『板の上のモニターの中から』
「千秋楽だけ終演後に出演者挨拶があるのですが、そこに正時廻叉氏にも出演、もしくはメッセージを送って頂きたいが可能でしょうか?」
正時廻叉が声の提供を行った舞台の運営側から、このような提案がRe:BIRTH UNION統括マネージャー佐伯久丸に届いたのは、公演が始まって数日後の事だった。
1月の半ば頃に初日を迎えたその舞台は極めて好評であり、SNS上でも感想やイラストでのレポが多数投稿される盛況具合だった。2.5次元ミュージカル俳優がメインの出演者に名を連ねている事もあり、元々の固定ファンが居た所に一部のVtuberファン、特にRe:BIRTH UNIONのファンが興味を持って観劇に足を運んだこともあって、SNS上では異文化交流が俄かに始まるなど、新しい潮流が生まれつつある。
当の出演者である正時廻叉のSNSフォロワー数やチャンネル登録者数も公演が進むごとに伸び始めており、12,000登録まで順調に伸びただけでなく、再生数が三ケタ止まりだった初期の朗読配信の再生数が1,000を超えるといった効果まで出ていた。
「出来れば生配信形式でやりたいんだけど、廻叉くん的にはどうかな?身バレ防止という観点から、ウチの事務所と劇場とをリモート会議ソフトで繋ぐ形にしようと思っているんだけど」
「可能であれば、その形でお願いします。色々御面倒お掛けしますが……」
「よし、じゃあその方向で調整するよ。当日はリモートのリハあるから早めに事務所入りお願いね。あ、こっちからもスタッフ何人か劇場に派遣しないとなぁ」
とんとん拍子に話は進んでいく。その間にも公演は続き、出演者がSNSで「千秋楽に何かが起こる」という予告を出した事で更に話題が広がっていく。廻叉個人の配信でも舞台で知ったというコメントもいくつか現れるなど、『案件』効果は確実に広がりつつあった。目端が利くVtuberファンの間では、正時廻叉が新規ファンを増やしている事実を既に掴んでいた。
正時廻叉は普段と何一つ変わることなく、ただ緩やかな上昇気流に身を任せたまま、舞台の千秋楽の日を迎えた。
※※※
『人間ハ、人間ノ心ハ、コンナニモ脆イノデスネ……ハハハハハハハ!!!!』
異常事態を表す赤色灯が回るように、赤の照明が舞台を照らす。舞台に倒れた二人の男を嘲笑うような声と、警報ブザーが鳴り響く中、舞台は幕を閉じていく。全ての音と光が消え去ると、大きな拍手に包まれた。
拍手が落ち着いたタイミングで幕が再び開く。三人の青年が並んで、客席へと深々と礼をする。観客もそれに拍手で応えると同時に、怪訝な顔をした。何も映っていないモニターが一台用意されている。拍手の音と同時に、隠し切れないざわめきが広がるが、中央に立っている青年――旭洸次郎が話し始めると、示し合わせたかのように声は静まった。
「毎回、色々なシチュエーションをこの三人で演じる『中の三人』シリーズ最新作『宇宙船の中の三人』、無事
千秋楽を迎える事が出来ました。出演者・スタッフを代表しまして僭越ながら私、旭洸次郎より御礼申し上げます。本当に、ありがとうございます」
一礼すると同時に右の青年、荒川ショウが一歩前へ出る。2.5次元ミュージカルの常連俳優でもある彼が笑顔を見せて手を振ると黄色い歓声が鳴り響く。右手でその声を静める様に上下させると、波が引くように歓声は収まった。
「はいっ、という訳で荒川ショウです!皆様、ご来場いただき本当にありがとうございます!今回のお話は、かなりホラーな感じでしたけど、皆さんの悲鳴が聞こえる度に裏でガッツポーズしてました!……あっはっは、ごめんごめん。次の舞台にも、また来てくれたら嬉しいです!」
観客から冗談交じりに飛んでくる『ひどーい!』という声にも愛想よく返事をする。入れ替わるように左側に立つ青年、阿曽涼が一礼する。最年少であるが、キャリアは長く子役経験も豊富な役者でもある。
「ご来場いただき、ありがとうございます。今回の舞台は新しい事にも挑戦したりと、もしかしたら賛否両論ある舞台だったかもしれませんが、役者としてまた少し成長出来たように思います。次のTRIPLE Aの舞台、あるいは僕ら三人のそれぞれの舞台やドラマでは、更に成長した姿をお見せできると思います。これからも、よろしくお願い致します」
それぞれの挨拶が終わると、三人の視線が無言で何も映っていないモニターへと向けられる。その微妙な間の空き具合に客席からは笑いが漏れた。
