『Virtule CountDown FES』-7-
NAYUTA 01の動画はVtuberファンに強烈な印象を叩きつけた。
過去の己を取り込み、新生した現在を見せ、未来への決意表明を歌う姿から、彼女への期待感を最大限に煽られたVtuberファン達は『New Dimension X』という名を記憶に深く彫り込む。未だに実態の見えない新しい企業への不信感を持っていたファンですらも、そんな悪印象を払拭することは出来ずとも、技術力と表現力に僅かに印象を好転させるほどだった。
何よりも、英語で語るNAYUTAの姿は今までの『子供みたいで可愛い電子生命体』という印象を一転させるものだった。原初のVtuberでありながら後輩達からは何故か妹の様に扱われ、先輩として敬意を払われながらも猫かわいがりされる事が多かった。
だが、堂々とした英語でのスピーチは彼女が『一つの組織を率いる指導者』になった事を内外に示すことになった。
「NAYUぢゃあああああああ!!良かった、良かったよおおおおおおお!!!」
「頑張ってね!!!NDX絶対応援するからあああああ!!!!」
「ぐる、ぐるじい……」
「あ!ズルい!!私も、私も混ぜて!!」
「配信画面見ると完全にナユとシエルとアポロが同化してるね」
「出遅れたアリアが右往左往しとるなぁ」
「これ、12時間前の顔合わせでも見たよね」
が、それはあくまでも動画内でのNAYUTAの姿であり、視聴者から見たNAYUTAの姿だ。配信では相変わらず妹や娘の様に扱われていた。尤も、付き合いの長い面々だからこその姿であるのも確かではあったが。
《草》
《てぇてぇ》
《なんか新しい生物みたいになってるな》
《12時間前って事はフェスの開始前かw》
《変わらないなぁ、この人たちは……w》
とはいえ、そんな様子を好意的に見る向きが多いのも日本のVtuberファンの特徴とも言える。極々一部を除き、仲の良さや友情を感じさせる場面を見てネガティブな感情を持つ者は少ない。「てぇてぇ」という言葉が生まれる程度には、親密な関係を見る事を好むのがVtuberファンの傾向とも言えた。なお、度を超すと魔窟になる。
「ほら、シエル。もうすぐ君のライブなんだから早く準備に向かうべきだよ。叫び過ぎてガラガラの声でこのフェスの大トリを務めるのは本意じゃないだろう?」
「そうそう!ナユちゃんを愛でるのは私達に任せてください!シエルさんの分まで撫でくり回しておきますから!ムハハハハ!!」
「頑張ってシエルちゃん!!」
「がん、ま、こいつら、どうにかして……」
「いや、女性陣のスクラムに割り込む勇気は無いかな……」
「準備があるので名残惜しい~……!アリアちゃん覚えてろよー!」
「なんつー笑い方しとんねん、あの生徒会長」
ステラの助け舟でライブを控えたシエルを引き剥がす事に成功したが、相変わらずアポロとアリアがNAYUTAに張り付いたままだった。時間には若干余裕がある為、冷静側に立つ三人が最低限の進行をしつつ泳がせる方向に舵を切った事でNAYUTAはしばらくの間抱き枕扱いとなった。
「そんな訳で、メインMCの天堂シエルがライブの準備、照陽アポロがNAYUTAから離れる気ゼロという事で……私、ステラ・フリークスが僭越ながら進行を務めようと思う。まぁいざとなればGAMMAくんとオボロが助けてくれるだろう。うん」
《ステラMCとか珍しいな》
《頼る気満々で草》
《遠くから嬌声が聞こえてくるのたまらんなおい》
《さっきまでのエモい気分が吹き飛んだんだが……w》
《全員歌ってる時はカリスマなのに、平場ではこのザマである》
《世界よ、これが日本のVtuber最初の7人だ》
※※※
天堂シエルのライブステージは、今までの6人に比べれば凝ったギミックも演出も無い、シンプルなライブステージだった。最低限必要な照明や、背景の大型ディスプレイがある程度だった。しかし、それを見た『にゅーろ・ねっとわーく』のファン達は歓喜の声を上げる。
そのステージは、『天堂シエル with にゅーろんず』による初の3Dライブが行われたステージだった。
