「2019年配信始めは業務連絡と共に」
作中では2019年の年始です。久々の執事の一人配信です。
新年、2019年。2年目を迎えたVtuber業界は『New Dimension X』の正式活動開始日の決定、更には日本人Vtuberの移籍を含めた新メンバー3人の発表という爆弾投下で始まった。各事務所や個人運営Vtuberがそれぞれに年始企画配信や動画をアップしていく中で、この強烈な情報は業界の話題を掻っ攫うのに十分過ぎた。
特に、個人勢最古参と呼ばれる『志熊』が『SIGMA 05』としてNDXに加入というニュースは界隈に大きな衝撃を与えた。知識ゼロの状態から完全に独学で3Dモデル・2Dモデルのアバターを自作し、願真(現・GAMMA 02)の動画を参考にしながら少しずつ手探りで配信レイアウトやモデリングをブラッシュアップさせた努力の人であり、厳つい熊のモデルでありながら少年の様な声と「感受性の塊」と称されるほどの涙脆さで人気を博していた。
そんな彼がNAYUTA 01、GAMMA 02からのスカウトを受けた事を自身の新年挨拶配信で報告すると、過去最多の同接を集め、SNSでもトレンド入りするなど、一躍時の人となった。
「ある意味、日本のVtuberの象徴みたいな熊さんなんですよ、志熊くん。やる気が本気なら、何も知識がなくても始める事は出来るし、1年以上続けることも出来るっていうのを体現した人。むしろ、彼が居たからVtuber始めたって人は凄く多いと思う。NDXで誰か一人スカウトしようって話になった時に、僕とナユは志熊くんを一位指名しました」
GAMMA 02はSNSで志熊の事をこう評した。その発言を知った界隈のファンからの反応は、およそ90%以上が肯定的であり、志熊の新たな出発を祝うものだった。
一方で、否定的で極めて主観的な発言をする者も居たが、極めて少数であり祝福の波に埋もれて行った。
※※※
「時刻は21時ちょうどです。皆様、明けましておめでとうございます。Re:BIRTH UNION 2期生、正時廻叉です。既に平常運行を行っている幣事務所ですが、私も例外ではありません。月に一度のお悩み相談配信です」
《きたああああああ》
《今日も定刻配信》
《執事あけおめ》
《初見です》
そんな中、正時廻叉は最初の挨拶以外に新年要素皆無な定期配信を行っていた。同接数は500弱で推移しており、年末のカウントダウンフェスでチャンネル登録者数共々微増傾向にあり、安定感のある配信とトークから歌動画で得た客層を掴むことに成功している。
「まず業務連絡からです。有難い事にチャンネル登録者数が増えた事もあり、多数のメールを頂いたのですがお悩み相談という名の私への質問がかなりの数、来ております。まぁSNSのリプライやDMを私がフォローしている方のみに限定している為、こういう事になる事はある程度予想しておりました」
直接メッセージを送れる唯一の手段という事もあり、悩み相談用メールフォームが質問やリスナーからの企画提案やリクエスト、一部のアンチからの暴言や荒らし投稿等に埋まりつつあった。
「という訳で、明日よりフリーポスト……私には受信限定、皆様には送信限定のフォームを開設いたします。今後、私へのメッセージや提案、質問、近況報告、短編小説の投稿などはこちらへお願いします。余談ですが私との夢小説を送られてきました。内容がそれなりに読める物だった事は良いとして、文面の最後に『1/136』という恐ろしい文字列が見えたのですが、新聞の連載小説か何かでしょうか。更に余談ですがアンチの方が悩み相談メールフォームに元気よく投稿されていまして、そういう行動を取ってしまう常識の無さをなんとかしたいという悩みでしょうか?」
《草》
《草》
《近況報告w》
《大長編で草》
《公開してくれよ読みてぇよそれは>夢小説》
《ド辛辣》
《氷点下の声色で火を焚くなw》
連絡の最後に放たれた謎の長編小説が届いていた件の暴露と、アンチへの皮肉を混ぜる。普段の配信では無感情であるにも関わらず、微量の軽蔑と呆れを混ぜた声色だった。荒らしには触れない、はインターネット黎明期からの鉄の掟ではあるが、正時廻叉はそれを良しとしてはいなかった。それは単なる敵愾心等ではなかった。
「私を嫌うのは良しとしましょう。ですが、私の三次元での姿を知っているというのは私が許容できる範囲を超えていると判断しました。この件に関しましては粛々と進めさせて頂きます。進展があった場合はRe:BIRTH UNION公式よりアナウンスがあると思われますのでよろしくお願い致します」