「という訳で、今回は俺達三人だけじゃなく、もう一人……舞台を彩ってくれた、或いは皆様を恐怖のどん底に叩き込んだ素敵な役者さんがいらっしゃいます。基幹AI、ラフの声を担当してくださったバーチャルTryTuberの正時廻叉さんです」
「公式サイトやフライヤー見てくれた人もビックリしたんじゃないかな。俺ら三人の他に、イラストのアー写があって」
「最近、SNSのトレンドにもよく見かけるVtuberって人達だね。僕も詳しく知らなかったんだけど、ちょっと勉強中」
「そんな正時廻叉さんが、本日はなんと……バーチャルの世界から来ていただいております!」
どよめく客席。そして、真っ暗な画面にノイズが走り、モニターに黒髪に黒目、顔の右半分をファントムマスクで覆った執事服姿の青年が映る。
「『人間ノ皆様、改メテゴ挨拶シマショウ……太陽系外縁調査宇宙艇・ALBIREO、基幹AI・Like A Human、ラフ』……の声を務めさせていただきました。Vtuber事務所、Re:BIRTH UNION所属。正時廻叉と申します」
エフェクトこそ掛かっていないが、人間を見下した様なAIの声から、感情の色を一切感じ取れない声へと切り替えた瞬間に、再びどよめきが起きた。その後、思い出したように盛大な拍手によって迎えられる。目礼を一つ、そして改めて廻叉は語り始める。
「今回のお話を頂いた際に、非常に驚きました。切っ掛けは、私が御主人候補の皆様……早い話が、私のファンの皆様の為に作成したパソコン用システムボイスを、そちらの旭洸次郎様が脚本・演出スタッフの皆様に紹介した事から私に白羽の矢が立ったとの事です。バーチャルの世界で執事兼役者をしていた身が、まさかこうして物質世界の舞台にお力添えする事になるとは思っていませんでした。貴重な経験をさせて頂き、本当にありがとうございます」
「凄っ、本当にスパっと切り替わった……!」
「廻叉さん、普段はこんな感じの無表情無感情系だからね。演技スイッチが入ると超感受性豊かなんだよ」
「流石に配信されてるだけあって喋りも流暢……これ、生中継してるんですよね?ビデオ通話みたいな形で」
「そうですね。何分、バーチャル世界の住人ですのでこうしてバストアップの姿で恐縮ですが」
声や感情の切り替えに荒川は驚き、それを旭が説明・補足する。更に質問を投げかけるのが阿曽の役割だ。これは事前のリハーサルで決めた会話の順序だった。実際にはリザードテイル事務所に居る廻叉と、劇場に居る三者とは多少の通話ラグが発生する為、スムーズに会話が出来るようにする為の会話の順序だった。
「バーチャルスゲェなぁ……俺、普通のTryTuberさんしか知らなかったからなぁ」
「俺は元々オーバーズっていう事務所を推しててね。そこで、とある企画でゲストに出てた廻叉さんの面白さとか、演技の切り替えの凄さにハマってチャンネル登録してボイスまで買っちゃったよ」
「ありがとうございます。普段は朗読や悩み相談、雑談ラジオ、ゲーム実況などを行っております。あと、歌もたまに歌っております。宜しければ、チャンネル登録・高評価・SNSのフォロー等お願い致します」
「うーん、抜け目なし。それにしても、Vtuberさんって一つのジャンルにこだわらず色んな事してるんですね」
阿曽が感心したように言う。彼自身も、廻叉を始めとしたVtuberを知る為にTryTube上で色々検索して驚いたのが、活動内容の多彩さだった。昨日、歌配信を行っていたVtuberが翌日はゲームの耐久配信を行っていたりするのが、極々当たり前だったりする。一方で一つのジャンルを徹底的に突き詰めるタイプも居る。その多様性が彼には非常に新鮮に映っていた。
「基本的には自身のやりたい事を我慢しないのがVtuber全体の空気としてありますね。私達、企業所属のVtuberもそうですが、特に個人運営のVtuberの皆様はよりその傾向が強い気がします」
「その上で視聴者の人を楽しませるために配信や動画にして……色々出来ないと成り立たないよねぇ」
「ですが、やりがいはあります。去年、ようやくチャンネル登録者数が1万人を超えた時は、やはり感慨深かったですね……ありがとうございます」
1万人超えに客席が拍手をすると、マイクを通してそれを聴いた廻叉が礼を述べる。普段はコメントを通してやっている事ではあるが、生の声で反応が貰える事はVtuberになってからは初めての経験だった。リアルイベントに積極的なVtuberの気持ちがわかったような気がした。
