『ユリアとシャロンのゲーム補講 第一講(天の声:正時廻叉)』
ふと調べて「やさぐれ」って家出人とか住所不定という意味だと知って、驚いております。
そういえば昔読んだ任侠系漫画で自宅の事を「ヤサ」って表現してたのを思い出しました。
株式会社リザードテイル、地下スタジオ。既にゲーム機や配信器材の準備を終えた石楠花ユリアと如月シャロンが談笑する様を、正時廻叉はブース外から見守る。Re:BIRTH UNIONとにゅーろねっとわーくの新進気鋭で伸び盛り二人組という事もあり、配信待機所では既に1,000人を超える人数が集まっている。それを知ってか知らずか、どうも二人とも落ち着きがないように思えた。
「大丈夫ですかね、二人とも」
「あー、緊張が隠しきれてない感はあるね。逆に仲の良さも伝わっては来てるけど」
何となくスタッフの一人に尋ねると、苦笑交じりにそう返された。
ブース内の音声は伝わってはこないが、それぞれゲームのコントローラーを触ったり飲み物を何度も口に運んだりと落ち着かない雰囲気だった。そして数分に一度はどちらかが不安に駆られ、もう片方が手を握って宥めるという行動を繰り返していた。
「いっそあの様子を3Dモデルで配信した方が視聴者受けする気がしてきました」
「うん、だけど全員の3D化はなぁ……今少し時間と予算があれば」
「弁解は罪悪と知り給え……でしたか?」
「それそれ」
古いアニメのお約束の下りを再現している間にも、時間は刻一刻と配信開始時間が近付く。1月中旬の連休初日、昼間という事もあり配信のゴールデンタイムと言える深夜程ではないにしろ、多数のVtuberが配信を行っている時間にこれだけの人数を集めているデビュー三か月の二人というのは中々の快挙ではないか、と廻叉は考える。チャンネル登録者数も日々順調に伸びており、早ければ如月シャロンは1月中、石楠花ユリアは2月には登録者数1万人の大台が見えてくる程だった。
廻叉自身は後輩に追い抜かれる事に対しては全く気にしてはいないが、視聴者が『後輩に追い抜かれた先輩』という目線で見てくる。登録者数や再生数を戦闘力の様に扱う一部の層が自分にも湧くであろう未来を憂うように、小さく溜息をついた。
※※※
「皆さん、こんば……あっ、違っ、こ。こんにちは、Re:BIRTH UNIONの石楠花ユリアです……」
「皆様こんシャロー!にゅーろねっとわーくの如月シャロンですっ!せーの、」
『ユリアとシャロンの、ゲーム補講ー!』
ユリアが初手から挨拶の時間帯を間違えるというアクシデントを起こしつつも、配信は無事開始された。大まかなコンセプトと二人の自己紹介を挟み、過去のゲーム歴などをそれぞれに語っていく。
「私は、その、ゲーム自体を始めたのが最近で……あまり動かさなくていいパズルとかしかやってないんだ」
「じゃあこの企画でゲームの楽しさを覚えよう!まぁウチも誘われて始めた『ACT HEROES』とか、後はにゅーろのみんながやってるゲームばっかりなんだよね。サーバー立ててあるゲームは一通りって感じかな」
「そういえば……私、誰かと一緒にゲームするの、シャロちゃんが初めてかも……あと、オフコラボも、事務所の人以外ではシャロちゃんが最初なんだ」
「えー!嬉しい!!ユリアちゃんの初めてはウチが貰ったー!」
《あー……いい……》
《めっちゃ仲良いな》
《なんだこの清楚空間。本当にVtuberの配信か?》
《プラトニコフ・ユリガスキー特務少佐:ここが楽園であったか》
《ほのぼの4コマ漫画の世界観》
《案の定少佐居た……w》
《あかん、浄化される》
《シャロ、その言い方は誤解を招くからやめなさい》
自身のゲーム遍歴をそれぞれに語る様ですら微笑ましく見守るリスナー達。全体的な傾向として女性Vtuberが自称する清楚が清楚ではないという風潮が広まる中、二人の純朴な友情はリスナーの心を早々に掴むことに成功していた。
「今日は家庭用ゲームだけど、いつかキーマウで一緒にACTとかやりたいよね!お嬢様は銃撃戦こなしてこそだよ!」
「ごめん、シャロちゃん……キーマウって、なに?」
『キーボード・マウス操作の事ですよユリアさん』