《アカン》
《身バレ脅迫かよ》
《前世探りしてるのか、執事の近くにいる誰かなのか》
《まぁ対処済みならヨシ》
《何を進めているかは分からないけど、粛々とって辺りから察せるの怖い》
「では本題に戻りまして最初のお悩みからですね。何故このような話をしていたかといえば、このお悩みに関わるところでもあります」
画面を切り替え、フォームから投稿された文面を表示させる。するとコメント欄から「あー……」「これかぁ……」「わかる……」と、悩みの内容に共感する言葉が連続で流れて行った。
「20代のVtuberファン男性の方からです。『Vtuberにハマって以来、TryTubeで色々見て回っているのですが、【〇〇の前世一覧】みたいな動画を見付けて嫌な気分になってしまいました。推せなくなったとまでは言いませんが、以前の活動歴や顔写真等で変な先入観が出来てしまった気がします。おすすめの記憶の消し方とかありますか?』との事です。まず、記憶を消す時点で身体的に強いダメージが入るのでやめましょう」
Vtuberという世界が拡張するに従い、この手の暴露・ゴシップ系のまとめ動画も少なからず出回るようになっていた。そして、往々にしてその手の動画の再生数は万単位の伸びを見せていることが多い。よく言えば裏側を見たがる好奇心、悪く言えば単なる野次馬精神ではあるのだが、ある程度の再生数が担保されている以上、この手の動画が無くなる事は無かった。
「この手の動画に関しての私見を述べるのならば、『好きにすればよろしい』以外の答えはありません。他の方がどう思われるかは、その人の考え方次第ですので明言は出来ません」
《ええ……》
《まぁ同期が身バレに対する模範解答してたからな》
《そもそも執事がそういう事気にする人だったら荒らしに煽りキメるようなマネしねぇだろ》
《草》
《ド正論で草》
《素晴らしいコメントを見た》
「皆さんが私に対してどういう印象を持っているのか、是非フリーポストまでお伝え下さい。……そうですね、仮に私の三次元の肉体の顔が出回ったとしましょう。ですが、私は気にしていません。既に、私の魂はこちらの顔がメインであると認識しているからです。現世を生きているのに、前世の顔を出されたところでそんなものは遺影みたいなものですから」
正時廻叉という人間性を正確に把握したコメントを讃える流れに若干の呆れ声でツッコミを入れつつ、仮の話を展開する。現時点で、正時廻叉の『身バレ』『前世』の情報は一切出回っていない。似た声質の、既に活動引退しているゲーム実況配信者の名前が出た事もあったが、確たる証拠がなかったため、その話は話題にすらならずに風化していた。
そもそもRe:BIRTH UNION自体がある種の『前世』持ちである事を暗に認めている事務所である。かつて、自身の夢や生き方に挫折し、それでも生き意地汚く縋り続けた結果として、バーチャルの世界に活路を見出した者達の集団だからこそ、過去が暴かれたところでそれは彼らにとっては『前世』であり、死ぬ前の記憶に過ぎない。
《しれっと怖い事言うとる》
《執事らしいけど間違いなくヤバい方向性の思考》
《遺影て》
「という訳で次のお悩みに行きましょう。『とあるVtuberにガチ恋しているのですが、Vtuber側からはどう思われるのでしょうか?やっぱり迷惑なのかも、と考えると心配で8時間しか眠れません』……規則正しい生活を送られている様で何よりです」
《草》
《遺影発言からシームレスに次の話題》
《ガチ恋なー……》
《ちょっと分かる》
ガチ恋はVtuberに限らず、俳優・女優・アイドルや漫画のキャラまで『本気の恋愛感情』を向けるタイプのファンの総称である。良くも悪くも熱狂的なファン活動になりがちな為、有難くも悩ましい存在ではある。
「私にはそれらしいファンの方がいらっしゃらないので何とも言えませんが、節度を持っていればいいのではないでしょうか。少なくとも、迷惑かもしれないと考えられる理性があれば問題ありません。更に言うならば叶わない恋になる可能性が限りなく100%に近い、という事も念頭に置きましょう」
《辛辣ゥ!!》
《いや、まあ実際そうだけどさぁ……w》
《その、もう少し手心をだね……》