「恐らく、私の事を初見だという方が大多数だと思われます。私の様な得体の知れない何かが、お三方の舞台に立ちいる事に好意的ではない方もいらっしゃったでしょう。それでも、こうしてこの場で拍手を頂けたことを励みとして、いつかは3Dの体で舞台に立ちたいと思っております。また、Vtuberというジャンルは一昨年に始まったばかりの新しいジャンルです。きっと、皆様の心に刺さるVtuberさんが居ます。それが私や、私の所属するRe:BIRTH UNIONという事務所であったり、同業他社の方だったり、或いは個人で頑張っている方かもしれませんが、応援して下されば幸いです」
淡々と語りつつも、廻叉は自身の口からここまで業界全体を推すような言葉が出てきた事が意外だった。本当は自分と、Re:BIRTH UNIONの事だけを言うつもりだった。自分が思った以上に、Vtuberという業界に対して思い入れを持っている事を自覚した。
「というわけで、スペシャルゲストの正時廻叉さんでした!」
「では、お先に失礼いたします。ありがとうございました」
拍手に送られて配信を切断する。ヘッドフォン越しに聴こえてくる拍手の音が、心地良かった。
※※※
「おー、トレンド入りしとるなー」
「2.5次元系のファンの人、超熱心だからねー。流石に現地まで足を運んだ御主人候補……あ、居たわ。普通にTRIPLE Aのグッズ物販に並んでサイン貰ってる」
「沼から沼に飛ぶトビウオだな」
リザードテイル地下スタジオ、収録ブースで二度目のコラボ曲のリハーサルを行っていた三日月龍真と丑倉白羽がスマートフォンで後輩である正時廻叉のパブリックサーチに勤しんでいた。彼が出演していた舞台の千秋楽が丁度終演し、客が帰り始める時間帯を見計らってSNSを検索した所、既にトレンド入りするなど自慢の後輩は別ジャンルのファンに大きなインパクトを与えて帰って来たらしい。
「お。ファンアートタグもめっちゃ伸びてるな。アイコンが別ジャンルだし、わざわざそういうタグ使ってるってことまで調べてくれたんだろうな」
「イラストでレポ書く文化良いよねー。丑倉達もライブやればこんな感じでファンアート増えるかな?」
「ファンの母数増やせば絵師さんのファンだって出来るだろ。ま、俺らは曲でファン増やさねぇとな。配信でインパクト残すのは廻叉や四谷、お嬢とかのが向いてそうだ。キンメ姉さんに至っては手描きMAD作ってるらしいし、俺らも先輩の意地ってもんを見せねぇと」
「ステラ様は?」
「あの人何やってもインパクト残すだろうがよ」
「それなー」
雑な返事で会話を打ち切ると、白羽はさっさとブース内へと戻っていく。龍真もスマートフォンを見ながらブースに入るが、当の廻叉からの新着投稿を見て思わず笑いだす。
「ん、どうしたん?」
「廻叉、これまたバズるぞ。オーバーズの名物企画に呼ばれたらしい」
「激辛完食RTA?」
「それも名物だけど違ぇよ!」
オーバーズにはいくつか名物企画と呼ばれるものが存在するが、代表例が激辛料理をいかに早く美味しく完食するかを競う『激辛完食RTA』である。文字通り、阿鼻叫喚の騒ぎになるが元をただせば七星アリアが軽い気持ちで雑談中に激辛カップ麺を食べようとしたことが発端だった。その辛さを甘く見ていた彼女が一口目で悲鳴、二口目で嗚咽、三口目で恨み言を垂れ流し始めたことで彼女は伝説となった。そんな彼女にあやかろうと後輩達が自主的に地獄へ頭から飛び込むのが激辛完食RTAであった。
とはいえ、今回廻叉が出る企画はそれではなかった。ツッコミを入れつつスマートフォンの画面を白羽へと向ける龍真。そこには、出演します、という簡素な文言と共にオーバーズ所属のパンドラ・ミミックの投稿が引用されていた。
パンドラ・ミミック@オーバーズ 2019/01/** 22:50
第三回イケメニスト決定戦開催しまーす!バレンタインデー前に、女性ファンの心を掴め!
そして今回は個人勢と他事務所からの刺客!MC備前&正時廻叉参戦決定!
イケメンの最上級、イケメニストは誰だ!詳報を待っててね!!
企画の内容は簡単に言うと、某KスマイBサイクです。
御意見御感想の程、お待ちしております。
また、拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。