「正時廻叉のドラマ」
お待たせいたしました。
正時廻叉は考える。青薔薇のように、自身の魅力に芝居を寄せるのは難しいだろう。MC備前の様に素の人間力で持っていくのも、同様に難しい。では、自分自身の演技の魅力とはなんだろうか。
境正辰は考える。自分の長所は、演じ分け、切り替えだ。普段の正時廻叉は無感情で淡々と話す男だ。そして全く感情を入れず、同じ口で美辞麗句と毒を吐ける。いざ演技のスイッチが入れば、あらゆる役柄になり切って感情を露わにする。憑依型、と言ってもいいだろう。
だが、完全な作り物で人の心が掴めるだろうか。
※※※
「いよいよラストになりました!最後はリバユニの演技ガチ勢執事の正時廻叉さんでーす!」
「よろしくお願いします」
「前から思ってたけど、感情入ってないのに棒じゃないって凄いよね。ボクらじゃこうはならないもん」
「お陰様で『人でなし野郎』とアンチの皆様から大好評でして」
「廻叉くん、ここ龍真とのラジオじゃないから抑えような?」
《待ってたぞ執事!》
《ハードルは高いぞ演技ガチ勢》
《草》
《やめーやw》
《三日月龍真a.k.a.Luna-Dora:俺らのラジオ、こんな話ばっかりしとる》
《火遊びにも程がある》
「……はいっ!という訳で最後のチャレンジャー、正時廻叉さんお願いしますっ!」
《投げたwwww》
《露骨な編集点作りで草》
《残念ながらライブ配信なんだよなぁ》
※
『あの、廻叉さん……これ、受け取って頂けますか?』
「これは、バレンタインの、ですか?」
『は、はい!廻叉さんに受け取って欲しくて!』
「……ありがとうございます。とても嬉しい、です」
『あの、廻叉さん……その、私……廻叉さんの事が、好きです……!!』
「それは……本当、に?ですか?」
『は、はい!本当ですし、本気です!!』
「そうですか、いや、うん、そっか……」
『……あの、廻叉、さん』
「……私、いや、俺も」
『え、あの……』
「俺も君の事が、好きだ。……ずっと、抑え込んでたんだと思う。抑えなきゃいけない、と思ってた。抑え過ぎて、演技じゃなきゃ、感情が出せなくなるくらいに」
『……はい……』
「今もね、凄く嬉しいんだ。それに、君に好きだって思いをもっと伝えたいのに、ちゃんと感情が出ないんだ。きっと、この『嬉しい』って気持ちや、『好き』って思いも、伝わってないんじゃないかって、不安になる」
『そんな、そんなことないです……!』
「ごめんね、気を遣わせてしまって。でも、演技で感情を込めるのは……君に対して、嘘を吐くみたいだから。だから、こんな感情の薄い言い方だけど、もう一度、きちんと言わせてほしいんだ。聞いてくれるかな?」
『……はい、お願いします』
「君の事が、好きです」
『私も、です』
※
「……ごめん、みゅーとする……」
「ネクロさん、泣いてる……!?」
「もう最終回じゃん……!こんなの月9の最終回か、映画のクライマックスじゃん……!!」
「お褒めに預かりまして」
「廻叉くんなんてことすんの?私、割と素で私もですって返しちゃったよ?」
《すげぇ……!》
《無感情活かしてくるとは思わなんだわ……》
《普段の執事にちょっとだけ優しさ足して、敬語じゃないってだけなのに破壊力ヤバいな……?!》
《三日月龍真a.k.a.Luna-Dora:やるじゃん》
《ちょっと備前さんと廻叉さんチャンネル登録してくる》
《我、こういうの、好き》
《ネクロ涙声じゃん……》
《泣かないで》
《うわぁ、いきなり落ち着くな!》
《ガチで返したのか、夢々ニキネキ……》
※※※
「うっわー……廻叉くん、感情のボリューム調整してきたよ……」
「シンプルなギャップだけならユーマくんのがあったし、感情フル稼働だと京吾くんの方が強い印象だったからね。誰もやっていない路線に行きつつ、新しい表現を見せてくるとは。うん、流石だね」
芽衣と要は苦笑いに近い表情で画面上で表情を変えない廻叉を見据えていた。これまで『0か100か』の感情の出し方をしていた廻叉が突然『15』の表現をしてきた事の衝撃は、付き合いの長いRe:BIRTH UNIONメンバーにこそ強い印象を与える事となった。翼は亜依と手を取り合ってキャーキャーと黄色い歓声を上げているし、竜馬はスマートフォン片手にコメントを打ち込んで称賛し続けている。
彼の後輩たる3期生は、どちらも呆然とした表情で画面を見据えていた。
「ドラマ性が凄かったですね……なんか、告白シーンだけなのに、ここまで積み重ねて来たストーリーが透けて見えた感じが……音色さんの言ってた『月9の最終回』、めっちゃ分かりますもん……」
「……廻叉さんだけでなく、正辰さんの雰囲気もあった気がします……」