「切れるのが分かっているのに蜘蛛の糸を垂らすつもりはございません。では次のメールです。『四期生のオーディションいつ?』との事ですが、未定です。次に行きます。『仕事行きたくない』……国民の六割はそう思っている気がします。次に行きます。『きつねそばは外道と言われ凹んでいます』……外道ではないです。次……」
短文かつ悩み相談かどうかも怪しい投稿を淡々と処理していく様にコメント欄は何故か歓声を上げる。テンポの良さと、徐々に雑に切り捨てるような対応になっていく様が好評だったようだ。
※※※
「えー……という訳で、本日のお悩み相談配信はここまでになります。引き続きまして業務連絡第二弾です。石楠花ユリアさんと如月シャロンさんのお二人によるゲーム勉強配信、第一回の案内役として私が選ばれました。どのゲームを持ち込むかは現在検討中ですが、そこまで激しい操作を要する物にはしないつもりです」
画面に告知用画像を張り付けながら告知を行う。既にSNS等で期待の声が大きい企画なだけに最初のゲスト、二人にゲームを紹介する案内人が誰になるかも話題になっている状態だった。そして、ユリアの先輩である廻叉に決まった事にはある程度の納得の声でコメント欄には溢れていた。
「それと、もう一つ業務連絡が御座います。正式に情報解禁日となりましたのでお知らせいたします。――舞台に出ます」
《……?》
《は?》
《ちょっと待って》
《どういう事だってばよ……》
《えええええええええ?!》
端的過ぎる言葉でコメント欄が大混乱に陥る中、たっぷりと間を取ってから詳細を語り始める。勿体ぶるつもりはなかったが、コメントの狼狽具合が廻叉の予想を超えていた為に落ち着いて聞いてもらうためにも時間を置いたに過ぎないが、視聴者側からすれば焦らされているのと変わりがなかった。
「詳細は後にSNSに公式サイトへのリンクを張らせていただきますが、俳優である旭洸次郎さん出演の舞台で声の出演をさせて頂くことになりました。その場での演技ではなく、録音した音声を使用する形になります」
《おおおおおおおお!!?》
《マジかすげえじゃん!!》
《どこからどういう経緯でオファーがあったんだ》
《サイト見て来た、『AIボイス提供:正時廻叉(Re:BIRTH UNION)』ってあった……》
《若手俳優の三人舞台演劇シリーズの一つみたいだな。正直、全員初見の名前の人だった》
《一人は2.5次元ミュージカルで名前見た事ある気がする》
旭洸次郎及びその所属事務所から正式にオファーがリザードテイルへと届いた際に、旭は自身と正時廻叉との関係――即ち、小劇団時代の繋がりを明かした。しかし、それだけが理由ではなく、廻叉が出していた過去のシステムボイスを聴き、次回作で必要になる人工知能の声のイメージに合うという形でオファーを出した。
なお、廻叉はオファーがあった事を知らされると同時に身バレについての事情聴取を受けたが、オーバーズのテスト企画を見た旭が声質から察知され、別件で会った際に確認された事を自白した。なお、口外しない事は約束しており、彼もそれを守っている。
その上で、自身の舞台に必要な声のイメージに近い声の持ち主、という形で演出家や脚本家などのスタッフへと廻叉の配信とシステムボイスを聞かせた所、ほぼ即決だったという。
「役者として、バーチャルからいきなり現実世界の舞台を踏む事になりました……いや、物理的には踏んでいないのですが。ともあれ、私の声や喋り方を気に入って頂けてのオファーだと伺っております。繰り返しになりますが、詳細は公式サイトおよび公式SNSの方をご覧ください。お時間が御座いましたら、是非足を運んでくださいますと幸いです……只今の時刻は23時ちょうどです。それでは、本日は此処までとさせていただきます。御主人候補の皆様、おやすみなさいませ」
もっと話を聞きたい、詳細をキリキリ吐けという興奮状態のコメント欄を見て見ぬふりをしながら配信を終了する。数十分後、SNSで数十程度の拡散だった舞台の情報は、Vtuberファンの間で瞬く間に拡散する事となる。
【TRIPLE A(旭洸次郎、荒河ショウ、阿曽涼)出演、『〇〇の中の三人』シリーズ】
【宇宙船の中の三人】
【出演:旭洸次郎、荒川ショウ、阿曽涼 AIボイス提供:正時廻叉(Re:BIRTH UNION)】
旭洸次郎さん、まさかの再登場。
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