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『前触れなくオリジンを語る先輩の図』

「2万が遠い!三日月龍真a.k.a.LunaDoraでーす」

「恐らく後輩二人に抜かれる日も近いと思っています。正時廻叉です」

「しかし入りがどんどん適当になってるな」

「元々が適当な打ち合わせと思い付きで始めたラジオですからね。むしろよく月一回ペースで続いてるものです」


《初手から世知辛ぇのよ》

《そこは企業勢として頑張ってくれマジで》

《お嬢と四谷はリバユニの未来よ》

《そんな適当ラジオのノリが唯一無二だから俺らは来てる訳で》


「っつーわけで、年末年始の怒涛の展開から今後の展望までダラダラ語るとすっかね。まず、俺達Re:BIRTH UNIONの話をするわけだが、ユリアのお嬢はもうちょいで1万人登録行きそうだよな。四谷はもう一押し何かあれば一気に増えそうだが」

「年末のフェスでユリアさんが大きく注目を集め、四谷さんはオーバーズさんとのコラボ以降着実に登録者数を伸ばしています。Re:BIRTH UNION全体の傾向として傾斜の低い右肩上がりを続ける形になっていますから、いずれは到達するとは思いますが」

「それだといつまでたってもステラ様に追いつかねぇんだよなぁ。あの人だけは伸び率が俺らより高いし」

「そこは2017年からの積み重ねもありますから。……キーになるのは、切り抜きと歌ですか」

「だな。他の箱や個人勢も含めて、切り抜きや歌が一番知ってもらうチャンスではある訳だ。逆に炎上かますとネガキャン切り抜きで大ダメージを受ける訳だが」

「私も小火起こした時の切り抜きがありましたね。荒れるコメント欄に大喜びする御主人候補の皆様の狂気の方がフィーチャーされていた気がしないでもありませんが」


《リバユニ伸び始めて来てるな》

《箱推し切り抜き師さんに頭があがらん》

《四谷はクリスマスコラボでハネたし、お嬢は曲が爆伸びしたし……》

《正直こんな普通の子達で大丈夫かと思ってました》

《率先して炎上ネタに触れる執事よ》

《御主人候補の皆さんちょっとアレだったな。炎を崇拝する部族のノリだった》

《草》


「まぁでも廻叉も珍しい案件貰って注目浴びてんじゃんか。リアル舞台に声だけで出演とか割とレアだろ」

「正直私もお話を貰った時に驚きましたね。オファーが来た事そのものもですが、切っ掛けが出演俳優さんがVtuberファンの方だったという事にも」

「あー、元々オーバーズの各務原サンのファンだった人なんだっけか」

「ええ。テスト配信で私の事を知ってくださったみたいで、当時出してたシステムボイスまで購入してくださったそうです。それを演出家の方に一例として聴かせたところ、『これだ』となったらしく」

「何個の偶然突破してんだお前」

「流石の私も鳩サブレが豆鉄砲を喰らったような顔になりましたね」

「砕けてんじゃねぇか」


《2.5次元舞台の沼の人がSNSで廻叉の話題しててビビった》

《まさかリアル舞台デビューは予想できねぇよ》

《★各務原正蔵@OVERS:マジっすか、その話》

《システムボイス購入は草》

《何がどう転ぶかわからんもんだな……》

《正蔵ニキちーっす》

《草》

《急にボケる執事》

《龍真とのラジオだと割とボケてくるぞ。無感情だからたまにマジで言ってるのかわからんけども》

《鳩サブレが何をしたって言うんだ》


「何にしても感慨深くはありました。音声の提出だけとはいえ、舞台に関わる事が出来るのが……そうですね、いつかは、とは思っていましたが、ここまで早く叶うとは思いませんでしたから」

「次は3Dモデルで一人芝居だな。その前に俺も3Dでライブしてぇよ。マジで」

「確かに、3Dへの渇望は音楽メインの龍真さんや白羽さんの方が強い気はします」

「そりゃな。死んで蘇ってまでやりたい事ってそれだしな。生前の無念って奴よ」

「……どこまで突っ込んで聞いていい話ですか?」

「まぁ隠すもんでもねぇし話すか」


《あ、本当に感慨深い奴だ、これ》

《3Dは予算も機材も桁違いだからなぁ》

《リバユニ箱ライブは俺らの希望でもある訳だしな》

【\:10,000 予算の足しにしてくれ】

《生前て》

《漢気赤ドネ来たか》

《世にも珍しい躊躇する執事》

《龍真!?》

《★ラッパーVtuber・MC備前:あー、話すんか》

《龍真過去編!?》

《備前ニキは知ってるのか》


「流石に名前とかは伏せるけど、何があったかって話するわ。まぁ、俺はVになる前からMCだったわけだ。で、ちと現場の空気感が変わって来てて、俺自身もパッとしねぇわ、他にも色々な理由があって現場から離れちまってな。で、グダグダな生活してたタイミングでステラ様のMV見ちまった。とんでもねぇモンを見たって気分だったよ」