緊張からようやく解放されたのか、ソファに体を預けて圭祐が溜息交じりに感想を述べる。男性同士という事もあり、配信上でのコラボこそほぼ無いものの通話での相談や引っ越しの手伝いで接点自体は多い。彼の演劇に対する真剣さや考えの深さの一端は見ている自負があった。それが本当に一端に過ぎなかった事をまざまざと見せつけられた気分だった。
「凄いなぁ……私、全然、追い付けてない……」
三摺木弓奈は、否、石楠花ユリアは、憧れている先輩の見せた新しい姿に打ちのめされたような気持ちになっていた。
Vtuberとしてここまで殆ど素の自分を見せなかった正時廻叉が、ほんの少しだけ境正辰を見せた。それだけで、正時廻叉という人格の幅が急激に広がった様に思えた。それに比べて、自分は――そう思ってしまった。
「追い付けるさ」
そう言ったのは、星野要――ステラ・フリークスだった。
「でも、私は……廻叉さんみたいに、なれないです。同じ場所に並び立ちたいのに、あんな風に強く自分を持って、その上で変化させたり、出来ないです……」
「並び立ちたいなら、同じではダメだよ。同じになってしまったら、後はどちらかがどちらかを追い落とすしか出来ない。石楠花ユリアの良さは、正時廻叉の良さとは全く別物だ。それに、」
言葉を一度切って膝上の猫、清川家の飼い猫ペコを抱えて弓奈の隣に腰を下ろす。真横で、しっかりと弓奈の目を見据えて、言葉を続けた。
「正時廻叉の横に立つのは、君が一番ふさわしいと、私は思っているよ……ペコもそう思うだろ?」
薄く笑って、もう一度を撫でる。身じろぎするペコが、ユリアの膝へとノロノロと移動し、ずっしりと腰を落ち着けた。弓奈は、ステラの言葉とペコの行動に狼狽えるばかりで言葉が見付からない。本当に自分が彼の横に立つことが相応しいのだろうか。どう考えても見劣りする気がしてならない。
「君の良さは、あの動画に詰まっていると思うよ。だからこそ、あれだけ再生数が伸びたし、ナユが好きだって言ったんだ。そうだね……うん、君はネガティブなままでもいいと思う。後ろ向きで、自信が無くて、それでも君が誰かの為に歌った歌は、人の心を揺さぶるんだよ」
後ろ向きなままでいい、と言われるくらいには後ろ向きさがバレバレだった事実に若干のダメージを受けるが、それ以上にここまで評価されている事に驚きと戸惑いが隠し切れない。膝上のペコが「撫でれ」と言わんばかりに手に頭をこすりつけてくることにも気付かず、要の方を向いたまま黙り込んだ。
「そういう君だからこそ、廻くんの、その、なんだ……尖り過ぎてる部分を、丸くしてくれるんじゃないかなって。彼、放っておくと……うん、なんというか、無限に鋭くなるタイプだからさ」
「ごめん、割と俺がアイツの砥石になってるわ。頑張って丸めてくれ」
「自覚あるなら止めませんか?!」
オブラードを数十枚ほど包んだような物言いだったが、分からなくも無かった。ファンとして見ていた時から思っていたが、正時廻叉は数居るVtuberの中でもトップクラスでファンへの対応が手厳しい。特に荒らしコメントには痛烈な一言を添えてからブロックするのが恒例と化している。それを最高のエンターテインメントを見たかのように盛り上がる御主人候補の様子に、人知れず引いた事もあった。
この傾向は三日月龍真とのラジオを始めてから加速し始めたのだが、当の本人にその自覚があった上で対処を後輩に躊躇なく投げて来た。常識人寄りの立場である同期が思わずツッコミを入れる程に、清々しい丸投げ具合だった。
「……そうです、ね。早く横に並んで、また炎上する前に、止めようと思います」
「でもユリアちゃんだと、マッチの火を消すために廻叉くんを池に突き落としそうだよね」
「そんで助けようとして自分も落ちるんだよね」
「で、二人を助けてようやく一段落ってなった後に何食わぬ顔で池にダイビングするのが龍くん」
「やべぇ、バレた」
「今、心から思いました。巻き込まれてはならぬ、と……!」
少し前の炎上沙汰を引き合いに出して少し意地悪く笑う弓奈に、翼のカウンターが刺さった。そこに芽衣のダウン追い打ちが叩き込まれ、要が意図的に流れ弾を放った。竜馬は『何故俺がやろうとしたことが読まれた?』と言わんばかりの驚愕顔であり、そんなコントに巻き込まれたくないという意思表明……という名の、巻き込まれるための前振りを丁寧に振る圭祐。
良い話を良い話で終わらせられないRe:BIRTH UNIONではあったが、この気楽さが、弓奈は楽しくて仕方なかった。楽しくなさそうなのは、大人たちだけで盛り上がり始めてしまった為に放っておかれた亜依と、いつまでたっても弓奈に撫でて貰えないペコだった。