「初心に戻る、って大事だと思いました。今年の1月、にゅーろんずの二人がデビューして初のライブを行ったステージが、ここです。私もLiLiもRaRaも、とんでもなく緊張してた。手も足もずっと震えてたし、声もまともに出るか分からなくて……それでも、いざ始まったら最高に楽しい時間だったのを覚えています」
ステージの中央で、若干装飾過多なマイクを手に語る天堂シエルが居た。バーチャルアイドルというジャンルを切り開き、現在のVtuber業界においてもメインストリームの一つとなったジャンルに育て上げた第一人者としての誇りと自覚を感じさせるような声だった。
「今回は、私達『にゅーろ・ねっとわーく』のスタジオでVCFのライブ配信を行う事になって、配信チャンネルは『エレメンタル』さんで、スタッフとして人員提供などで協力してくれてる『オーバーズ』さんや『Re:BIRTH UNION』さんが居て……今日のこの、大きなイベントが出来ました。また、新生デビューを来年に控えた『New Dimension X』さんも、ナユちゃんやガンマさんの出演を快諾してくださいました。皆さん、本当に、本当にありがとうございます」
感謝の言葉と共に深々と頭を下げる。Vtuber界隈で最も数多く3Dライブを行ってきた天堂シエルの姿は、威風堂々たるものだ。彼女に憧れた少女たちが、バーチャルの世界に足を踏み入れる切っ掛けになった事を裏付けるような姿にコメント欄は歓声で答える。
「そして、今日出演してくれたみんなだけでなく、動画を送ってくれた沢山のVtuberさんたちのお蔭で、本当に素敵なイベントになりました。綺麗事で理想論かもしれないけど、本気でみんな全員超バズれって思ってます」
《ほんそれ》
《この場はその綺麗事が正解》
《実際には難しくても、そう思うわ》
《ただしあんまりにもアレなのはバズるな。炎上して灰も残すな》
《さっきまでNAYUTAに限界化してたとは思えないな》
《この場馴れ感というか安心感というか》
《なんかコメント欄に物凄い怨念ぶちまけたのがおったな》
声も無く、二人の女性3Dアバターが彼女の背後に立つ。天堂シエル専属バックダンサーである『にゅーろんず』のLiLiとRaRaだった。双子の様にそっくりではあるが、LiLiは白を、RaRaは青を基調とした衣装になっていて差別化はきちんと図られている。そして、二人は歌やトークを自分のチャンネルでのみ行っている。
天堂シエルのバックダンサーを務める際には、一切喋らない。徹底してバックダンサーとして振舞う。プロ意識の高さから評判高い二人だった。
「それじゃあ、LiLiとRaRaも来てくれた事だし……『Virtule CountDown FES 2018-2019』、僭越ながらヘッドライナー務めさせていただきます!『にゅーろ・ねっとわーく』のバーチャルアイドル、『天堂シエル with にゅーろんず』!!盛り上がる準備は、出来てるー!?」
コメント欄が呼びかけに応えるように加速する。そして、同時にイントロが始まった。
「最初は、私の初オリジナル曲ー!『ANGEL LINK』!!」
※※※
「なんていうか、流石シエルちゃんって感じ……Vtuberってジャンルで最初にエンタメを前面に押し出してきたのは伊達じゃないね……」
「あー、確かにNAYUTAちゃんは色々実験的だったからね」
Re:BIRTH UNION内の通話では、古参のVtuberファンでもある魚住キンメが感嘆するかのように呟く。実際に、Vtuberというジャンルが『電子生命体NAYUTA』とイコールで結ばれつつあった時期に、3Dアバターを引っ提げてバーチャルアイドルを名乗り活動を始めた天堂シエルが世界観を大きく広げたと言っても過言ではない。そして、ただ広げるだけでなくその実力を持って『イロモノ』でも『一発屋』でもない事を実証したのが天堂シエルだ。
「うわぁ……シエルさんも凄いですけど、バックダンサーのお二人もヤバいですね……3Dアバターであのキレッキレの動きとか……」
「一時期モーションデータ流し込みの疑惑が出たくらいだからな、にゅーろんず。生配信でアドリブで踊りまくって全部払拭したって話だ」
「凄い……この人たちが、シャロちゃんの憧れの人……」
