は必死で抑え込む。脳内で正時廻叉が『一体貴方は何をやってるんですか。8歳も年下の少女相手に大人が余裕を失くすとは情けない。それはそれとして本当に可愛らしいですね、弓奈さんもユリアさんも』と無表情無感情でべらべらと喋って来るのを必死に黙らせた。うっかり声に出てしまわぬように。
「ペコ!噛んじゃ駄目!ぺっ、しなさい!」
「に゛ゃ゛……!」
「猫が出しちゃいけない声出したな……あー、血は……出てないか」
かなりの力業で中指に齧りついていたペコの引き剥がしに成功した亜依がしたり顔で自分の膝の上に乗せて撫で始めた。ペコもペコで憮然としながらも、成すがままだ。『撫でさせてやるよ仕方ねぇな』と言わんばかりの不機嫌顔だった。
「二人も撫でてあげて!」
そう言って、亜依が正辰と弓奈の手をそれぞれに取ると自身の膝上の猫へと引っ張る。正辰の手が降ろされたのはペコの背ではなく、弓奈の手の上だった。
「っ、あ、ごめ……!」
「~~……!だ、大丈夫……ですっ……!!」
「何かを思い切り飲み込んだ見たいな顔だけど、本当に大丈夫なんだよね?」
恐らくは悲鳴交じりの奇声を上げないように全力で声を殺したのだと思うが、目を閉じて、空いた手で口をふさぐ様は可愛いというよりも面白いという感想に至ってしまった事に正辰が若干の罪悪感を抱くが、そもそもRe:BIRTH UNIONにはある程度面白い生態を持つ人しかいないという真実に気付いてしまった。勿論、自分も含めて。
「……亜依ちゃん、狙ってた?」
「えー、何がー?」
手を払いのけられる気配もない為、そのままの状態で正辰が亜依へと意図を尋ねるが、彼女はすまし顔だ。自分が小学生だったころは、ここまで色恋に敏感だっただろうか、と考えると答えはNoだ。そもそも当時は好きな女子が居るという事は同級生男子に弱みを握られる可能性があるという事と同義だったように思う。
とはいえ、正辰は二十代半ばだ。少なからず恋愛も経験している。それは演劇の役柄でもあり、実生活の部分でもある。何故か毎度毎度長続きせず、お互いに『なんか違うからやめとこう』というノリで別れ話が恐ろしくスムーズに進行するという記憶ばかりが残っている。
何故今になって、そんな事を思い出すのか正辰にはわからない程度には動揺している様子だった。視線は、弓奈の手の上に重ねられた自分の手に向けられていた。指が長く、細い。この手から、あのピアノの演奏が奏でられるのかと思うと、そんな芸術品にこれ以上自分が触れていてはいけないという理性と、許されるのならばしばらく彼女の手に触れていたいという感情がせめぎ合っていた。
「…………」
手の平の下に、猫の体温を。そして手の甲に正辰の体温を感じ、弓奈はなんとか歓喜と羞恥の入り混じった奇声を押さえつけていたが、暫くすると自分でも想像がつかないくらいに落ち着いている事に気が付いた。男性の手に触れるのは、父や兄、それ以外だと事務所の社長や同僚たちとの握手くらいだった。その中には、正辰も含まれている。
だが、思えば自分から手を差し伸べたのは正辰だけだったような気がした。自分の背中を押してくれた手に触れたいと思った。感謝を伝えたい気持ちと同じくらいに、そう思ったのだ。
弓奈も、自分の手と重なる正辰の手を見つめていた。
Vtuberという世界に連れ出してくれた手だ。
部屋の隅で俯いて背を丸めていた自分を後押ししてくれた手だった。
できれば、離してほしくない――そんな風に考えた瞬間、視界を数枚の紙幣が遮った。
「弓奈ちゃんに正辰くん、ちょっと飲み物やお菓子が足りないからコンビニまで買ってきてくれない?」
声と紙幣の主は清川芽衣だった。ひらひらと揺れる数枚の千円札と彼女の顔を交互に見て、更に正辰と芽衣を交互に見て呆けている。
「あの、行くのは構いませんが。男衆連れて行った方が良いのでは。まだ深夜ではないとはいえ夜ですし、荷物持ちもありますし、俺と圭祐君でじゃなく?竜馬さんは……ああ、死んでいらっしゃるので役に立ちませんが」
自分と弓奈が指名された事の意図が(ある程度は分かってはいたが)分からないかのように確認する。そこまで深酒をしたわけでもない竜馬が真っ先に寝落ちしている様には苦笑いも浮かばなかった。
「うん、なんていうかね、二人で、私らが居ない所でちゃんと話してきなさいっていう既婚者からのお節介。それとね」
ぽん、と置かれた手は、それぞれ弓奈と正辰の肩の上に。芽衣は満面の冷笑を浮かべてこう言った。
「ラブコメは外でどうぞ」
親指で玄関を指されてしまえば、正辰と弓奈は逆らえるはずもなく、二人は夜の町を歩く事になる―――
「……あ~、外出るんなら俺も煙草吸いに付いてくわ……」
「寝てろっ……!」
「ぐぉっふ……!?」
そのタイミングで起き出した竜馬が付いていこうとしたが、翼によるクッション投擲によって阻止された。
今まで書けなかった分を書こうと思ったら、一話で収まるはずもなく。
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