「基本的にステラ様に影響受けてますよね、我々は」


《やっぱり現場の人だったか》

《叩き上げ感すげぇもんな、龍真》

《あんだけ上手くてもパッとしないかぁ……》

《どこの世界も厳しい》

《1期生は間違いなくステラの影響めっちゃ受けてるな》


「ああ、歌上手い人なんか現場で死ぬほど見て来たし、なんならメジャーデビューしてるプロのシンガーやバンド、MCのライブだって見て来てんのに、一番衝撃受けちまった。Vtuberってのもよくわかんねぇまま、ステラ様の事調べたら、丁度Re:BIRTH UNION立ち上げのタイミングでな。1期生募集中ってのを見た訳だ」

「それは……運命を感じますね」

「でも、正直迷った。だって、配信も動画も作った事ねぇもんよ。MIXは多少出来たけどな。そんな奴が、なんかこう最先端っぽいのに参加とかハードル高ぇってもんじゃねえだろ?」

「意外と冷静でしたか」


《知らない世界を知ってしまった感》

《それはもう運命だわ》

《草》

《最先端っぽいのは草》

《勢いでやれるもんじゃないってのはわかる》


「最低限の動画の作り方だけ覚えてなー。あとはもう適当に撮った写真サムネにしてフリースタイル10分よ」

「冷静だった時間は大分短かったようですね」

「こういうのはバイブス一本槍でいいんだよ。実際、動画選考は突破したしな。つーか、マジでフリースタイルだけで全面接乗り切ってんな、俺」

「今後Vtuberを目指す人に何一つ参考にならないのですが。龍真さんだから出来る事、という意味では正解ではあるのですが」


《草》

《Vtuberになる前から龍真は龍真だったかぁ……》


「っつーわけで、俺の身の上話はこんな感じだ。そんじゃ、そんな俺がこっちの世界に来て出来た仲間と歌ったマイクリレーでも聞いてもらおうか」

「はい、ではお聞きください。『宣誓』」




※※※




 自身のVtuber活動における代表曲となりつつある楽曲を聴きながら三日月龍真は思い出す。


 三日月龍真a.k.a.LunaDoraとして活動している弥生竜馬は、以前からHipHopのMCとしてライブやバトルイベント等に精力的に出演する、所謂『現場のMC』だった。当時のMCネーム『Y-STAG』を名乗り、いくつかの自主製作CDやTryTube上の楽曲動画に参加していた事もある。

 再生数も伸びず、自主製作版も50枚用意して10枚売れれば御の字、MCバトルの著名な全国大会の予選に出場した事もあるが、最高順位はベスト8だった。


 だが、それでも愛する音楽に身を捧げて生活している事が楽しかった事は間違いない。


 しかし、そんな生活が長続きするはずもなかった。自転車操業の生活に加え、所属を誘われていたレーベルの主要アーティスト数名、更には最も信頼していた親友が薬物で逮捕された事で、弥生竜馬は折れた。

 契約の話も白紙撤回となった上に、逮捕者が出ても大きな騒ぎにならない界隈に対して懐疑心を抱いてしまった。これ以上、現場にいる事が本当に自分にとって正しい事なのか分からなくなっていた。


 そんな中で、彼はステラ・フリークスという極星を見付ける。


 Vtuberなる聞きなれないジャンルではあったが、数日で異様に伸びている再生数とサムネイルの3Dモデルから放たれる金色の眼光に引き寄せられるように再生し、衝撃を受けた。

 そこから彼はVtuberという新しい音楽活動の手段を知り、その中にはラップをやっている者も居た。オリジナルであったり、既存楽曲のラップアレンジではあったが、どれもポジティブなメッセージ性に溢れていた。


 弥生竜馬は『thug』とは程遠い人生だった。ただ、HipHopが好きなだけのヘッズ上がりのラッパーだった。バトルでも散々その辺りを攻められた。メジャーの明るく万人受けする路線で売れるだけの実力も、アンダーグラウンドなハードな人生の中で見つけた歌詞の重みも無い自分が、どれだけ中途半端な存在なのかを思い知った。