「ひゃわあ!?」
「うわああああ突然の良い声!?」
『お褒めに預かりまして』
《キーマウ知らないの解釈一致》
《天の声キター!!》
《ぬるっと入って来る執事で草》
《ワイプ執事味わい深ぇな》
《めっちゃビックリしてて草》
《実は初見なんだが本当に良い声してるな、執事さん》
会話が長引きそうになったタイミングで執事が天の声として参加すると、再びコメント欄が加速する。打ち合わせとは違うタイミングでの声掛けだった為か、二人して盛大に驚いているようだった。2Dモデルは画面右上にワイプの形で入っており、ブース外からDirecTalkerを用いて通話している。飽くまでも、主役はユリアとシャロンの二人という形だ。
『本日の司会進行及び天の声、ヒント役などを務めます。Re:BIRTH UNION所属、正時廻叉と申します。以後お見知りおきを。では、今回プレイして頂くゲームの紹介をさせて頂きます。お二方とも、準備はよろしいですか?』
「は、はい、大丈夫です……!」
「バッチリです!!」
『ありがとうございます。それでは、本日お二方に挑んで頂くゲームはこちらになります……』
《いい返事》
《司会慣れしてんなぁ、執事》
《世界のピンク玉来た!》
《スパデラかぁ》
《0% 0% 0% \ドン☆/》
《ゲーム初心者でも遊べて二人同時プレイも出来る、良いチョイスだな》
《あ、朗読モードだ》
《ストーリーの文章が柔らかいから、廻叉の声も柔らかくなってる。子供向け番組のナレっぽくて良き》
淀みなくゲーム説明とストーリー紹介、基本操作についてのレクチャーを行い、最も簡単なステージで実際に操作してもらう形で覚えてもらうという形だったが、幸いにも選んだゲームが初めてゲームを触る子供から玄人の大人まで楽しめるレベルデザインだった事も相まって、当の本人達や視聴者の予想に反してスムーズに進行していった。1P側をある程度のゲーム経験のあるシャロンが担当し、ミスをしても残機を失わないヘルパー役の2Pをユリアが担当することで、ゲーム進行も極めて順調だった。
そんな最中、このゲーム特有の回復アイテム共有方法で配信として最初の取れ高が発生した。
「チューした!ユリアちゃんとチューしたよ!?」
「シャロちゃん……!はずかしいからやめて……!!」
『正確には“口移し”です』
《キマシタワー》
《待ってた》
《これを狙ってスパデラを選んだとしたら執事の慧眼に戦慄するばかりだ》
《どのVtuberがやってても、これで一ネタ出来るからなw》
※※※
「……ヒント使います!」
「そうしよう……」
『はい、ヒント受理します。御用向きは?』
シャロンがコントローラーを手放し、そう叫ぶと困り切った声でユリアも同意する。シナリオを3つまではあっさりとクリアした二人ではあったが、4つ目のシナリオのとあるボスで完全に詰まってしまっていた。コメントではヒントも飛び交っているが、配信画面には【カンニング防止の為、二人はコメントを見ていません】という注意書きがゲーム開始当初から表記されていた。
《なるほど、その為のコメント見るの禁止か》
《ゲーム始まってからはシナリオ紹介くらいしかしてなかったもんな、天の声》
《がんばれー》
《俺も昔そこで詰まったから気持ちは分かる》
《ここまで一回もビーム当てれてないのは運が悪いのか位置取りが悪いのか》
「反射ビームが当たりません!」
「ヒントの通りにしていても、他の攻撃が激しくて……」
『なるほど。見ていた所、お二人で協力して何とかしようとしているのは分かるのですが、結果的にどちらも同じ位置に居る為、別の攻撃を同時に喰らってしまっています。なので、ここは役割分担をハッキリさせましょう。ユリアさんが地面の下からの火炎放射器や、ボスの下部分の砲台を攻撃する。シャロンさんがホバリングを上手く使って高さを固定して反射ビームを本体に当てましょう。では頑張ってください』
「はい、ありがとうございます!頑張ろう、ユリアちゃん!」
「うん……!」