「で、弓奈お姉ちゃん。答えてよー。正辰お兄ちゃん、好きなの?」
「ひゃゎ……!それは、その……」
「みゃー」
亜依からの追及とペコの催促でコーナーに追い詰められたまま連打を喰らう弓奈に、セコンドからタオルが投げ入れられるのはもうしばらく後の事だった。
※※※
「それじゃあ、得点の方をどうぞ!」
【ネクロ:9.5 音色:8.5 オニキス:8】
「合計は……えーっと、26点!3位ですっ!!」
「もう勝手に前後を考えて泣いちゃったねぇ……ただ、備前さんと互角、と思ったので同じ点数にしたよん」
「流石の演技力ではあったし、凄く素敵なお話になってたけど、告白としてはかなりスタンダード過ぎたかなって感じで。少しだけ、青薔薇さんと差を点けました」
「たぶん、普段の廻叉さんの配信や演技を知ってれば知ってるほどブッ刺さる演技だったと思うんですよね……この後、廻叉さんの朗読とか見て回りたいと思いました。その後付けたら、あと3点くらい増えるかもしれない……!」
「3点増えると11点ですがいいのでしょうか。とはいえ、高評価を頂き本当にありがとうございます。確かに私を知らない方には不親切な面もありましたから、減点部分は今後の参考にさせて頂きます」
「向上心がエグいんよ」
《あー!惜しい!!》
《御主人候補は間違いなく10点出すやつだった》
《長尺のドラマ見てぇなぁ、執事のさぁ》
《ボイス買ってくる》
「さぁ、最終結果を見てみましょう!」
【1位:青薔薇 27.5点】
【2位:MC備前 26.5点】
【3位:正時廻叉 26点】
【4位:秤京吾 22.5点】
【5位:春日野ユーマ 18点】
【6位:パンドラ・ミミック 14点】
【7位:海賊ブラックセイル 5.5点】
「優勝は青薔薇さんです!おめでとうございます」
「ありがとう。まさか優勝できるとは思わなかったよ」
「一方で最下位に沈んだのは新人、海賊ブラックセイル!反省しろ!」
「ぐおおお……なぜ、だ……!!」
「8.5点差付けられてる以上ぐうの音も出ねぇわな」
《8888888888888》
《いや、もう流石の青薔薇様だったわ》
《備前ニキと執事がここまで迫るとは思わなかったな……》
《4位の京吾も大健闘だろ。前回までなら余裕でトップ3に入れるスコアだもんなぁ》
《鳥飼クリフトン@OVERS_LOP:セイルお前さぁ……》
《ユーマ辛辣で草》
《同期も呆れとる》
「さて、コメントに居た鳥飼くんには次回出演オファーを出すとして、まずはゲストの二人に話を聞いてみようかな。備前さん、どうでした?」
「あー、最初は俺にオファー来た時『ラッパーなのにそんなのに出てんじゃねぇよ』とか言われるかもな、と思って断ろうか迷ってたんだけど……聞けば、リスナー推薦枠だって言うから、そりゃ出なきゃダメだろってなって、結果2位とか取れちまってなぁ……ありがとうヘッズ達、愛してるぜ」
「それサラっと言えちゃうのがもうカッコイイんだよなぁ……そして、Re:BIRTH UNIONの正時廻叉さんです!結果は3位でしたが、演技の凄さ見せ付けられた感が凄かったです!」
「そうですね、自分でもここまで抑えめで演技する事は中々なかったのですが、基本的には好評だったようで有難いです。今回の経験を、朗読配信やボイスにも反映出来たらと思っております」
「うーん、真面目!でもそれでこそ廻叉さんって感じ!それじゃ告知タイムだー!!」
「じゃあまずは俺が」「来月に歌動」「来週企画で」
「一度に喋るな!」
《ファン想いのベテランラッパーとかもう好きになるしかないじゃない》
《推薦者の慧眼具合》
《キザさが一切ないの好き》
《相変わらず演技ガチ勢だなぁ、執事》
《ドラちゃん、何気に廻叉の事好きよね》
《そりゃあんなボイスを直で貰えたら惚れてまうやろ》
《堕天使系Vtuber瀬羅腐チャンネル:閃いた》
《オーバーズ大人数企画名物、一斉告知》
《魔窟の主がしれっと混ざってて草》
※※※
この後、それぞれがきちんと告知を残し、最後に青薔薇からの締めの言葉でコラボ配信は恙なく終了した。正時廻叉こと境正辰は急いで清川芽衣宅へと向かい、1ヶ月遅れの新年会に参加することになる。
そこで、無垢なる刃と肉球で三摺木弓奈から3ラウンドTKO勝ちを収めた清川亜依&清川ペコの襲撃を受ける事を、彼はまだ知らない――――
結果は3位でしたが、彼らしさは出せたかな、と。
次回、小学生の無垢なる(言葉の)拳と肉球が境正辰を襲います。
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