 だが、彼らはずっと楽しそうだった。HipHopのスタイルや不文律に囚われる事無く好きなようにラップをしている。もっと広く見始めると、誰もが思うままに自分の好きな事をしていた。



「俺は、何処に行けばいいんだろうなー……」



 喫煙所代わりに使っているパチンコ屋、スロットの一台に腰を下ろして回るリールを眺めながら煙を吐き出す。今にして思えば、現場で貰い煙草をしなくてよかった、などと思ってしまう。目押しもせずにボタンを押してリールを止める。ポケットの中のスマートフォンを取り出して、SNSを開く。


【株式会社リザードテイル発、Vtuber事務所『Re:BIRTH UNION』一期生募集】

【新しい自分に生まれ変わって、貴方の表現したい事を存分にぶつけて欲しい】

【生まれ変われ、自分】


 煙草を灰皿へと押し潰すようにして消す。張られていたリンクから、募集要項を見る。


 パソコンは、ある。


 売りになるスキルは、正直に言えば自信は無いが、あるにはある。


 動画作成経験は、無い。


 まだそのタイミングじゃない、と見送る事も出来る。だが、あの『ステラ・フリークス』を擁する事務所の新人募集だ。Vtuberというジャンルを知る切っ掛けになった、凄いシンガーだ。そんな彼女のいる場所で研鑽することが出来れば、今までの中途半端なラッパーから脱却できるのではないか、という想いが渦巻く。

 だが、動画作成もライブ配信も全くの未経験だ。下世話だと知りながらも、知識として『前世』の存在は知っていた。経験者がVtuberとしてデビューしているパターンも数多い以上、このオーディションにも『経験者』はやってくるだろう。そこに勝てるだけのスキルやノウハウがあるだろうか?自分自身への疑心暗鬼が募る。


 それでも、どうしても惹かれてしまうのは『生まれ変われ、自分』というフレーズに自分が喰らってしまったからだろう。今の自分が一番欲している言葉であり、自分の人生における最大のパンチラインだった。


「生まれ変わる、つまり、今までの俺は死ぬって訳だ」


 スロット筐体のMAX BETを押す。


「やってやろうじゃねぇか、死んでやろうじゃねぇかよ」


 レバーを、叩く。グルグルと思考とリールが回る。


「腹決まったら、後は行くしかねぇだろってんだ」


 ボタンを押す、左のリールが止まる。


 ボタンを押す、真ん中のリールが止まる。


 ボタンを押す、右のリールが止まる。


「行くぞ、俺」


 押し込んだボタンから指を離すと、今までうんともすんとも言わなかった大当たり告知ランプが光る。

 余りにも出来過ぎた展開に思わず笑うが、逆にスロット台が背中を押してくれたような気分にもなった。

 輝くランプには『GOGO!』の文字が描かれていたのだから。



 なお、その後調子に乗って大当たり分のメダルを全部飲まれてすごすごと帰宅する羽目になった。




※※※




「という訳で、Vtuberラッパーの皆様の『宣誓』をお聴きいただきました。……龍真さん?」

「…………あ、おう」

「どうしました?」

「いや、ちょっと考え事。具体的に言うと、パチスロは勝ってる時に帰らなきゃなって」

「そもそも打たなきゃ負けないのでは?」

「それを言ったら戦争だろうがよ……!!」


《草》

《カッコイイ曲の余韻ぶち壊しだよw》

《何故今パチスロ?!》

《ド正論でド辛辣な執事草》

《戦争にはならねぇよ》

《売れてもこのノリは変わらないでいて欲しいわw》

thug:悪人、暴漢、チンピラを意味する単語。HipHopで言う所のギャングスタ的な意味合い。


龍真の過去話にも軽く触れた無軌道ラジオ回でした。

ラップ、HipHopを描くにあたり、こういう事もあるだろうと思っていますが揶揄や非難の意図はありません。筆者はギャングスタラップも普通に聴きますし、メジャーの売れ線どころのラップも好きです。某声優さんによるラッププロジェクトの曲も好きです。


御意見御感想の程、お待ちしております。

また、拙作を気に入って頂けましたらブックマーク、並びに下記星印(☆☆☆☆☆部分)から評価を頂けますと幸いです。

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[一言] 前回のほのぼの百合回も良かったが この作品はこうやっぱり多少の毒があった方が安心する陰の者だ… あとオリジンが語られてない白羽とキンメのも期待しておりたす
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