『ここまでかなり順調です。時間的にこのシナリオが配信では最後になりそうですが、気が向いたらお二人で残りのシナリオも頑張ってみてください。難易度も相応に高いですし、コンプリートを目指すと更に難易度が跳ね上がりますが、クリアを目指す分には適度な難易度だと考えています』
「よし、今度ユリアちゃんの家かウチの家で続きやろう!」
「あ、決定事項なんだ……い、嫌じゃないけど……むしろ嬉しいけど、友達を家に上げるの何時ぶりだろう……」
何度もミスしたステージでヒントを申請し、分かりやすい攻略法を伝授する。基本的に付かず離れずの位置をキープしたがる癖が見て取れた為、誘導役と攻撃役に分けさせる事で打破するように伝える廻叉。根が素直な二人は直ぐにその動きを適用し、見事にボスを突破する。
「やったー!!」
「出来た、出来た……!!」
『おめでとうございます。いよいよ佳境ですので頑張ってください』
《めっちゃ喜んでて和む》
《言われた事をちゃんと守ってるのいいな》
《次回は洞窟か銀河だな》
《ノーヒントで行けなさそうなところだけ残ってるの草》
《かわいい》
※※※
海の向こうに沈んでいく空中戦艦を眺めながら、二人は椅子にぐったりと凭れ掛かっていた。難易度の上がる道中、空中で石化能力を使ってそのまま穴に落ちていくユリア、ライバルとの激闘、時間に追われる脱出劇、出口と勘違いして穴に飛び込むシャロン……見せ場や取れ高を多数残しつつ無事配信終了時間となった。
『というわけで、往年の名作にして今なお愛される作品をプレイして頂きましたが……シャロンさん、御感想は?』
「楽しかったです!二人で一緒に隣同士で遊ぶのってやっぱり凄く楽しいなって思いました。リスナーの皆さんとか、きっと子供の頃にこうして友達と遊んでたんだなーって!」
《とも、だち……?》
《やめてくれシャロン、その言葉は俺達に効く》
《友達は非売品なんだよなぁ》
《すべてのげーむはひとりよう》
《光属性の毒が俺らを襲ってくる件》
『……コメント欄で何故か苦しむ声が聞こえてきますが、まぁ良しとします。シャロンさんが楽しまれたのならばそれが一番ですから』
「よく分からないけど分かりました!ありがとうございます!次回も楽しみです!」
無自覚に言葉の刃が振るわれるというアクシデントがあったが、シャロンは心から面白かったという感想を残す。特に実際に顔を合わせてのオフコラボ、という形が初だった事もあってか企画自体にもより前向きになってくれた様子だった。
『ユリアさんはどうでしたか?』
「えっと……ゲームは本当に最近やり始めたばかりで、今日もシャロちゃんの足を引っ張っちゃったかもですけど……楽しかった、です」
『楽しかったのなら何よりです。今が一番の伸び盛りのお二人にはこの企画だけでなく、一緒にゲームをしようというお誘いは沢山来るでしょうから、そういう意味でも練習になれば幸いです』
ゲーム自体と、友人であるとはいえ別事務所のVtuberと初めて顔を合わせての配信に不慣れさは隠し切れなかったが、どこか後ろ向きなユリアから前向きな言葉が出た事に廻叉は満足そうだった。声色に若干の安心の感情が浮かんでいる事に気付いたのは、ごく一部の極まった視聴者だけだった。
その後はそれぞれの宣伝・告知を行ってユリアとシャロンによるゲーム企画配信の第一回は大きなトラブルもなく成功した。最終的には同接は2,000人近くになり、チャンネル登録者数も廻叉を含め全員がそれ相応に伸びるという大きな結果を残した。
この配信の数日後、今回の企画配信の切り抜きが再生数を大きく伸ばすとともに、石楠花ユリアのチャンネル登録者数が8,000人を突破。ほぼ同タイミングで1万人を突破した如月シャロン共々SNSのトレンドへとその名を広める事となった。想定以上の伸びの速さから『Re:BIRTH UNION』『にゅーろねっとわーく』の次期エースとしての期待が二人へと向けられる事になる。
2月どころか1月中に一万人の登録者を達成しそうな勢いのユリアさん。
本配信以上に切り抜き動画から伸びるパターンって当時から凄く多かった印象があります。
次回は廻叉と龍真のラジオ予定です。
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