四谷と龍真が『にゅーろんず』の二人の凄さを語る中、ユリアは天堂シエルの姿に見入っていた。彼女の親友である魔女見習い女子高生にしてアイドル志望の如月シャロンが以前熱っぽく語っていたシエルの凄さをリアルタイムで実感していた。MVや以前のライブのアーカイブを見てその時も凄いとは思ったが、実際に生配信で、それも11時間以上の長丁場をこなした上でのトリの出番でこれだけのパフォーマンスを発揮している。親友の目指す頂きの高さが途方もない事を、改めて知った。
彼女だけでなく、この日出演していた『最初の7人』はそれぞれ独自の個性を発揮しながらも他を寄せ付けないパフォーマンスを見せていた。動画メドレーにも十分過ぎる程の技量や技術、熱量を持った者も多数存在したが、それでも7人のそれは間違いなく一段階上にあると感じてしまった。
「こんな、凄い人達に……私の出した作品が……」
そんな彼女たちに、それもNAYUTA 01に自身の動画を「もう一度見たい作品」として選ばれた事実がユリアへと重くのしかかる。同様に、七星アリアからリクエストを受けた如月シャロンも同じようなプレッシャーを感じているかもしれない。月影オボロから選ばれた楽曲にクルーとして参加している龍真こそ平常運転ではあったが、彼の場合は最初から自分達の作品に大きな自信を持っていた。心構えが、違う――そんな風に思ってしまった。
「ユリアさん、大丈夫ですか?」
「え、あ……その、大丈夫です……」
「そうでしたか。先ほどまで随分と狼狽えていらっしゃったので」
「あ、はい……ご迷惑をおかけしました……」
「いえ、こちらこそ余計なお世話でしたね。ただ、何かあったら私達の内の誰にでも話していいんですよ」
何かを察したわけではない。ただ、大量の通知にパニックを起こしていたユリアの身を案じただけだ。彼女の内心に廻叉が気付いたのではなく、先輩として後輩を心配していただけの話だった。
それでも、そうして気を遣われることが少し申し訳なく、だが嬉しかった。
「ありがとうございます……頑張れます。頑張りたいって、思えてます」
「それは何より」
精一杯の前向きな言葉を溢せば、それを受けて安心したように廻叉が答える。
石楠花ユリアにとっては、それだけで今は十分だった。
※※※
「それじゃあ、最後の曲です……年明けまで、残り十分。最後は、新曲を用意しました。これからの1年、いや、10年、100年先までが素敵でありますように、という願いを込めて……私自身が作詞した曲です」
名残惜しむようなコメント欄が、新曲というフレーズを機に歓声へと裏返る。シエルはコメントを確認してはいないが、それでもその反応があると信じて言葉を紡ぐ。
「バーチャルの世界は、とても楽しい世界です。でも、楽しいだけじゃない事も、私も皆さんも知ってると思います。だけど……そんな世界が愛おしくて、大好きで……1年間、楽しくアイドルをさせてもらったこの世界に感謝と、これからも楽しい世界でありますようにという願いを込めた曲です。聴いてください」
照明が、落ちる。スポットライトが天堂シエルと、にゅーろんずの二人にのみ当てられる。
「『 Dear World, 』」
その歌は、祈りだった。
一人の少女が、これからも自分らしく在るようにと願う歌だった。
世界が少しでも素敵であって欲しいという想いを込めた歌だった。
「誰もが笑えるような未来にしよう、Dear World―――」
あっという間の、4分間。
普遍的な世界への祈りと愛情が詰まっていた。
ありきたりで、ささやかな願いだけが込められた楽曲だった。
大半の視聴者はそう思った。
だからこそ、全員に突き刺さる楽曲となった。
※※※
その後、全員がステージに集まり、年明けのカウントダウンを行い、ちょっとした告知合戦を以て『Virtule CountDown FES』は無事配信を終えた。
しかし、2018年12月31日に半日間に渡って繰り広げられた祭りは、2019年1月1日になってもその熱を残していた。
新しい年の始まりは、新しい時代への期待感で満ちていた――――。
楽曲の余韻で終わらせたかったので、最後はややアッサリ目に。
次回は、掲示板回を予定しております。
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